Ash EaterⅡ 8

3日に1本の血の腸詰生活を続けながら、ナイトは求人の応募者を選出していた。

「パルムロン街。ウィンダーグ家への、住み込み小間使いの募集」をかけたら、1日で3桁の応募があった。

「旧家と言うだけはあるんだな」と言って、募集要項を見てみたら、一ヶ月に20万ドルの報酬、と書かれていた。

「これなら、人も集まるはずだ」世知辛い浮世を察しながら、宵になってから朝焼けが出るまで、応募者の経歴や身の上、年齢、性別、髪の色から目の色まで、目がつぶれるかと思うほど書類を見た。

だが、どれもピンとくる者はいない。

ポルクスの印象が強すぎるのだと言う事は分かっていた。通常業務に戻ったエリーゼも、口には出さないが、何処かでまだポルクスの名残を追っている。

ナイトは、眠っている間も、書類と添付された写真をチェックしている夢を観ていた。そして、ふと気にかかる写真を見つけた。

そこでいつも起きてしまって、何が気にかかったのかは全く分からないのだが、何かの予兆か、気のせいか? くらいに思っていた、そんな日のことだった。

明らかに染めてあるクリムゾンの髪を、ざんばらなショートカットにした、にこりともしない少女の写真が添付された書類が届いた。

「ラーシェ・リバー。13歳。ラスティリア出身」と読み上げ、この地方なら、恐らくと察しがついた。

書斎にお茶を持って来たエリーゼが、「どなたか、気になる方は見つかりましたか?」と聞いてきた。

「ああ。恐らく、魔術師の家系の者だ」ナイトは、デスクにお茶のトレーを置いたエリーゼに、写真と書類を見せた。「12、3歳と言えば、魔術師としては独り立ちをする年頃だしな」

「家を出ると言う事ですか?」と、エリーゼは聞いた。「まだ13歳なのに…」

「そう心配する年齢でもない。13年間、みっちり修業してから家を出るんだ」ナイトはローズピップの香りのするお茶を飲みながら説明した。「人生の途中から魔術を体得しようとするより、有能だよ」

「じゃぁ、小間使いはこの子にするのですか?」そう言いながら、エリーゼは見るからに生意気そうな不愛想な写真を観ている。

「小間使いの応募写真で、にこりともしない所が気に入った」と、ナイトは言った。「魔術の心得があるなら、我々の生活にもそれなりに理解があるだろう」

「だと良いんですけど」と言って、エリーゼはため息をついた。「なんだか、私のほうが妹扱いされそう」

「かも知れないな」ナイトは愉快そうに口元をほころばせた。「融通が利くか利かないか、まずは会ってみよう」

そう言って、ナイトが「書類審査通過。面接日の設定を願う」と言うと、インク瓶に浸した羽ペンが飛び上がり、ナイトの言葉通りの短い手紙を羊皮紙につづり始めた。


実際会ってみたラーシェの髪は、白飛びしていない分、写真よりもっと深い赤であると分かった。

茶に近い金色の目をしており、写真の通りむっつりした顔で面接に来た。

「志望の動機は?」と、ナイトが差しさわりない事を聞くと、おもったより甲高い声で、ラーシェは答えた。

「分かってるだろうけど、あたし、魔女なんだ。独り立ちしたばかりで資金繰りが上手く行かないんでね。そこで、この募集を見て応募したってわけ」

「小間使いの仕事の内容は分かっているかな?」ナイトは聞いた。「魔術の修業よりはつまらないものかも知れないぞ?」

「それは了解してる」と、ラーシェは右手を上げて言った。「庭の花の手入れをしたり、掃除をしたり、給仕の手伝いをしたりするんだろ? 昼間外に出れないご主人様のお使いに行ったり」

それを聞いて、ナイトは「どうして分かる?」と訊ねた。

「言ってるだろ。魔女だって。イーブルアイで観られてることくらいわかる」と、ラーシェは当たり前のように言う。「それにしては、魔物も怨霊も居ない屋敷だ。普段から人は食べないのか?」

「拒食症でね」と、隠しても無駄だと知りナイトは言った。「普段の食事は、血の腸詰を3日に1本だ」

「良く生きていられるな」ラーシェは驚いたように言う。「パンパネラだとしても、それじゃ体力が持たないぞ」

もはや、どちらが面接に来ているか分からない。「その分、眠るようにしているよ」と、ナイトはポルクスのことは隠した。

「じゃぁ、あたしが滋養強壮に良い薬、作ってあげるよ」と言って、ラーシェは持っていたメモ帳に薬の成分と粒数を書き始めた。

「たぶんそのままは飲めないと思うから、薬用カプセルに入れておく。1日1粒、1ヶ月分で31粒、これで900ドルでどうだ! 材料代は引いておいたよ」と、ラーシェは面接の間に商売を始めた。

「このくらい根性が座ってるなら、多少の問題もなさそうだな」と言って、ナイトは「面接は以上だ。エリーゼ、しばらく指導してやってくれ。それと、その薬も購入しておこうか」と答えた。

ラーシェは得意顔で初めてにこりと笑うと、「毎度ありっ」と言った。


面接に来たときはスカート姿だったラーシェに、エリーゼは仕事用のゆったりしたズボンと、長袖のシャツ、それからベストを渡し、着替えさせて、夕暮れの庭に連れて行った。

「木の剪定をしたことはある?」とエリーゼが聞くと、ラーシェは「成長を戻す魔術ならあるけど?」と聞き返した。

「魔術じゃダメなのよ。手で剪定したものと、成長を戻したものじゃ、全然違うでしょ?」と言って、エリーゼはまず剪定鋏の使い方から指導し始めた。

そのやり取りを書斎から聞いていたナイトは、「一般的な常識を我々が教えるとわね」と言って、興味深げに庭の2人を観た。

エリーゼが一度方法を教えると、元々器用なほうらしく、ラーシェはすぐに剪定鋏の使い方を覚えた。

「先行きは透明なようだ」と言って、ナイトは新しい家族の登場を紅茶で祝った。


ラーシェが住み込み始めてから、数日が経過した。朝の手紙の回収をしてきたラーシェが、郵便受けから一通の包みを取り出し、険しい顔をしてエリーゼの元に戻ってきた。

屋根裏部屋の寝床で、寝間着に着替え、休もうとしていたエリーゼの部屋へ駆け込み、ラーシェはまくしたてた。

「ご当主様をすぐに起こして! 休んだばっかりなのは分かってる。それどころじゃないことが起こったんだ!」

余りのラーシェの慌てぶりに、エリーゼはただ事ではない気配を察し、すぐに着替えなおしてナイトの寝室に向かった。


薬品庫の材料でラーシェが作った強壮剤のおかげか、ナイトはここ数日、久しぶりにぐっすりと眠っていた。

だが、今日は寝入りばなに、ラーシェが玄関のドアをぶち破らんばかりに慌てて屋敷に入ってきたのを察し、何か起こったな、と思ってナイトはベッドに腰かけたままガウン姿で待っていた。

予想通り、エリーゼの、消しなれた足音と、ラーシェの、どかどかいう足音が、屋根裏部屋から寝室の前まで聞こえてきた。

少し強めのノックが聞こえたと同時に、「入れ」と返事をした。

布に包まれた小さな木箱を持って、ラーシェが寝室に入ってきた。その後から、エリーゼも姿を現した。

「ご当主様。これ。あたしには開けられない。ご当主様宛てに、魔力で封印されてる」と言って、ラーシェはナイトに木箱を渡した。「気を付けて。分かってると思うけど、血の匂いがする」

ラーシェから受け取った木箱の蓋を、ナイトは慎重に開けた。中には、血の付いたナイフと、一通の手紙が入っていた。

「これは…」と、ナイトは僅かに表情を険しくした。「エレーナの血だ…。彼女を自殺させるときに使われたナイフだ」

「ナイト様。この手紙は…」と、エリーゼが言った。

そこには、「私は全てを知っている」と書かれていた。