ある日、中核コンピュータの総入れ替えを検討していたディーノドリン署の職員達は、ある1台のコンピュータが勝手に起動しているのに気付いた。
「動いてる。動いてるぞ!」それを発見した職員が言った。「まて。何か、書かれている」別の職員がそのコンピュータの周りに、人を呼び集めた。
「クルー。生きるか死ぬかを選べ」
そう書かれた文字が、全てのコンピュータに映し出されると、それまで沈黙していたコンピュータが、いっせいに正常に起動し始めた。
唯一機、パンパネラの家系の者の情報を引き出せる、あの端末だけは静かに机に鎮座していた。
ウィンダーグ家で、ノートパソコンを観ながらナイトは言った。「ふーん。私は今年で1145歳か」
「長く生きていれば、ご自分の年齢も分からなくなりますよね」パソコンを操っているジャンが、ナイトの個人情報を普通の人間向けに書き換えていた。
「年齢はいくつにしますか? 27歳? 32歳?」
「年相応に」と言ったナイトを、ジャンは吟味するようによく見てから、「29歳ってところですか」と言って、端末に打ち込んだ。
数日間、屋根裏部屋で昏々と眠り続けるラーシェを見舞い、ナイトは自分の魔力を分けていた。
だが、純粋な人間と純粋なパンパネラでは、魔力の質が合わないらしく、最低限の生命を維持する程度の回復しか見られない。意識があれば多少違うのだろうが。
病院に入院させることも考えたが、何せラーシェは魔女だ。本名が外部に知られるのはきっと嫌うだろう。
ナイトはある日、書斎で住所録からヒーラーを探し出し、電話をかけた。
「はい。レガーレですが」と、中年女性の声がする。
「ニーナか? ナイト・ウィンダーグだ。仕事を頼む」
「あらあら。ウィンダーグ様。患者の種族はなぁに?」
「人間だ。だが、魔女なので病院には連れていけない。意識を無くしてから3週間経つ。私のほうで治療していたが、意識を取り戻すほどの回復は見られない」
「あらあらあら。それは重体ね。明日にでも伺いますわ」
そうして呼ばれたニーナを屋根裏部屋へ招くと、ヒーラーは厳しい顔で、眠ったきりのラーシェを観た。
「ウィンダーグ様。この子が倒れてから、霊視したことは?」ニーナに聞かれ、ナイトは「いや、無いが?」と答えた。
「すぐにイーブルアイで観てみて下さい。一歩間違えれば、とんでもないことになるわ」
と、言われ、ナイトがイーブルアイを発動すると、ラーシェの周りに絡みつくように、分厚い蜘蛛の巣のような霊体が見えた。
「霊体が見える。原形は無くしているようだが」ナイトが言うと、ニーナは「恐らく、闇の者の怨霊よ。一番弱ってる者に憑りついたのね」と言った。
「この子の魔力を吸い取ることで、形を維持している。霊剣のようなものがあれば、すぐに払えるのだけど…」
そう言われ、ナイトはエクソシストの友人、ポールから預かったきりだった、呪法のかけられたナイフを思い出した。
「ちょっと待っててくれ」と言って、ナイトがそのナイフを持ってくると、ニーナは「これは素晴らしい物ね」と言って、そのナイフを受け取った。
ニーナは自分の霊力を高めるスペルを唱えると、ナイフを振りかざし、霊力を込めて振り下ろした。
途端に、ナイフから雷のような光がほとばしり、蜘蛛の巣のような霊体は粉々に砕かれて消え去った。
「ナイト様、しばらくこのナイフをこの子に持たせておいてね」と言って、ニーナはナイフをラーシェの枕元に置くと、霊力を宿した手で、ラーシェの額に触れた。
ラーシェの体に力が送られ、青ざめていた顔色に赤味が戻った。
十分に霊力が行き渡ると、ラーシェが目を開けた。
「ラーシェ。分かるか?」と、ナイトは声をかけた。
「ご当主様…。あたし、あれから…」と言って、ラーシェは起き上がり、「腹減ったぁ…」と呟いた。
ナイトとニーナは、おかしそうくすくすと笑い合い、ナイトはラーシェのクリムゾンの髪をぐちゃぐちゃにするように撫でた。
ラーシェはしばらく、重湯代わりにインスタントのスープを飲んでいたが、ある日ナイトが「今日は思う存分食べて良いぞ」と言って、ラーシェを食堂に連れて行った。
ジャンが買って来た、大きなハムやチーズや出来合いのサラダやグラタン、砂糖たっぷりのケーキや甘いパンなどが、テーブルの上に並べられていた。
ラーシェは4週間ぶりに、ごちそうを腹いっぱい食べ、ミルクティーで喉を潤した。
「腹がいっぱいになったら、私の強壮剤を作ってくれ。最後の一粒を取っておいて久しいのでね」と、ナイトは言った。
「ご当主様も絶食してたの? こりゃ、あたしが小間使いじゃなくなっても、定期的に薬作ってあげないとね」と言って、ラーシェは愉快そうに膝を叩いた。
ラーシェが簡単な魔術なら使える程度に回復すると、ナイトはさっそく仕事を頼んだ。
「もうすぐ3年になる。エリーゼを呼び戻してくれ」
「まだ魔力ギリギリだから、あたしだけの力じゃ無理だよ。月の魔力があれば、多少は違うけど」と、ラーシェは渋る。
「4日後が満月だ。その時に頼む」ナイトはそう言いながら、何やら書類を書いているようだった。