A Shooter 4

ベルクチュアの混乱が起きてから、何ヶ月が経っただろう。ある日の朝、誰かが「灯台」に近づいてきた。その人物を呼び寄せてるカインの「声」が、階段で眠っていた私の耳にも聞こえた。

外が明るくなる前に、「会議室」では数名が次の作戦を練っていた。その会議に参加していたオリンに、カインが「声」で呼びかける。

新入りが来るらしい。まだ潜伏期間中だそうだが、朝日の熱線にてこずっているようだ。

そいつが「灯台」に入ってくると、オリンが会議室から出て、新入りに「カインに挨拶をする事」を伝えていた。

私は眠ったふりをしたまま、新入りの様子をうかがっていた。誰かの魔力の気配がする。しかし、私が指摘しなくても、カインは分かっているだろう。

眠ったふりをしたまま、私はやがて二度寝した。


マイクと名乗ったその青年は、適応力が早く、何日もしないうちに「灯台」の暮らしに慣れた。

オリンが、この建物での生活の説明や、空腹の紛らわし方を細々とケアしていた。

それの様子を見て、気に食わない顔をしている者が居る。エスカだ。

また私を波止場に呼び出し、エスカは「オリンってさ…ゲイなのかな?」と話し始める。

私はしばらく絶句してから、「それはないんじゃないか?」と答えた。

しかし、恋する乙女には、オリンに近づく者全員が、恋敵に見えているらしい。

「だって、マイクが来てから、なんだかオリン嬉しそうだし、よく話すようになったし、私がせっかくあげた肉も、『マイクに渡してくる』とか言って持って行っちゃうんだよ?」

私は、その指摘を「新入りの教育をしているだけだ」と伝えた。

「確かに、オリンもマイクのことは気に入っているようだが、それは『仲間』としてだ。あいつには邪な考えは無い。信じてやれ」

「信じられるなら信じたいけど…。私の時と態度違うんだもん」と、エスカはぐずる。

「誰にでも同じ態度をとるわけはないだろ? それぞれ別人なんだから」と私が言うと、エスカの不満はこっちに向いてきた。

「オルガは、なんでそんなにハッキリしてられるの?」と、半べそをかいたエスカは目をぬぐいながら言う。「オルガだって女の子なんだから、誰かを好きになったり、誰かが気に入らなかったり、しない?」

「生憎、私には仕事が多いからな。恋煩いをしてる暇がないんだ。あまり、自分を『女の子』だとも思ってないし」と言っておいた。

「オルガはトランスジェンダーなの?」この恋する乙女の話は、どうもそう言う方向に走る傾向があるようだ。

「性の自任は食い違っていないよ」私は答えた。「エスカほど早熟じゃないだけだ」

「そうじゅく?」と、エスカは聞いてくる。

「エスカは、恋に興味を持つ時期が早いってことだ」と答えると、

「えー。私、遅いほうだよ? アノイは、12の時に好きな人が居たんだから」と言ってくる。

「だからと言って、駆け落ちがしたいと言い出したり、自分の好きな人がゲイなんじゃないかと疑ったりはしなかっただろ?」

「アノイって、無口だから。そう言うことは言わないタイプかな。でも、頭の中で考えてたりはしたよ、絶対」

「本人から聞いたわけでもないのに、決めつけるな」と注意すると、エスカは「オルガも、アノイのほうが良い子だと思ってるの?」と、ふくれっ面で聞いてくる。

「お前は、自分がアノイより悪い子だと思ってるのか?」と、聞き返してやると、「別に思ってない。でも、みんなアノイのことは『良い子だ』って言う。私が話しかけると、困った顔する」

どうやら、「灯台」の仲間の中でも、社会的に望まれるのは「きちんとしている大人しいお嬢さん」のほうらしい。

エスカはムードメーカーだが、まだ発想が幼いので、彼女の話題を受け止めるには、大人達も覚悟が居るのだろう。

その事を、エスカにどう説明しようか迷っていると、遠くでオリンの声が聞こえた。マイクを呼び止め、ワニ園のほうに連れて行く。

確かに、その時のオリンは、今まであった憂鬱げな雰囲気が無くなり、快活そうに喋っている。

「観た?」と、エスカは不機嫌そうだ。「あの通りなの。やっぱりゲイなのかな?」

「男友達ができて嬉しいんだろ」と、私はげんなりして答えた。「今まで、オリンと年の近い男はそんなに居なかったしな。友情を見守ってやれ」

「でもぉ…」と、エスカが食い下がろうとするので、「じゃぁ、私にしきりに話しかけてくるお前は、レズビアンなのか?」と聞いた。

「まさかぁ! やだ。オルガったら、そんな目で見てたの?」と言って来るので、「お前がゲイだのなんだの言い出したんじゃないか」と、話の筋を戻した。

エスカは、むすっとした顔をして黙り込んだ。

どうやら、エスカは自分の妄想に同調して、一緒にキャッキャとはしゃいでくれる相手が欲しいらしい。

それに関しては、私じゃ役不足だ。だが、「灯台」に住んでいる10代は、エスカ達の他には、10歳の少女のイオが一人だけだ。イオはまだ、恋の話を聴ける年齢じゃない。

私は、エスカがイオを洗脳することは避けさせようと、聞き手を受け持って来たが、この様子じゃ、その歯止めもそろそろ限界かも知れない。

そんな風に危ぶんでいた時期に、事件が起こった。


イオが、倒れた。痙攣するように体を引きつらせ、手足をばたつかせている。

「医者」として呼ばれた私は、会議室に唯一あるベッドで手足を押さえつけられているイオを見て、「舞踏病だ」と診断した。

舞踏病は、食物や飲料水に入っていた薬物や、外部からの精神的な圧迫により、恐慌状態になる病だ。

私は、イオの腹の辺りに手をかざし、彼女が危険な毒物などを摂取していないか調べた。

毒物、薬物の気配はない。となると厄介だ。精神的な舞踏病は、抑圧されたストレスの原因を取り除くまで、恐慌状態が不定期に続く。

イオは、体を痙攣させながら、何か言おうとしている。

私が、イオの口元に耳を寄せると、小さな声で「悪魔が来るよ。悪魔が来るよ」と繰り返している。

イオの額に手をかざし、私は強制的にイオの意識を眠らせた。少女の体からこわばりが解け、押さえつけていた大人達は、肩の力を抜いた。


イオが倒れた時、ひどく狼狽したのはアノイだった。

私は、人の居ない波止場にアノイを連れ出し、「イオのあの様子について、何か知らないか?」と聞いた。

アノイは、しばらく黙ってから、意を決したように、「イオに、エスカがおまじないを教えてるところ、見たの」と言った。

「なんのまじないだ?」と聞くと、「呪文を唱えて、砂糖水を飲むおまじない」と、アノイは答える。

「怖い時には、それで心が落ち着くんだってエスカが言ってた。私、そんな嘘、信じられないから、イオに注意したの。そんなことしてると悪魔が来るよって」

これは困ったことになった。古風な娘だとは思っていたが、アノイが此処まで頭が固かったとは。

「アノイ、お前、今までも、何度もイオをそうやって躾けてたのか?」と聞くと、

「うん。私も、小さい頃、おばあちゃんにおまじないを教えてもらったら、お母さんに、『そんなことしてると悪魔が来るよ』って脅かされてたから」と答える。

「エスカは同じことは言われてなかったのか?」

「エスカは、要領が良いって言うか…。怒られそうになると、話題を変えて誤魔化したり、ぴゅーっと逃げて行っちゃうの」

アノイは、この時初めて、双子の妹への不満を口にした。

「エスカは、なんにでも言葉で立ち向かって行く感じ。不安なことがあったら不安だって言えるし、好きなことは好き、嫌なことは嫌って、ためらわずにはっきり言える。ちょっとワガママなんだ。

でも、悩んでるときは悩んでるって言うでしょ? それと、その悩みを言葉で説明する方法も分かってる。オルガにも、いつも悩み打ち明けてたんでしょ?」

「そうだな。しばしば相談に乗っていた」と言うと、アノイはまだ続けた。

「私、エスカのおしゃべり癖や、夢みがちがイオに移らないように、いつも気を付けてたの。それで、エスカが『悪い事』をイオに吹き込んだら、すぐに『悪魔が来るよ』って教えてた」

「アノイ。お前が教育熱心なのはわかったが、少し度が過ぎたな」と、私は言った。「子供は夢を見るものだ。それを大人が、理屈でがんじがらめにするもんじゃない」

「私が間違ってたって事?」と、アノイは少し声を強く言う。「でも、嘘や幻想を信じても、なんにもならないわ」

「アノイ、お前は、子供の頃、妖精や天使の話は聞かなかったか? そして、彼等に会いたいと思ったことはなかったか?」

「聞いたことはある」と、アノイは言う。「だけど、会いたくても会えるはずないもの。そんなの、子供を騙すための嘘だもの」

私はこの時、アノイも、自分の不安に助けを求める、小さな娘なのだと言うことに気づいた。この子は、想像の中のお友達すら作ることを許されていなかったのだ。

唯、平面的に続く現実の中で、自分が「人から好かれる人間」であるために、自分の不安も孤独も、ずっと心に閉じ込めてきたのだ。

「アノイ、この国じゃ、確かに妖精は珍しい」と、私は出来るだけ明るく言い聞かせた。「だが、デュルエーナと言う国には、当たり前に妖精は生きているんだ。鬼火と呼ばれたりもするな」

「オルガ。私、10歳じゃないんだよ? 騙すようなことはやめて」と、アノイは困ったように言う。

「魔力を持つ者に対して、失礼だな」と、私は微笑んで言い、指先に魔力を宿し、アノイの胸元をつついた。「アノイ、少し、子供の頃を思い出してみろ」