Ash eaterⅢ 8

ローラ・リーディー、セム・ナディーン、ラング・デリトンを半年をかけて順に呪殺し、ついに家系図の赤い文字は、カート・ルシルのみとなった。

ある晩、ナイトに招かれた新しい護衛が2人、屋敷に着いた。

以前も来たことのある、エクソシストのポール・ロドスキーと、ハンターのルーゼリア・ボリトスだ。

1階の玄関ホールで、ナイト達は、2人の到着を待っていた。

「あらやだ。また血のにおいのしないパンパネラが増えたこと」と、少女の姿のエミリーは言った。「お嬢ちゃん、私の若い頃にそっくりね。瞳の色以外は」と、ルーゼリアを指さした。

「この老女と男はなんだ?」と、ルーゼリアは青いカラーコンタクトレンズ越しに、イーブルアイでエミリー達を見て言った。

「伝え忘れたが、今回はチームプレーを頼みたい」と、ナイトが事を説明した。「多勢を相手にすることを前提に。エミリーの予知では、今日が山場のようなのでね」

「僕は力場の担当かな?」と、ポールが事情を確認して申し出た。

「難のかかる仕事だが、よろしく頼むよ」とナイトは言って、ポールの背中をポンと叩いた。

「そっちの青年は?」今度はポールがジャンを見て言った。

「ジャン・ヘリオス。当家専門の護衛だ。ウェアウルフの血が混ざってる。普段は昼間の任務だが、今日はチームに入ってもらう」

「よろしくお願いします」と言って、ジャンはポールに片手を差し出した。ポールはその手を握り返し、「よろしく、ミスターヘリオス。僕はポール・ロドスキー。ポールと呼んでくれ」と挨拶をした。

「僕も、ジャンで構いません」と言いかわして、二人は手を離した。


「自己紹介も早々だが、どうやら予定通りお客様がいらっしゃる気配だ」と、ナイトがドアをイーブルアイで透視しながら言った。

ルーゼリアは四方八方に目を向け、「これはこれは。客の数も溢れんばかりだな」と、囲まれていることを皆に告げた。

ポールが、布に包んで持って来た、呪文の彫られた長細い剣を取り出し、ナイトに渡した。「これを使ってくれ。フェンシングは得意だったろ?」

「まだ若さが残ってれば良いがね」ナイトはそう言いながら、スーツの上着を脱ぎ、シャツの両腕をめくった。

エンダーが、ボーガンに6本、鎖のついた矢をつがえた。

新しい魔術着を纏ったラーシェが、両手に魔力を集中した。

ジャンとルーゼリアは、夫々銃を手に構えた。ルーゼリアが、細い腕にごつい2丁拳銃を持っているのを見て、ジャンは少し驚いたようだ。

全員が互いに背を向け合い、神経をとがらせた。

エミリーはポールに目を向け、「3秒で結界を解く。群れをおびき寄せるまで、少し待ちな」と告げた。

「了解」と、ポールは精霊の紋章を刻んだナイフを構えて答えた。


ウィンダーグ家の内部全体から、カッと閃光が走った。

魔力を持ったものにしか分からない、バリバリと言う音を立てて、エミリーの結界がはじけ飛んだ。

外に居た何者か達は、一瞬ひるんだが、進路を邪魔していた見えない壁が消えたことが分かり、一斉に突入してきた。

「まだよ! 4、3、2、1…今だ!」と、エミリーがポールに合図した。

瞳孔を赤く光らせたポールが、全力を込めて、大理石の床にナイフを突き立てた。

何かの巨大な生き物の心音のような、ドゴンと言う低い音が鳴り響き、ウィンダーグ家を中心に、ナイト達と、侵入者達を含め、場所が「転移」した。

そこは人の建物の一切ない、広い平原だった。背の低い草原が広がり、木立もない。遠くに満月と小さな山脈と河を望み、視界を妨げる物はない。

侵入者全員を包み込む、巨大な力場を維持するため、ポールはナイフから手を離さず、絶えず魔力を送り続けた。

屋敷の屋根や壁にとりついていた者達が、足場を無くして落下してくる。

先手を取ったのはルーゼリアだった。鳥でも撃ち落とすかのように、落下してくる侵入者を拳銃で狙撃していく。

地面を歩いてくるものを、ジャンが確実に一人一人撃ち抜いて行った。

エンダーが玄関方面から侵入しようとしていた者達に6本の矢を順に放ち、死んだような顔でぞろぞろと集まってくる連中の進路を阻んだ。

エンダーの矢に、エミリーが魔力を送ると、鎖と矢は轟音を立ててはじけ飛び、鎖に触れていた者達は肉を散らせて吹き飛んだ。

ヘリが一体、上空に浮かんでいた。「狙撃が来る!」と、ラーシェは叫び、魔力を練った両手を重ねて、空にかざした。

円陣の上空に魔力の壁が発生し、ギンッと音を立てて弾丸を跳ね返した。狙撃手は、自分の打った弾に喉をえぐられ、得物を取り落とした。

スコープ付きのライフルをキャッチしたナイトが、「ジャン、使え!」と呼びかけて、ライフルを投げ渡した。

「スコープは使える! 人間だったときと同じと思うな!」と言われ、ジャンは「了解!」と一声答えて、スコープを覗き込んだ。

月明かりだけでも、はっきりと遠方の敵が見える。ヘリを見上げると、別の狙撃手が、ナイトを狙っていた。

ジャンは一瞬の間も与えず、狙撃手の頭を撃ち抜いた。

人の群れの向こうから、何者かが人間を超える動きで跳躍してきた。大ぶりなナイフが、月の明かりにギラリと光る。

気配を感じ取ったナイトが、振り向きざまに剣の峰でナイフを受け止めた。

「ナイト・ウィンダーグ。同胞を呪殺した罪で貴様を抹殺する」と、ゴーグルと覆面で顔を隠した敵が言った。

「降りかかる火の粉を払っただけだ」とナイトは答え、ナイフをいなして、敵の喉に剣を突き立てた。

「こいつは…パンパネラのしもべだな」と、ナイトは血の匂いから判断した。剣を引き抜くと、敵は衣服を残して灰になった。「となると、このゾンビ共は…血を抜かれて操られている者達か」

そう言って周りを見回すと、視線を入れ違いに、ルーゼリアがナイトの真横をすり抜けるようにして銃を放った。弾丸が、円陣の間近まで来ていたゾンビの群れ数体を貫いた。

「ぼやぼやするな。ゾンビとは言え、噛まれたら魔力に感染するぞ」と、ルーゼリアは言う。

「こう言う古典的な手法には、古典的な手法で返そう」と言って、ナイトは剣を逆手に構え、青白い炎を通した。

「さぁ、剣の舞から逃れられるか?」と言って、ナイトは牙を見せてにやりと笑むと、魔力を宿した剣を、力をこめて水平にゾンビの群れに振り投げた。

青白い炎を散らす剣が、ぎゅるぎゅると凄まじい勢いで回転しながら、次々にゾンビの首を狩って行く。近距離の敵がいなくなった隙に、ルーゼリアは素早く銃のマガジンを入れ替えた。

見る間に敵の首を狩る剣を見て、触発されたエミリーが、「私も古典的な方法を使おうかしら」と言って、胸の前で向い合せた両手に炎の魔力を走らせると、地面に両手をついた。

円陣の外側を、業火が駆け抜けた。炎は草を燃やし、ゾンビの群れを焼け焦し、かなりの遠距離までを焼き尽くした。

力場に力を送り続けているポールを守っていたラーシェは、耐火の魔力を宿した服の影響か、人間にはとても耐えられない熱風の中でも、息をすることが出来た。

襲撃してくる者達も、段々とポールの存在に気づき始めた。ラーシェは印を組んだ手に魔力を宿し、自分で使える最強の結界をポールの周りに張り巡らせた。

「すまない!」とポールがラーシェに呼びかけた。「僕よりも、皆の援護を!」

「分かってる!」ラーシェは広がりつつある円陣の縁に駆け出しながら、ポールに向かって叫んだ。「その結界、30分しか持たないからね!」

「30分あれば十分だ」答えたのはエンダーだった。

ボーガンに1本だけ矢をつがえ、中距離の敵を1体仕留めた。ルーゼリアとジャンと宙を舞う剣が近距離の敵と狙撃手を食い止めているうちに、エンダーは6つの方向に向けて1体ずつゾンビを仕留めた。

エミリーが、ボーガンに仕留められたゾンビを、一匹ずつ指さすと、地面に巨大な魔法陣が現れた。エミリーが、「さようなら」と唱えた。

円陣の外側を、何十発ものミサイルが着弾したかのような爆炎が襲った。地面が陥没するほどの衝撃があり、局地的な地震が起こった。

一時的に込めた魔力を使い果たした剣が、ナイトの手に戻ってくると、ナイトは少し息を切らして、辺りを見回した。

「これで、掃除は終わりかな?」と言ったナイトの後ろで、ジャンがヘリの操縦士を狙撃した。

「これで終わりました」と、ジャンは丁寧に答えた。

ヘリが彼方に墜落するのを見届けてから、ポールは抑え込むように地面に刺していたナイフを引き抜いた。


場所が屋敷に戻り、エミリーは一時的に解いていた結界を元に戻した。「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかしら」

疲弊したパンパネラ達に、ラーシェが月明かりから抽出した魔力を送り、エネルギーを回復させた。

「一番の強みって言うのはね」エミリーが、変化も解けかけた白髪まじりの髪をなでながら言った。「疲れた時に、即回復できる方法があるって事よ」

「それは誉め言葉?」とラーシェが意地悪気に聞いた。