Ash Eater 3

まだ朝日の昇らない明け方、ウィンダーグ家のあるディーノドリン市から、300km離れた山中で、リッドは老いた見事な大樹の幹に手を当てていた。

見る間に、折れかけた枝は凛とした張りを取り戻し、ぼこぼこの幹がすらっとした姿を戻し、梢に新緑が芽吹いた。

「80年」とリッドは言った。「量はまずまずだが、味としては平凡だな」

「あら? じゃぁ、あたしも平凡だったのかしら?」と、白い髪の美しい少女が、薪を抱えて言った。魔女独特のハーブの香りのする、紫色のローブを着ている。

「リーザ。本物の魔女の80年と、大木の80年を一緒にするなよ」リッドは口説くように言った。「お前のは、特別級にスパイシーだぜ?」

「せいぜいおべっか使ってちょうだい。今日の宿が無くなったら困るものね」と、リーザと呼ばれた少女は言った。「あたしも、悪い気はしないわ」

「まぁまぁ、時を分かち合った仲だ」リッドは親し気にリーザの肩をつかみ、「仲良く行こう」と言って、岩の割れ目から、リーザの家と思われる岩屋に入って行った。


その頃、ディーノドリンのウィンダーグ家では、身内で「千里眼」の魔術の心得のあるものを探し出し、リッドの捜索が行われていた。

応接室のテーブルにこの国の地図を引き、何代か前の叔母がむしゃくしゃした顔で椅子に座っていた。千里眼だが、老眼らしく、目の大きく見える分厚い眼鏡をかけている。

「私が働かなくても、その坊やはここに来るんだろ? なんだって、こんな昼間のさなかに呼び出されなきゃならないのさ」と、叔母はナイトに言った。

「あの大叔父様に長居してもらいたくないものでね」昨晩から正装姿のままのナイトは返した。「私はまだうんざりする程度だが、エリーゼとポルクスが危ない」

「仕事代はしっかりもらうよ。霊柩車代もね」と言いながら、叔母は老眼鏡をかけた目を閉じた。「山が見えるね。相当険しい山だ。まぁ、山なんてそこら辺にいっぱいあるけど」

「状況を詳しくを教えてくれ」とナイトは言った。

「ここに居るはずなんだが、気配がないねぇ…。でも、時間軸の狂ったものがたくさんある。どうやら、その坊やの食べ残しらしい」

そしてしばらく黙ってから、叔母は少しニヤニヤしながら言った。

「ほー。これはこれは。見事な500歳が居たもんだよ。見た目は12歳くらいだ。恐らく、リッドとか言う坊やの連れ合いだね。定期的に坊やに時を分けているらしい」

「女がいるのか…」ナイトは心底うんざりしたように言った。「さすが、大叔父様の子供だ」

「んー。ああ、居た居た。赤毛の」叔母は嬉しそうに言った。「おーや、熱々じゃないかい。見た目的には、ちょっと早熟な若いカップルって感じだね」

「その描写は要らないから、場所を教えてくれ」と、ナイトは言った。

「そう急かすんじゃないよ。うーん。トランチェッターの…おや。こりゃ、結界がはってある。遠目から観させないつもりだよ。ああ、しまった。見失った」

叔母は老眼鏡を外し、忌々し気にテーブルに放り投げた。「だいぶ念入りな結界だ。もう一度は見せてくれないね」

「トランチェッター地方の山の中…」と言って、ナイトは、地図を見回した。「この地方は、ほぼ山だけだな。その中でも険しいとなると…」

「国境沿いの、ディオン山がめぼしいところだね。今見た方向としてもあってる」

と、老眼の叔母は放り投げた眼鏡をかけなおしながら、地図を覗いた。

「場所は中腹。木々の茂り具合からして、だいぶ豊かな森だよ」

「数十キロにわたる山脈だな…この何処に居るんだ?」呟いて、ナイトは目眩を覚えた。

額に手を当てると、叔母が茶化すように「貧血かい?」と言った。

「昨晩から起きっ放しでね。寝不足だ」ナイトはごまかした。

「あんたの拒食症は、身内の間でも有名だよ」叔母は辛辣に言う。「なんだって、半年も食事を摂らなかったんだい? 元々、ポルクスは非常食として此処に雇われてるんだよ?」

「あなたは、ご自分の育った家の家族を、食事と見なせますか?」ナイトは反論した。

「家族を? 吸血鬼の血なんて、濃すぎて海水飲んでるようなもんだよ。家のものを食うのが嫌なら、外に食事に出かければ良いだろう?」

叔母はそう言って、椅子に掛けてあったコートを着込んだ。

「やだやだ。拒食症の引きこもり。なんでこんなのがウィンダーグ家の当主になったんだろうね。そんなに血を飲むのが嫌なら、いっそベジタリアンになっちまいな」

「出来れば、私もそうしたいところです」と返事をして、ナイトは部屋の隅に立っていた執事に言った。「バトラー、謝礼と霊柩車代を叔母様に」

そう言われて、執事は銀のトレーの上に置いてあった札束を差し出した。

「なんだい。これっぽっちかい? 見つけただけでもありがたく思ってほしいもんだけどね。それじゃぁ、次は死に顔見に来るよ」と言って、千里眼の叔母は棺に入り、霊柩車に乗って帰って行った。


蜘蛛の巣だらけの物置で、カルサスは手入れをされていない壊れたアンティークを見回していた。

「これは、良い。実に良い。実に、あいつ好みのガラクタだらけだ」カルサスは唸った。

「大叔父様」と、ナイトはその背中に声をかけた。「リッドの居場所に、大体見当がつきましたよ」

「手早いな。どの辺りだ?」と言って、カルサスはナイトの持って来た地図に目を向けた。

「トランチェッター地方の山の中。ディオン山の中腹付近の森」ナイトは説明した。「本人は気配がないが、食べたものの時間軸が狂うらしい。その気配で分かります」

「このくらいの距離なら、一晩飛べば場所は特定できるな」と、カルサスは言った。

「だが、結界がはってあるそうです」ナイトは叔母から聞いたことを付け加えた。「一度侵入した者は、気配を覚えられて二度は侵入できない」

「チャンスは一回か」と、カルサスは言って、ナイトの顔をじろりと見た。「お前、飛び方は覚えてるか?」

「運動不足ですが、一応」ナイトは答えた。「私も捜索に出ろと?」

「チャンスは2回あったほうが良い」カルサスは言って、ナイトの胸を手の甲で叩いた。

「私は今日の宵から探しに出る。お前はその間に腹ごしらえしておけ。もしも、私が探し当てられなかったとき、お前が探し当てれば良い」

「『食堂』に来るのを待つんじゃなかったんですか?」ナイトは物置を出ようとしたカルサスに声をかけた。

「長く待つのは私も苦手だ。2人で探して見つからなかったら、その時は待つさ」とカルサスは言って、伸びをしながら廊下を歩いて行った。