荒く解体された大きなワニが、岩で作ったかまどで蒸し焼きにされていた。
まだ湯気を立てている肉を、ナイフで切り分け、給仕係のアノイが「灯台」の住人達に配っている。
「アノイ。お前のパパは大丈夫か?」と聞くと、アノイは私にも肉を差し出しながら、「今、ラードのスープ飲まされてる」と答えた。
アノイとエスカは双子の姉妹だ。今年で15になるらしい。2人とも、透き通った赤毛と、菫色の瞳をしている。彼女達の父親は、いつも自分の娘達の働き者っぷりと美貌を自慢していた。
髪の色と合わせた臙脂色のワンピースを着ているのがアノイ、瞳の色に合わせた、青紫のワンピースを着ているのがエスカ。
その他に、私は双子を良く見比べ、エスカは左目の下に涙ぼくろがあるのを発見していた。その他に、アノイはよく髪を二束に結っている。恐らく自分達の見分けをつけやすくするためだろう。
その時、エスカはおしゃべりに夢中だった。自分も腹が減ってるだろうに、「灯台」の住人であるオリンと言う緑の目の青年に、しきりに話しかけている。
私が肉を食べながらその様子を見ていると、エスカは私の視線に気づき、照れたように笑って青年から離れた。
そして、私のほうに歩いてきて、耳元で「オルガ。後で、ちょっと相談に乗って」と言った。
「ん。腹がいっぱいになったらな」と答えて、私は大体「相談」の内容が予想できた。
灯台のある崖を降りた、朽ちかけた波止場で、エスカは自分の悩みを私に打ち明けた。内容は、予想通り、よくある恋の話だ。
「私ね、いつか、オリンと駆け落ちしたいって思ってるの」と、エスカはそこから切り出した。
「待て。オリンは、お前の気持ちは知ってるのか?」と、私は少女に尋ねた。「駆け落ちと言うものは、両者の協力があって成り立つものだぞ」
「オリンは、私のこと、よく話しかけてくる友達くらいに思ってるの。それと、私より、アノイのほうが好きみたい。私が話しかけても表情が変わらないのに、アノイが話しかけるとにっこりするの」
「アノイが話しかけた時って、どんな状態だったんだ?」
「アノイがオリンに肉を渡してきて、『一番おいしい所だよ?』って言ったの」
「それは、単純に肉が嬉しかったんじゃないのか?」
「うーん。そうかも知れないけどー。なんか、オリンったら、私がいくら話しかけても相づちくらいしかしてくれないのに、アノイが話しかけると親身になったりするんだよ?」
「それは話しかけている内容が重要なんじゃないか? 話しかけすぎても、内容がぼやけるだろ?」
「私の話は唯の雑音って事?」
「その前に、一体何をそんなに話しかけてるんだ?」
私がそう聞くと、エスカは具体例を挙げた。
ミーミックゴーストと言う、人間のふりをするお化けが、夜の「灯台」の周りに出て、灯台の住人を食べようとしている…夢を毎晩見る、とか。
猫が飼いたいが、自分達のウィルスが猫に感染したら、化け猫みたいになるのかどうか、とか。
街から逃げる時に着ていた服のままなので、どうにか新しいワンピースと靴を手に入れたい、とか。
「分かった。もう良い」と、私はそこで話を区切らせた。「つまりなんだ。オリンがお前の話に相づちしか打たないのは、自分にはどうしようもないことを相談されてると思って、困ってるんだ」
「えー。別に、オリンに猫を探して来いとか、服盗ってきてとか頼んだわけじゃないよー?」と、エスカは嘆く。
「男って言うのは、話しかけられると、『頼られてる』と思ってしまうものらしい」私は解説する。「男にとって、会話って言うのは『おしゃべり』じゃないんだ」
「『会話』と『おしゃべり』って、どこが違うの?」
「『会話』は、情報交換だな。もしくは、説明の後に何らかの結末が伴う、一種の『文章』だ」
「うん。『おしゃべり』は?」
「言葉を発することを楽しむ、『ゲーム』だ。『言葉を話す』こと自体が目的だから、説明や結末は重要じゃない」
「私がオリンに話しかけてるのは…『おしゃべり』なの?」
「ああ。特に頼んでるわけではなく、ただ自分の思ってることを話しているだけなんだろ?」
「うん。私、そんなにワガママじゃないもん」
「たぶん、オリンは、お前の話を真に受けて、でも、『自分がどうにかできる話じゃない』と思ってる。それで、相づちしか打てない」
私は、出来るだけ分かりやすく説明した。
「かたや、アノイは、たぶんオリンにもどうにかできる『相談』しかしないんだろう。だから、アノイが話しかけると、『何か困ってることがあるんだな』と思って、オリンも親身になる。その違いだ」
「結局、私はどうすれば良いの?」
「それはお前が自分で決めることだが、おしゃべりを少しやめてみるのも方法だな」私は腐った木の舟が浮いている波止場から立ち上がった。「今の話は秘密にしておくよ。私も、少し疲れた」
「ごめんね。オルガ」と言って、エスカも波止場から立ち上がった。「今日はゆっくり休んで」
「ありがとう」と答え、私は「灯台」に戻った。
ネズミが猫を食べている。しかも、機械で出来たネズミだ。脇腹の所でゼンマイが回っている。猫の肉はチーズで、ネズミ達は猫を食いつくした後、伸びてくる歯を磨くために木を齧りに行った。
しかし、木はケーキになっていて、思うようにネズミ達は歯が磨けない。そのうちに、歯がどんどん伸びて行って、機械ネズミ達は口を開けたままになってしまう。
その後も、ネズミの歯はどんどん伸び続け…。
おかしな夢から目を覚ますと、階段のカーテンの隙間から朝日が射すところだった。守りの魔術をかけてある私の目にも、朝の陽ざしは少し痛い。
「灯台」の住人のほとんどは、通路を開けたまま階段に座って眠るのが習慣で、私もその一人だ。戦場に出かけることがあるとは言え、そこは特別扱いはしてもらえない。
例外として、クァムは1階にある「会議室」で眠ることが許されている。図体が大きいので、階段に座ると通路を空けられないからだ。
広い床で眠れるとは言え、マットレスも毛布も使えないが。
カインはいつも灯台の上の部屋から出てこない。彼用の肉も、給仕係がわざわざ木の皿に乗せて持って行く。
あの部屋も、そんなの広い作りじゃない。カインも、いつも座っているクッション付きの一人掛けソファで、座ったまま眠っているのかも知れない。
私達の朧な思考は、全部カインに筒抜けだ。私が今こうして考えていることも、昨日エスカと話したことも。
だけど、カインはよっぽど重要な情報でない限り、私達に思考の説明をさせたりはしない。
私を含め、一部の者しか知らないが、カインは元死刑囚だと言う。
家族のように絆の深かった仲間を助けられなかったとき、彼は仲間を殺した犯人達を殺害し、その建物に火を放った。そこに、警官が来た。何が起こったのかを聞かれ、カインは、
「全員、俺が殺した」とだけ答えたのだと言う。
仲間が抗争に負け、人間には見えないほどずたずたに引き裂かれたと言う不名誉を、彼は隠したのだ。
火の跡から見つけ出された焼死体は、14。全ての罪を、彼は被った。その話を聞いたとき、彼のコードネーム「カイン」は、何かの因果を感じさせた。
兵器が作られた日から、数日が経った。戦場と離れている「灯台」では、平穏な日々が続いている。
だが、私は気が気じゃなかった。殲滅兵器が、いつその牙を我々に向けてくるか分からない。私は、あの日、兵器を壊せなかったことを悔やんでいた。
クァムがトラックを使うのが分かっていたとは言っても、私も、何故結界が解かれた後の隙を狙わなかったのだろうか。
兵器の意外な容貌に気を取られたり、トラックに術をかけていたりしたが、あの時、一撃でも弾丸を放っていれば、こんな不安も抱かずに済んだかもしれない。
完璧に、私の落ち度だ。仲間達は、私の腕を信じて仕事を任せてくれたのに。
私は、すぐに戦場に帰りたい気分だったが、カインは頑なに私を制した。
「落ち着け。お前の仕事は、壊す事だけじゃないだろう?」と、カインは言う。「お前は、俺達にとっては絶対的に必要な『医者』だ。明日ワニに噛まれた者が居たら、誰が治すんだ?」
そう言われると、私も、ぐうの音も出ない。
私は、しばらくを、「灯台」の医者として過ごした。
