Ash eaterⅢ 序章

古い山中に似つかわしくない、真新しい豪邸が、夕闇の中に浮かんでいる。

その館の一室で、一人の魔女がタロットを引いていた。

髪は白髪が混じり、顔に刻まれたシワも深い。

タロットを読み解くと、3年以内に大金が入ってくると言う暗示と、大きな災厄の暗示が出た。

仕事を引き受ければ、悪ければ命がけのものとなるだろう。だが、ことを柔軟に運べば、何も恐れるものはない。

新しい戦友との出会いと、古き者が絶える予知。親しき者がその知らせを運んでくる。

老婆は、久しぶりに全力を尽くせる仕事が舞い込んでくることを知った。

「結果はどうだ? エミリー」と聞いてきた痩身の男に、老婆は「大暴れと大儲けのチャンスが来るわよ」と、しわがれた声で言った。

予知のために拡散していた魔力を引き戻し、エミリーはしわくちゃの老婆の姿から、15歳ほどの黒髪の少女の姿になった。

灰色の目に、赤い光を灯している。

「エンダー、六連の魔弓を用意しておいて。久しぶりに色々術を使わなきゃならないみたい」

エミリーは少女の声で言うと、タロットを搔き集め、揃えてケースにしまい、棚に戻した。

「さて、親しきものはどちら様かしら?」と手ぐすねを引いていると、電話がかかってきた。エミリーは2コール目を鳴らさずに取った。

「もしもし? ナイト・ウィンダーグだが」と、受話器の向こうで声がする。

「あーら。ウィンダーグ様だったの。エミリーよ。もちろん、お仕事の話よね?」急ぐように聞くと、電話の主は、

「その通り。既に予知済みかな?」と悪戯めかせて言った。「詳しい話は電話では言えないが、近々当家に来てほしい。長期の仕事を頼みたい。時間はあるか?」

「もちろん大丈夫よ。今のところ予定は空っぽだから」とエミリーは言いながら、帳簿に書いてあった3年以内の予約になっている数名の名前の上に、チェックを入れた。

「今、空っぽにしたな?」

電話の主はエミリーが数名に「忘却」の魔術をかけたことを察していた。

「当家を優先してくれるのはありがたいが、あまり魔力を散らすなよ。小じわが増えるぞ」

「やーねぇ。レディに向かって失礼じゃない?」エミリーはケラケラと笑って、「何日ごろうかがえばいいかしら?」と仕事の話を続けた。

「1週間後に来てくれ。ちょっとした理由から食事は最低限しか用意できないので、回復手段を用意してきてくれると助かる」

「OK。それじゃ、1週間後に」

と言って、エミリーは電話を切った。さっきまで艶のあった黒髪が、少しガサガサする。電力ではなく魔力で話しているので、長電話は消耗するのだ。

「さてさて、丸薬を少し多めに作ろうかしら」と言いながら、エミリーは台所に向かった。


1週間後、列車に乗ってディーノドリン市に着いたいたエミリーとエンダーは、「リディアのキッチン」と言うレストランでオイスターを食べることにした。

「純血種じゃなくてよかったって思うのは、こう言う時ね」と言って、レモンをかけてハーブを添えたオイスターをほおばりながら、少女の姿のエミリーはきゅっと目をつむってから、笑顔を見せた。

エンダーは、特にリアクションも無く、黙々と生のオイスターを咀嚼している。

エミリーは自分のオイスターを全部食べ終わると、ウェイトレスを呼び出し、生ハムのサラダと、食後にチョコレートケーキと紅茶を頼んだ。

「随分食べるな」とだけ、エンダーがコメントした。

「ごちそうは食べれるうちに食べないと」エミリーはデザートフォークの先をエンダーに向けて言う。「食は生涯の友よ? いつ死ぬか分かんないんだから、美味しいものはめいいっぱい食べておかなくちゃ」

「今回の仕事は少し難があるのか」エンダーは、エミリーの言葉から、長期戦になることを承知したらしい。

エンダーも最後のオイスターを食べ終わると、ウェイトレスを呼び出し、アボカドとシュリンプのサラダと、ワインとレーズンを頼んだ。


宵も更けた頃、エミリー達は馬車に乗ってウィンダーグ家に到着した。

馬車を降りて早々、エミリーが苦い顔をした。馬車の支払いを済ませたエンダーがその様子に気づくと、エミリーは「見た通りよ」と答えた。

「私の結界がほとんど消滅してるわ」エミリーは眉間のしわに指をあて、しわが定着しないように皮膚をのばした。

「純血種の嫌な所はこれよねー。自分は絶対的に安全だと思ってるんだから」

「それだけ平和に暮らしてきたんだろう」そう言って、エンダーは大きなバックパックを背負い、先に立って歩きだした。

エミリーもその後について行ったが、視線を感じて振り返った。

一羽のカラスが、じっとウィンダーグ家の庭を監視している。

エミリーが威嚇するように赤い光を宿した目を向けると、殺気に感づいたカラスが、大慌てで逃げて行った。

「平和も長くなさそうね」エミリーは呟いて、カラスの気配が遠ざかるのを確認してから、屋敷へ向かった。