Ash eaterⅣ 1

夜景も明るいディーノドリン市の中心にある、パルムロン街。

そこに、5000年続いた旧家、ウィンダーグ家がある。

現当主の名はナイト・ウィンダーグ。黒髪とアッシュグリーンの目を持つ、一見20代か30代と言う風貌の青年だ。

数日前の疲れを引きずり、その夜は21時まで眠っていた。

寝室であくびをする彼の口元には、人間のものよりずいぶん長い犬歯が見える。

「さて、今日は後片付けかな」と言って、ナイトはベッドから起き上がり、スーツに着替えた。

占い師の使う顧客リスト、「魔鏡」が、何処にあるかは見当がついている。

階下に降りて行くと、1階と2階の間の踊り場に、15歳ほどに見える、灰色の瞳と漆黒の髪の少女が待っていた。

「待たせたな。エミリー」と、ナイトが少女に声をかける。

「準備は出来た?」エミリーが聞く。

「さほどの準備も必要ないよ」と言って、ナイトは、エクソシストの友人から受け取ったナイフを取り出して見せた。

「随分と軽装で…物騒ね」エミリーは、ナイフに刻まれた呪文を観て、その意味を理解したようだ。

「『もしもの時のために』と言われてね。もしもは、確かかも知れない」

ナイトはそう言って、ナイフをポケットにしまうと、玄関ホールのソファに座り込んでいる、クリムゾンの髪の少女に声をかけた。

「ラーシェ、今夜いっぱいは持ちそうか?」

「昨日から、何度か『解呪』の攻撃を受けた」ラーシェは寒さをこらえるように両腕を体に巻き付けながら言う。「あたしも、もうあまり長くは魔力を維持できない。今夜がラストチャンスだ」

「お嬢ちゃん」と、エミリーがラーシェに声をかけた。「私の両手の爪を、触れながら一つずつ数えてみて」

そう言って、エミリーは両手をラーシェに差し出した。ラーシェは、その手の爪に指先で一枚づつ触れながら、端から数えて行った。

エミリーの両手の爪が一瞬オレンジ色に光り、その光がラーシェの頭から足先までを撫でるように駆け下りた。

「少しはマシになったかしら?」エミリーはそう聞いて、ウインクをして見せる。

「ありがと。少し楽になった」と、ラーシェは赤味の戻った顔に笑みを浮かべた。


ナイトとエミリーは馬車に乗り込み、駅に向かった。

「なるべく早く戻らないとな」ナイトは御者に聞こえない程度の小さな声でエミリーに言う。「結界があるとは言え、屋敷が完全に安全とは言えない」

「エンダーにはアミュレットを持たせておいたわ」

エミリーも、ナイトがかろうじて聞こえる程度の声で返事をした。

「もしウィンダーグ様のお屋敷が危険になったら、すぐに私の屋敷がある山に『転移』出来る」

「用意周到だな。頼もしいよ」そう言って、ナイトは外の景色に目を向けた。


カート・ルシルは、見えそうになっては濁る「魔鏡」の像を観ながら、「術者は人間だな…。魔力もそろそろ持つまい」と呟いた。

明日の朝には全てが分かる。人間の術者に何が出来るとたかをくくって、魔鏡を書斎の机の引き出しにしまった。引き出しは魔力で封印し、本人以外には開けられないようにした。

「カート様。ナイト・ウィンダーグ様とお連れ様がお見えです」と使用人に言われ、ルシルは背筋に冷たいものが走った。

いくらウィンダーグ家より鉄壁ではないとは言え、ルシル家の屋敷にも「察知」や「監視」の術は施してある。

その中を、ナイトは全く気配も感じさせずにルシル家に侵入したのだ。

応接室に行くと、席に着いたナイトと、その横に15歳くらいの魔女と思しき少女が立って居た。どうやら、この少女は闇の者と人間の混血らしい。

こいつが「魔鏡」を邪魔している術者か?とルシルは疑ったが、その少女が遠隔術に魔力を分散している様子はない。

「やぁ、ナイト。今日は何用かな?」ルシルはとぼけて言った。

「腹の探り合いはやめましょう。叔父様」ナイトは単刀直入に言う。「あなたが持っている、エレーナの『魔鏡』を、こちらの渡していただきたい」

「さて、なんのことか?」と、ルシルはとぼけてみせた。

「人間達を操って、運命を捻じ曲げようとするとは、中世で頭が止まってしまいましたか?」ナイトはわざと挑発した。「人間達もパンパネラに屈する者だけではない」

「はてさて、何のことを言っているのやら」ルシルはそう言って、顎をかいた。「ナイト、お前は何が言いたい?」

「うちの使用人や使役者を欺き、私の暗殺を企み、エレーナを自殺に追い込んだのは、あなたであることは分かっている」

ナイトは淡々と続けた。

「エンペストリー家の者と結婚させようとしたのも、やがてはウィンダーグ家を根絶させるためだ。そんなに玉座に座りたいのですか?」

「何を言っているのやら」ルシルはあくまでとぼける気だ。「あれだけ結婚を勧めても、突っぱねていたのは誰だ? ウィンダーグ家を滅ぼそうとしていたのはお前だろう?」

「叔父様から頂いた、様々なきっかけで、私も考えが変わりました」ナイトは毅然と言い放った。

「ウィンダーグの血は守ります。私の妻となる女性も、私の子供も」

「ナイトよ。お前は、食事のとらな過ぎで白昼夢でも観ているんじゃないか?」ルシルは茶化すように言う。「私が何故お前の妻や子を殺そうなどと…」

「証言者が居るわ」と、それまで黙っていた少女が言い出した。少女が左手を胸の高さまで持ち上げると、そこに、鳥かごに閉じ込められたカラスが現れた。

「動物は正直よ。自分の命がかかってるとなれば、なんでも答えるわ」と言って、灰色の目の少女は瞳孔を赤く光らせた。「カラスちゃん。お前の飼い主は?」

クァーとカラスが鳴いた。空中に、「カート・ルシル」の文字が浮かび上がる。

「何故、ウィンダーグ家の庭を見張っていたの?」エミリーの質問は続く。カラスは再びクァーと答えた。「ウィンダーグの妻になる者を見つけ出すため」と文字が浮かんだ。

「見つけ出して、どうするの?」とエミリー。カラスがクァっと短く答えた。「食い殺す」と言う文字が、空中に浮かんだ。

ルシルは顔を真っ赤にして、怒りの形相を浮かべた。