Ash Eater 2

執事の持って来た家系図を辿り、15代前まで戻ってようやく「エンペストリー」の名前を見つけた。

「エンペストリー家の妻と父方の家系の者が結婚して、230年後に離婚しているな。結婚したのは…カルサスの大叔父か」と、ウィンダーグ家の当主、ナイトは家系図に描きこまれた注釈を読んで言った。

「気まぐれに別れる者も多いが、それにしては早々に離婚している」ナイトはため息をついた。「何か、この嫁に問題があったのか?」

「申し訳ございませんが、わたくしのはかり知るところではありません」と、陰気な執事は一礼した。

「分かった。下がれ」とナイトが言うと、執事は家系図をしまい、再び一礼して去った。

「大叔父のもとに手紙でも送るか」と言った途端、サイドテーブルで羽ペンが飛び上がった。

「親愛なる大叔父様、ごきげんよう。かつてあなたの妻であった、マーガレッタ・エンペストリーに関して知りたい」

羽ペンが、ナイトの発する言葉通りの文章を、羊皮紙に綴ってゆく。

「今日、エンペストリーの血筋だと名乗るものが当家を訪れた。リッド・エンペストリー。彼は何者か? 早々に答えていただきたい。ナイト・ウィンダーグより」

文字をつづり終えると、羽ペンはインク瓶に戻り、羊皮紙はくるくると独りでに巻かれて行った。

天窓が小さく開き、カササギが顔を出した。巻かれた羊皮紙は、カササギのもとに飛んで行った。

「明日までには届けるように」ナイトが言うと、真っ赤な目をしたカササギは、闇をものともせずに飛び立った。


翌宵に、大柄な、白いひげと白い髪の燕尾服の紳士がウィンダーグ家を訪れた。

「ナイトは居るか? 地球を半周して、カルサスが出向いたと言ってくれ」

と、若々しい老紳士は執事に言った。

「ご当主様は、現在、ご病気でございます」と、執事は答えた。

「また拒食症か。困った奴だな。まぁいい。どうせ、あいつも来てることは分かってる」

カルサスは口を大きく開けると、腹を減らした獅子のような声で吠えた。

「聴こえただろ? 猛獣が居ると近所に思われたくなかったら、ベッドから這いつくばってでも降りて来い」

とカルサスはバリトンボイスで言った。

空中に、炎の文字が浮かび上がった。「もう来てますよ。大叔父様」

文字が燃え落ちるのを確認してから、カルサスは執事のほうに顔を向け、「応接室は?」と聞いた。


「親愛なる大孫息子よ。ずいぶん痩せたな」カルサスはテーブル越しにナイトと顔を合わせるなり言った。

「大叔父様は、お変わりありませんね。むしろ太ってる」正装姿のナイトは顔色も変えずに返した。「地球の反対側には、よっぽど美女があふれていると見える」

「おお。褐色の肌をした、敬虔なクリスチャンであふれている。実に味わいがいのある世界だ」と、上機嫌でカルサスはハッハと笑った。

「マーガレッタくらいに美しい女性は?」ナイトは挑発的に聞いた。

「その話だが」と言って、カルサスは執事を一瞥した。「身内のもの以外には聞かれたくない」

「バトラー、下がれ」とナイトは言った。執事は出口で一礼し、ドアの外に出た。

「大叔父様。かつての恋愛話を恥ずかしがるご年齢でもないでしょう?」ナイトは皮肉気に言う。

「ああ。大恋愛だったさ」カルサスは腕を組んで、一瞬懐かしむような顔をしたが、その表情は一気に崩れ、「だが、生まれた子供がお前並みの問題児だった」と呟いた。

「拒食症だったとか?」と、他人事のようにナイトは頬杖を突きながら言った。

「まさにその通りだ」カルサスが事もなげに言ったので、ナイトは頬杖から顔がずり落ちた。

「血の一滴も飲まない、肉の一枚も食わない」声を潜めてカルサスは言った。「その代わり、老木に抱き着いたり、老いた母に甘えたりするのは好きだった。それが続くうちに、私はあることに気づいた」

「化け物でも観たのですか?」と、ナイトは真剣な顔で聞き返した。

「そうだ。化け物だ」カルサスは言った。「育児のために、血を飲む暇もないはずのマーガレッタが、ある年齢から全く老いないのだ」

「隠れて美男子にでもなびいてたとか?」と、ナイト。

「屋敷に美男子が来たら、私がもらっている。あの頃は、今より鼻が利いたものだ」偉そうにカルサスは鼻を高くした。そして残念そうに言った。「だが、その様子は全くなかった」

「まさか、その子供がリッドだって言うんじゃないでしょうね?」とナイトが言うと、カルサスは「その通りだ。よく分かったな。さすがウィンダーグを継いだ者だ」と言って、2回頷いた。

ナイトは呆気に取られて、「あれで俺より年上なのか…」と呟いた。もちろん、その無防備な呟きも、カルサスはしっかり聞いていた。「そうだ。家系的には…少し複雑だが、お前の伯父だな」

「その…リッドの伯父貴…ダメだ。リッドは、今何処に?」ナイトが聞くと、「失踪中だ。家出中。そこにお前から知らせが来て、こうして文字通り飛んできたのだ」とカルサスは悪びれる様子もない。

「失踪したのはどのくらい前の話です?」

「よく覚えてないが、4桁は行くな」

「中世から?」

「そうだ。あの頃は取り締まりは厳しいが、良い時代だった。目の前で誰が殺されても、観客は演劇だと思っている。金も入ってくる、美女も入ってくる、夢のように消えてしまった時代だがね」

「なんでも、暗黒劇場を経営なさってたとか?」興味なさげにナイトは聞いてみている。

「おお。あの頃では、一流の大企業だったんだぞ」相変わらず自信たっぷりにカルサスは自慢した。

「それで、リッドの件ですけど」ナイトは話を戻した。「あれは、場合によっては、国を一つ二つ滅ぼせる悪玉ですよ」

「その心配はない」あっさりとカルサスは否定した。「あれが、物の『時』を食う者だと分かってから、私は育児を徹底した」

「悪食に?」と、ナイトは皮肉った。

「まさか。徹底的に『美食』を植えこんだ。古き時代を経た者の『時』の味わい深さ、くしゃくしゃに老いた老女を少女にまで若返らせることの美しさ」

詩を唱えるように、カルサスは自分の教育方法を並べ続け、ナイトがあくびをしたのを見て、言葉を切った。

「お前には分からないだろうが…そうだ。ワインだ。熟成したワインを開けた時の喜びを教え続けたんだ。そうしたら」

「そうしたら?」既にナイトは話に興味を無くしている様子だった。

「さらなる美食を求めて、家を出てしまった」ようやく真剣な顔でカルサスが言った。「その後、教育方針をとがめられ、マーガレッタと別れた」

「どうりで、離婚の時期が早いはずだと思いましたよ」ナイトはお愛想を述べた。

「しかし、何処の国も滅亡していないところを見ると」と、カルサスは少し誇らしげに言った。「あまりに教育が行き届きすぎていて、物の年代を値踏みする目も肥えてしまったらしいな」

「そして今に至る、と」ナイトは半ば強引に話を終わらせようとした。「どうやら、私の取り越し苦労だったらしい。素敵な伯父殿は、当家のアンティークを一台蘇らせて帰ってくれましたよ」

「そこで、だ」

とカルサスは提案した。

「私はしばらくこの館に滞在する。リッドは、一度食べたものがある場所には、必ず戻ってくる。こんな、手入れもしないアンティークを山のように放置してある場所は、絶好の食堂だ」

「ここには美女も美男子も居ませんよ?」ナイトは煙たげに言った。

「大丈夫だ。数ヶ月分の血は食いだめてある」カルサスはでっぷりと飛び出た腹を突き出してみせた。