霧深い早朝に、少年は黒い外套のフードを被ったまま、老木を辿りながら、深い山に分け入った。
近づいてきたリスを、気まぐれにつかんだら噛まれた。痛みはさほどじゃない。手の中にいる者の恐怖が伝わってきて、少年はリスを放した。
「動物は駄目だな…」少年は呟いた。
もうすぐ日が昇る。少年は一抹の危機を感じた。だが、このくらい深い森なら、いくらでも日陰はある。
木の葉と小枝を踏む足音を聞きつけ、少年は人が居ることに感づいた。
背中の羽を外套の隙間から内側へ隠し、少年はその足音が遠ざかるのか近づくのかを聞いていた。
足音は近づいてくる。引きずるような歩き方からして、疲弊した者か、年老いた者か。
答は、両方だった。
僅かな薪を抱えた、紫色のローブを着た白髪の老婆が、よろよろと歩いてくる。年の頃は90歳を超えているように見えた。
木々の間に視線を感じたらしく、老婆は驚いたように少年を見た。だが、すぐに我に返り、「こんなところになんの用だい?」と、しわがれた声で言った。
「老木を探しにね」少年は答えた。「ついでに、あんたの若い頃の顔も見てみたいな」
「写真なんざ、持ってないよ」と言って、老婆は家路を歩いて行く。
「簡単さ」少年はいつの間にか老婆の横におり、肩に手をかけていた。「少しショックがあるかも知れないが」
と少年が言った時、老婆はこの少年が闇の者であると気づいた。
「パンパネラか? ウェアウルフかい?」老婆は言った。「どっちにしろ、もうすぐ昼間だ。あんたも死にたきゃないだろ? とっととお帰り」
「そうトゲトゲするなって。確認するが、あんた年齢は?」と、少年は言った。
老婆は肩に手をかけられていることを警戒しながら、「90は超えてるよ」と答えた。
「じゃぁ、80年くらいか」と少年が言った途端、老婆は何かが肩から急激に吸い取られて行くのを感じた。
しまった、と老婆は心の中で思った。パンパネラの中には、噛みつかなくてもエネルギーを吸い取れる者が居るのだ、と。
膝から力が抜け、老婆はうつ伏せに地面に倒れかけた。
「おっと。大丈夫か?」
少年は倒れかけた老婆を支えながら言った。
「なるほど。こいつは、森の中で死なせるには惜しい」
そう言って、少年が目線を合わせたのは、もはや老婆ではなく、白いしなやかな髪を揺らした、水色の目の美しい少女だった。
「一体何が…」と呟いて、ついさっきまで老婆だった少女は、自分の声が若返っていることに驚いて、口を押さえた。「あなた、私から何を…」
「中々、刺激的な味だったな」少年は言ってにやりと笑い、もはや正体を隠すことも無く、外套から黒い羽を広げて見せた。
それが、少年と少女の出逢った時の物語だった。