Ash EaterⅡ 4

エレーナは、リズミカルな口調で始終喋りながら、ナイトの半生を占った。

「子供の頃は割と平穏ね。優しく見守られながら、健康的に育ってきたのかな? 現在に至るまでを見ると…ちょっと自分に対して厳しいところがあるみたいね~」と、エレーナは耳に髪をかけながら言った。

「周りの子達に愛されて育ったから、それ以上の愛で返そうとしちゃってるのよ。与えられる愛より与える愛のほうが多いの。だから、いつもあなたのほうがカラカラに干からびちゃってるって感じね」

「愛ですか」と言って、ナイトは苦笑した。

「愛です」と言って目を伏せて頷き、エレーナは宣教師のように言った。

「ナイト君は、愛に溢れた子なのよ。だから、あなたを嫌いになる子なんて、女の子だけじゃなくって、男の子にだっていないのっ。友達に恵まれるでしょ? 良くも悪くもっ」

「理解のある友人は数名いますが…。恵まれると言うほどでは…」

と、ナイトが思案顔になると、

「きっと、そう言う『言い出せない』けど、ナイト君を気にしていた子はいっぱいいるのよ。これからは、そんな子達との出会いもあるかも知れないねっ。じゃぁ、いよいよ未来を診ていくわねっ」

エレーナはそう言って、最後に残っていたカードの塊を順にめくった。

「ふむふむ。中々良いカードが出たわよ~」と言って、エレーナはどう紐解こうかと腕捲りをした。

「ズバリ言うわよっ。あなたに、あなた以上の愛を注げる人が現れます。でも、その人に巡り逢うまでは、ちょっと苦難があるかも知れないの。だけど、その苦難は長くは続かないから、安心してっ」

相変わらず、エレーナは両手の人差し指を立てて、言葉を強調するように振ってみせる。

「その人と出逢った後は、あなたはそれまでの子達全部に注いだ分の愛が全部返って来たみたいな満足感を得られる。子宝にも恵まれる。お子さんも、健やかに育つわねっ」

そこまで言って、エレーナは顔を曇らせた。

「だけど、お子さんとナイト君の間は、とっても微妙な関係みたい。近くに長く置いておいてもだめ、遠くに長く置いておいたらもっとだめ、ここは気を付けてっ。その点だけ注意できれば、円満よっ」

「そんな女神みたいな女性とは、いつ会えるか分かりますか?」と、からかい半分に聞くと、「焦っちゃだめよ。それと、身分違いの恋にも物おじしない事。そうすれば、あなた達はすぐ巡り逢えるわっ」と返ってきた。

「すぐ?」とナイトが聞くと、「そう。結構近くにいる可能性があるのよっ」と、エレーナはカード全体を眺めながら言った。

「隠れどころはないはずだけど…今まで生きて来て、出逢った人の中に居るかもしれないわねっ。ナイト君、私がさっきから言ってること、分かってる~?」

「と言うと?」と、ナイトは全く見当がつかないと言う風に呟いた。

エレーナは、辺りを見回し、吸血鬼の聴覚も計算して、そーっとナイトの耳元に忍び寄り、ほんの小さな声で「『子』って言ってないでしょっ」と言った。

それを聞いて、ナイトは愕然とした。今まで、自分が「自分の伴侶に成れる吸血鬼などいない」と思い込んでいたことに気づいたのだ。

「まさか…それは…に…」まで言いかけ、ナイトは何処に他者の耳があるか分からないことを思い出した。

おまけにエレーナに口をふさがれ、「しーっ。この結果は、ナイト君と私の秘密だからねっ」と注意された。「誰かにしゃべったりするたびに、運命は狂って行くものなのっ」

エレーナは全部表に返したカードをざっと集め、手慣れた風に整えると、鞄にしまってから、馴染んだノリの声で言った。「私からは以上っ。ナイト君、これから幸せになってねっ」

そう言って投げキスを残してエレーナが帰って行った後、目から鱗どころか、全身からかさぶたが剥げたように、ナイトは椅子にもたれかかってため息をついた。


翌宵、久しぶりに投じられた号外に、ナイトが書斎で目を通すと、一面記事の端のほうに、「有名占い師、死亡」と言う記事が載っていた。

「業界名エレーナ・パフさん(39歳)が、昨夜未明シルベットの駅前で何者かに襲撃され、首を切り裂かれて死亡しているのが発見された。ディーノドリン署では、犯人の捜索を急いでいる」

小声で読み上げた後、ナイトはパルムロン街を2駅超えた場所にある、シルベット街を思い浮かべた。記憶が確かなら、治安のしっかりした、決して殺人の起こるような場所ではない。

だからこそ号外に載ったのだろうと察しはついたが、何故エレーナが殺されたのかを考えた時、昨日の占いの結果が頭をよぎった。

まさか、それが原因で殺されたとしたら? ウィンダーグ家を根絶させたいと願う者がいると言う事だ。

この2つの思考は、あっと言う間に関連付けられた。

惚れたはれたをどうこう言っている場合ではない、と冷静な自分が頭の中で言った。だが、逆にナイトがこの事件を気にして血を絶やすことになったら、エレーナを殺した者の思うつぼではないか?

一瞬ナイトは混乱した。これが、エレーナの言っていた苦難か…。と、ナイトは心の中で思った。

以前、リッドの連れ合いの、山奥の魔女に作ってもらった、結界の役目を果たす絨毯が敷かれた書斎で、ナイトは考えた。

山奥の魔女に作ってもらった絨毯を敷いてあるのは、書斎と応接室、それから寝室だけだ。恐らく、何者かは、「千里眼」か、「読心術」で、占いの結果を知ろうとしたに違いない。

だが、結界があり遠隔的には知ることが出来なかった。だから、エレーナから直接聞き出そうとしたのだろう。だが、彼女は口を割らなかったのだ。

しかも、占いが専門とは言え、エレーナは魔女だ。もしかしたら、反魔術を使って、外に出ても心を読めなくしていたのかも知れない。

その結果、殺された。

その推理は瞬く間に組み上がり、ナイトは自分の目がイーブルアイの赤い光を発しているのに気付いた。

かつてない怒りだった。怒りと共に、イーブルアイから一筋の涙が流れてきた。

「これから幸せになってねっ」そう言って帰って行った、ひ弱な人間の女性を、何故自分は守れなかったのか。ナイトは自分を殴りつけたい気分になった。

一族の存命に関わる情報を知っているとなれば、占いとは言え、どんな手を使っても情報を引き出そうとする者はいるだろう。

ナイトが涙を拭くと、住所録が本棚から飛び出し、パラパラとページがめくられ、とあるページを開いて止まった。

受話器がナイトの耳に飛んできて、自動的に住所録に書かれている電話番号につながった。

「はい? ボリトスですが」と、低く落ち着いた女性の声が聞こえた。

「ルーゼリア。ナイト・ウィンダーグだ。狩りを頼みたい」と、ナイトは言った。