Ash eaterⅢ 7

ウィル・ザックの変死体が発見されたのは、リックとメルリアが呪いをかけられてから、半年後のある早朝のことだった。

目撃者の話をまとめると、拷問を受けたように焼け爛れた服を着て、「血を分けてくれないか」と通行人に言いながら、霧の中をよろよろと車道に飛び出し、

仕事先に行くのに急いでいたビジネスマンの車に轢かれて頭をつぶされたと言う。

吸血鬼の家の情報がすっかりなくなっていたディーノドリン署では、ウィル・ザックが何者かも、彼に拷問をくわえたものが何者かも分からなかった。

それどころか、一般の仕事すら、アナログで進めるしかなかった。

コンピュータ機器のスペシャリスト達が何度修理しようと復旧させようと、画面がついたと思った途端に「私は全てを知っている」と言う文字が表示されるだけで、中枢機器がダウンし、全く機能しない。

病院に担ぎ込まれたオークランドは、蠢く火傷の痛みと、他人にはその火傷が認識できないと言う苦痛から、既に発狂していた。

思い出したように、幻術を解くスペルを唱えようとすると、舌の全体に火傷が現れ、痛みと恐怖ですぐに昏倒してしまう。

オークランドは精神病院の隔離病棟に移された。

薬を処方されたが、飲み込む前に舌が焼け爛れ、看護士達が押さえつけて服薬させようとしても吐き出してしまう。

注射による投薬療法が試されているが、吸血鬼が放った火炎の呪いを抑えつける薬等、人間の世の中には存在しなかった。


「ウィル・ザック、完了」と、書斎で家系図にチェックを入れながら、ナイトはどのくらい敵陣が広がるかを考えていた。

「3代後までは何か仕掛けてくると考えると、ウィルの拷問はあからさますぎたかな?」

「私は久々に正義の味方になれてすっきりしたところよ」エミリーが灰色の瞳の中で赤い光を閃かせながら言った。「暇だったのよね。半年も待ってるのに、呪い文ひとつ届かないんだもの」

「護衛が居なくなるのを待っているんだろう」とエンダーが言った。

「確かに、此処でお前達が退場しても、芝居は盛り上がらない」と言って顎に手を置き、ナイトは「契約をもう2年延長しよう」と言い出した。

「それから、相手が数で来た時のことも考えて、もう2名ほど護衛を増やす」とナイトが決定した途端、「食事の準備できたよ」と言うラーシェの声が書斎に飛んできた。


育ち盛りのラーシェは、半年の間で随分背が伸びていた。

髪の長さと色は魔術で調節できるようだが、服はどうしようもないらしく、ウィンダーグ家に来た時着ていた魔術着の丈は、膝下から膝上になっていた。

「ご当主様。なんか魔力の宿った布とか無い? あたし、布作る術は苦手でさ。後、小間使い用の服も、そろそろつんつるてんなんだけど」

何か書きものをしているナイトにラーシェが言うと、ナイトは一瞬きょとんとした顔をしたが、

「ああ、お前は人間だったな」と言って、自分の台詞がおかしそうに笑った。

「お古になるが、魔力の宿った布ならたくさんあるぞ。ついてこい」

そう言って、ナイトはラーシェを寝室の中にある、ウォークインクローゼットに案内した。

寝室の倍はある大きさの部屋の中に、洋服屋よりみっちりと服が並んでいる。

「そっちは私の母の古着だ。ドレスが多いが、炎を避けることができる。こっちは、父の古着、銀の銃弾がまだ信じられてた頃の物だな。金属に対して耐久性がある」

服屋の店員のように、ナイトは衣服の波の中を分け入りながら、ラーシェに説明する。

「それから、奥のほうに祖父と祖母の物がある。夫々、炎と古い魔術を避ける加工が施されている。それから…」と言って、ナイトはクローゼットの一角で立ち止まった。

今のナイトより、少し背が低い少年が着るくらいの大きさの、コートや学生服や、大量のシャツが並んでいる。

「何?」と、ラーシェが聞くと、「私が学生時代に使っていたものだ。大した魔力はないが、取ってあったんだな」と、ナイトは懐かし気にコートを手に取った。

「仕立て屋に頼んで作ったはずのものだが…一般的な子供の物を想像したんだろうな。今でも片腕なら通るぞ」面白そうに、ナイトは寸法のたらないコートの半身を着て見せる。

「ご当主様。昔から痩せすぎだったんだね」と、すっかり馴染んだラーシェはからかうように言った。


ラーシェが選んだのは、炎と古い魔術に耐性のある、ナイトの祖母のドレスと、母のドレスだった。

「布は調達できたが、服は作れるのか?」ナイトが不思議そうに聞く。

「素材があれば、形成は簡単なんだ」と言って、ラーシェはめったに入らない居間のテーブルの上に2つの服を置いた。

「まず、糸を解きます」と、料理の説明をするように言いながら、ラーシェは服を指さした。煙が抜けるようにシュルシュルと糸が飛び出してきて、布地がバラバラになった。

「次に、あたしの今後の寸法に合わせて、少し大きめに魔術着を形成します」と言って指さした、祖母の黒いドレスが、ラーシェの体形に合うようにばらりとカッティングされた。

「こっちは小間使い服、と」と言って、ラーシェはナイトの母のベージュのドレスを同じように指さした。こちらも、糸が解け、布がズボンとベストの形にカッティングされる。

「型紙も無いのに、よく型どおりに作れるな」と、ナイトは感心したように言った。

「自分の体形の予知くらい、結界作るのとおんなじだよ」ラーシェはそう言って、切ったドレスにさっき引き抜いた糸を通した。

ナイトには何が同じなのかよくわからないが、魔女としては日常茶飯事なのだろうと察して、「そうか。要らない布はちゃんと捨ててくれよ」と言って居間を後にした。


新しい服を手に入れたラーシェが、足取りも軽く屋根裏部屋に戻ると、ベッド脇の鏡が赤く光っていた。

「エリーゼに何かあったんだ」と気づいたラーシェは、服をベッドの上に放り投げ、鏡の前で手に印を結んで、寝室で眠っているエリーゼの横にあった水晶のイヤリングに、意識を飛ばした。

何者かがエリーゼを見ている気配がする。

ラーシェは視界をエリーゼの寝室中に巡らせ、見ている者の気配を追った。気配の方向が分かった。占い師の使う『魔鏡』の気配だ、とラーシェは気づいた。でも、見ている者は占い師ではない。

『魔鏡』のエネルギーを辿って行くと、老いた吸血鬼が、鏡の向こうで赤い目を光らせているのが分かった。

その顔をしっかり記憶し、ラーシェは気配を残さないうちに屋根裏部屋へ戻った。

そして、イヤリングを通りして、それまで以上に強い「攪乱」の術をエリーゼの家にかけた。

これで『魔鏡』にはエリーゼの居場所は映らないはずだが、時間稼ぎにしかならないのは分かっている。あと2年の間に、事が終結すれば良いが。

明日起きたら、ご当主様に伝えておこう。不安を抱えながら、ラーシェは鏡からエリーゼの影を消した。