Anne

冬服を着た亜麻色の髪の女の子が、空から降ってきました。

背中から地面に落ち、苔の絨毯に受け止められ、きょとんとしています。

日陰で編み物をしていたシェンナは、「ああ、また新入りだ」と心の中で思いました。

女の子が体を起こしてマフラーを巻いた首を左右に向け、辺りをうかがっているのを確認してから、シェンナは編み物をやめてそっと女の子に近づきました。

「こんにちは、お嬢ちゃん」

女の子は、一瞬びくっとしましたが、シェンナを見て「こんにちは…」と返事をしました。年の頃は、17、8と言うところでしょうか。

女の子は何か言おうとしましたが、問いかけが始まる前に、シェンナは言いました。「あんた、名前は?」

「アン…アン・サリー」と、女の子は答えました。

シェンナはいつものように、にっこりと笑ってうなづき、聞きました。

「あんた、元いた場所を思い出せるかい?」

「元いた場所…」とアンは言って、黙り込んでしまいました。

これは審査の対象かな、とシェンナは思いました。

「アン、こっちにおいで」と言って、シェンナは岩かげの洞窟の部屋の中にアンを連れて行きました。

バーカウンターのように岩をくりぬいて作った椅子にアンを座らせ、何やら作業をして、カウンターテーブルの上にずんぐりした器に入った、

濃い緑色の飲み物を差し出しました。

「これ、なんですか?」と、アンは言いました。

「東洋の島国で、改まった客をもてなすときに出されるお茶さ。最初は苦いと思うかもしれないけど、慣れりゃ飲めるよ。ああ、そうだ」

とシェンナは言って、まるで用意してあったように、小皿に載せた小さな丸い蓮のつぼみの形のお菓子を、棚状にくりぬいた壁の凹みから取り出しました。

「お花の形…」と、アンはお菓子を見て言いました。「これ、食べ物ですか?」

「そうさ。このお菓子を食べてから、お茶を飲むんだよ」とシェンナは言いました。

アンは、添えられた小さなフォークのようなもので、花の形の丸いお菓子を刺し、口に運びました。

「すっごく甘い」と、口をもぐもぐさせながらアンは言いました。そして、喉を潤そうとお茶を飲みました。

独特な苦みと甘みが、口に広がりました。お菓子の甘みと合わさって、不思議とすっきりとした気分になりました。

「美味しい…」と、アンは言いました。

このくらい適応力があれば合格か、とシェンナは思いました。それから話し始めました。

「アン、あんたは、今からここで暮らすことになったんだよ」

「ここ、何処なんですか?」と、誰でも聞く質問をアンは口にしました。

「狭間の出口さ」とシェンナは答えました。「あんたは、もう元の世界には存在できないんだ」

アンは少し考えて、「私は、死んだんですね」と言いました。

「ある意味、そうとも言える」とシェンナは言いました。「元の世界から、あんたの存在はなくなって、みんなあんたのことは忘れて過ごしてる」

「ここは、天国なのですか?」と、アンは聞きました。

「あいにく、天国とも地獄とも言えない。みんなで住みやすい場所を作ろうとはしてるけどね」

「まだ人がいるんですね?」と、アンは言いました。

理解力のある子だ、とシェンナは思いました。「そうだね。だけど、人だけじゃない。狭間に入り込んだ、色んな生き物がいる」とシェンナは答えました。

「おや。これはこれは」と、片眼鏡の老紳士が、部屋の奥にある扉から入ってきて言いました。「はじめまして。可愛らしいお嬢さん」

「はじめまして」とアンは言いました。

「私の名はロバートです。あなたのお名前は?」と、老紳士は丁寧に話しかけました。

「アンと言います」と、明るい茶色の目の女の子は言いました。「今日から、ここで暮らすことになりました」

「おお。では、審査に合格されたのですね。おめでとうございます」

とロバートは嬉しそうに言いました。

「あの緑色の液体は、中々美味でしょう? 抹茶と言うのですよ。シェンナ嬢、私にも一服立てていただけないか」

そう言いながら、ロバートはアンの隣の隣の椅子に座りました。

「休憩かい?」と、シェンナは言って、さっきと同じ作業を始めました。

「ええ。工事の指揮をするのも、骨の折れる仕事ですよ」と言って、ロバートは葉巻を取り出し、「タバコは大丈夫かね?」と、アンに聞きました。

「どうぞ」とアンは答えました。

「ありがとう」と言って、ロバートは葉巻にマッチで火をつけました。「まだ、風の入る場所がこの部屋しかないものでね。シェンナ嬢。灰皿を」

「はいよ」と言って、シェンナは陶器の灰皿をロバートの席の前に置いきました。

「ミスターロバートも、狭間と言うところから来たのですか?」と、アンは聞きました。

「そうです。とても昔の話ですが、馬車に轢かれる瞬間に、狭間の中に落ち込んだのです」

ロバートは煙をくゆらせながら言いました。

「そしてここにたどり着いたのですが、私はここに残ることを選んだ。何せ、この老体です。元の世界に戻っても、先が知れていますからね」

「あの頃は、まだ選択権があったからね」と言って、シェンナはずんぐりした器の中で泡立てだ抹茶を、ロバートの前に差し出しました。

「だが、審査は既に存在していたね」と、にっこりと笑ってロバートは抹茶を飲み、「うむ。美味い」と唸りました。

「あたしだって、気に入らないやつと一緒には居たくないもの」と、シェンナはにやりと笑って言いました。

ロバートは、葉巻が半分になるまで色んなおしゃべりをつづけました。

元の世界にいたときは、設計士だったこと、この崖の岩の強さを計算して、元からあったシェンナの部屋から続く、居住区を今作っていること、

元の世界に残した妻が、自分を忘れてしまったのだけが名残惜しいこと等、様々です。

そこに、真っ赤なオウムがカラフルな羽をばたつかせながら飛んできました。

「伝言。伝言。二階の部屋に窓を設けたいが、どの角度で作るべきか」と、オウムは早口に言いました。

「もうそこまで進んだか」とロバートは言って、葉巻をもみ消すと、「それでは、ごゆっくり」とアンに挨拶をして、肩にオウムをとまらせ、

扉から洞窟の奥へ戻っていきました。

シェンナが灰皿を片づけながら言いました。「窓のある部屋が増えるみたいだね」

「私、そこに住みたいです」とアンは目を輝かせて言いました。

「いいじゃないか。丁度、一階は満員だから」とシェンナは言いました。

こうして、アンはシェンナの家族になりました。