Ash EaterⅡ 3

また3日に1本血の腸詰を食べる生活に戻し、ナイトはポルクスから主要なエネルギーを直接もらうようにしていた。

つかんだ手から直接エネルギーを受け渡すのだが、これには少し不便な点がある。

手をつかんでいる間は常にエネルギーが交換されるので、ポルクスがエネルギーに満ちた状態でならなければならないのと、吸血鬼とエネルギーを交換する代わりに、ポルクスが歳を取らなくなることだ。

先代が生きていた頃、ナイトはまだ幼少期だった。自分とじゃれて遊んでくれるポルクスを、友人のように思っていた。

だが、その時から既にナイトの拒食症は始まっていた。ポルクスが成長しなくなったのも同時期だ。

普段からじゃれていたことで、知らず知らずにナイトはポルクスからエネルギーを奪っていたのだろう。

その日も、ナイトはポルクスの手からエネルギーをもらいながら、なんとなく聞いてみた。

「ポルクス。自分が大人になれないことを、不思議には思わないのか?」

ポルクスは不意をつかれたような顔をしたが、「このお屋敷では、どんな事が起こるのも不思議じゃありません」と答えた。

「承知の上か…」ナイトは言って、少し苦笑した。「このままでは、私が死期を迎えるまで、大人にはなれないぞ?」

「終生に渡り、私は吸血鬼のしもべです」と瞳だけ大人びた少年は、そう言って主と目を合わせ、にっこりと笑い合った。


翌宵、カート・ルシルが、ウィンダーグ家を訪れた。

応接室で顔を突き合わせたナイトは、「ご機嫌麗しいようで。叔父様」と、しゃぁしゃぁと言った。「プレゼントは気に入っていただけましたか?」

「石油をかけて火刑に処した」叔父はなんでもない風に言って、「エンペストリー家の者を選ばなかったのは、正解かもしれんな」と述べた。

「どう言う意味です?」少し覚えた苛立たしさを隠さずに、ナイトは聞き返した。

「エンペストリー家と、ウィンダーグ家の者が結婚すると、異端者が生まれやすい」と叔父は言った。

「異端と言うと?」ナイトはリッドのことは伏せて話を促した。

「お前のように、血を飲まないものが生まれることが多い」叔父は込み入った話のように続けた。「その代わり、何らかのエネルギーを取り込んでいるらしい」

「初耳ですね」ナイトは再びしらばっくれた。「それをお分かりなら、何故、エンペストリー家の者の肖像画を持って来たのですか?」

「何かの拍子に紛れ込んだのだろう」と、叔父も何かを隠している風に答えた。「もう一度言う。結婚しなさい」

「もう一度言います」ナイトも勿体つけて言った。「絶対に嫌です。ルイーゼの二の舞を繰り返すなら、家が埋まるほど腐った血を送り付けますよ」

「ルイーゼが何かあったのか?」と、理由を知らない叔父は聞いた。

「私に会う2週間前から、血を飲まない努力をしていたんです」ナイトは椅子から立ち上がり、叔父を叱り付けるように言い放った。「叔父様達が、平然と狩りをしている間、ずっとです」

「それは…結婚相手に会うなら、多少のダイエットを考えるのも女心だろう?」と、叔父はとぼけるでも無く言う。

「叔父様は、女心をはき違えています」ナイトは椅子に座りなおして言った。「ルイーゼは、たった2週間ではなく、私に選ばれたと信じて、私に添い遂げるつもりで自分を変えようとしたのです」

「それをお前は振ったのだろう?」と、叔父もしゃぁしゃぁと言う。「過ぎた女のことは忘れろ。写真も肖像画も、また集めてくる」

「私は誰も選びませんよ」ナイトは断言した。「持ち主に送り返す手間が増えるだけなので、余計なお世話はやめて下さい」

「ウィンダーグ家を滅ぼすつもりか!」叔父は逆上した。「5000年続いた旧家だぞ。それを、お前の…お前ひとりの偏食のために、絶えさせると言うのか!」

「私の偏食に付き合って、我が身を滅ぼす女性を作らないためになら、滅ぶのも選択のうちです」ナイトは答え、「バトラー。叔父様がご帰宅だ」と言った。

執事は椅子に座ったまま動こうとしないルシルを羽交い絞めにすると、わめき散らす叔父を引きずって、玄関のほうへ向かった。


翌宵、またウィンダーグ家におかしな客が来た。

「どうもコンバンハ。良いお日柄で」そう言ったのは、でっぷりと肥えた翡翠色の目の魔女だった。「私、エレーナって言います。ミセス・バーバリーの紹介で来ましたっ」

一応、応接室に通されたエレーナは、玄関で名乗ったであろう自己紹介を繰り返した。

「バーバリーの伯母からの…。当家には何用で?」と、ナイトは少し驚いた顔で応じた。

「私ね、占いが専門なの。どうして、ナイト君は結婚したくないのかな? それってもしかして、結婚できないって最初からあきらめてない? そんな子にぴったりの子を探すのが、あたしの使命なのっ」

リズムよくしゃべるエレーナの口調に、ナイトは思わず失笑してしまった。そして、魔女や占いや使命以前に、エレーナの面白さに興味を持った。

「私に、良き伴侶を見つけてくれると、なるほど」と言って、ナイトは少しエレーナの話を聞いてみることにした。

「失礼なんだけど、ナイト君が、ちょっと病気なのは聞いちゃったのね。それは隠さず話すわ。今の社会、そんな子多いのよ。みんな、自分の病気のこと引け目に思って、結婚以前に恋愛諦めちゃう子っ」

重要問題のように、エレーナは両手の人差し指を立てて「恋愛諦めちゃう子っ」を強調した。

「でも、心配しないで。私の占いを信じて行動してくれた子で、良き恋人、良き伴侶、良き子供に恵まれなかった子は一人もいないから。それじゃ、さっそく診ていくねっ」

軽快な口調で、分け入る隙も与えずに言うと、エレーナはタロットを混ぜ、切り始めた。その間も、エレーナは喋り続ける。

「ナイト君は、学生だったときのこと覚えてる? 覚えてたら教えてほしいなっ。結構、その期間って多感じゃない? その頃のことってその後の人生に影響するからねっ」

「私が学生だったとき…は、人間の時間にすると遥か昔になってしまうが、それは占いに影響はしないのかな?」と、ナイトはエレーナに調子を合わせて饒舌に言った。

「大っ丈夫! 私、今まで、どんな種族の子でも診てきたから」

エレーナは自信ありげに言い切った。

「でも、私人間だし、ナイト君の過ごしてきた時間や、これから過ごす時間を全部は理解できないかも知れないよ? でも、このカードが導いてくれるわっ」

エレーナがそう言うときには、既に意味ありげな陣形にタロットのカードがぎっしり組まれていた。

「それで、ナイト君が学生だったときは、どんな感じっ? 見たところ、モテたんじゃな~い?」と、エレーナは冷やかした。

「モテるように見えますか? このガリガリが」と言って、ナイトは昔を思い出した。「ですが、世の中には物好きな女性もいて、一回だけ告白されたことがあるな。寄宿学校の卒業式で」

「うんうん。その子、どんな子だったか覚えてるっ?」と、エレーナは声を潜めて聞いてきた。占いが得意と言うより、恋の話が好きでこの職に就いたのではないだろうかとナイトは思った。

「ブラウンの髪を三つ編みにした、そばかすの目立つ子だったな。漆黒の大きな瞳で、背丈は私より頭一つ小さくて。私に手紙を渡して、隣の女子の寄宿学校のほうに去って行った」

「そっか。それで、その手紙の内容はっ?」

「ありきたりな恋文ですよ。御想像にお任せします」

「はい。了解しましたっ」と言って、エレーナは敬礼のまねをして見せた。「その手紙読んでから、ナイト君はその子のことどう思ったぁ?」

「もの好きが居るなぁと」

「大人~。対応が大人~。寄宿学校卒業したばっかりにしては、紳士すぎな~い?」と、やっぱりエレーナは冷やかしてくる。「普通、同級生に話したりして、女の子に嫌われちゃうもんよ~っ?」

「そんなものですかね」

「じゃぁ、ざっくり…初恋? かしら? の話は聞けたから、まず過去を見てみましょうっ!」

と言って小首をかしげ、エレーナはとあるカードを数枚めくった。