Ash eaterⅣ 6

なんとかエリーゼを安心させるため、ナイトは以前呼び寄せたことのあるヒーラー、ニーナを、再び屋敷に招いた。

ニーナは純粋な人間なので、それなりに歳は取っていたが、まだ現役でバリバリ働いていた。

タクシーでウィンダーグ家に来たニーナは、屋敷に入るなり、すぐに事態を理解した。

「久しぶりだな、ニーナ」と、玄関で待っていたナイトは、片手を差し出して挨拶をした。

「お久しぶりです。ウィンダーグ様。お子さんがお出来になったのね?」そう言ってナイトの手を握り返し、ニーナはにっこりと笑った。「双子でしょ?」

「分かるか? さすがだな」と言って、ナイトは笑顔を見せた。だが、すぐに困った顔に戻り、「妻が、無理をして食べすぎなんだ。これはなんとかならないものか?」と訊ねた。

「まず、奥様と赤ちゃんの状態を見せてもらってからね」と、白髪のニーナは言って、「奥様はどちら?」とナイトに聞いた。


ナイトが、人間のヒーラーを呼んでくれたと知らされていたエリーゼは、少し安心した気がした。

実際、寝室でニーナに会い、事情を話すと、ニーナは「少しお腹に触れさせて下さいな」と言って、しわの深い手を、妊婦用のネグリジェの上からエリーゼのお腹に軽くあて、

「お子さんは元気ね。でも、普通には産まれないかも知れないわ」と、エリーゼに告げた。「人間の場合より早く産まれるみたい」

「それじゃ、未熟児に…」と言いかけたエリーゼを遮って、ニーナは「未熟児なんてとんでもない。ちゃんと、五体満足で生まれてくるわ」と力強い声で励ました。

「人間と同じ期間、お腹の中に居たら、ふやけちゃうくらいに立派に育ってるわよ?」ニーナは言う。「これは、もういつ産まれてもおかしくないわね」

「まだ、8ヶ月しか経ってないのに…」エリーゼが戸惑いながらお腹を撫でると、腹部に刺しこみが入った。痛みに顔をゆがめると、ニーナはすぐに気づいたらしい。

「陣痛だわ」とニーナが言った。「これは、人間の病院には行かないほうが良いわね。私が取り上げるわ。ナイト様、洗面器にお湯と、石鹸と、2人分の産湯と、タオルをたくさん準備して下さい」

「分かった」と言って、ナイトは寝室の扉を開けると、外で聞き耳を立てていたメリーに、「聞いていた通りだ」と告げた。


メリーがニーナの助手に駆り出されると、今度はナイトが寝室の前で待機する係になった。

せめてエリーゼの手でも握っていてあげたかったが、どうやらその暇もないほど急激な陣痛らしい。

事前に調べたところでは、エミリーが産まれた時も、どうやら母体の妊娠期間は8ヶ月くらいだったそうだ。

「人間の病院に行かなくて良かったって母が言ってたわ」と、エミリーは言っていた。「何せ、産まれたばっかりの私、自分でへその緒を食いちぎったらしいのよね」

パンパネラとしては立派な子供だが、本来さほどの力もない状態で生まれてくる人間の子供が、へその緒を自分で食いちぎったら、言い訳のしようがない。

産婦人科の助産師達に、「忘却」の魔術をかけて歩くわけにもいかない。何せ、2人産まれてくるのだ。

もし、この2度の陣痛の間の記憶を消させるとなると、どうごまかした物か…と、ナイトは余計なことを考えて気を紛らわせていた。

人間の場合、お産と言う物は時間がかかるらしいとも聞いていたが、エミリーは「人間だって、すごく時間のかかる場合もあれば、5分で生まれる場合もあるわよ?」と言っていた。

さて、長時間のパターンか、5分のパターンか、と考えていたら、30分後に1人目の産声が聞こえてきた。

メリーが扉を細く開けて顔を出し、「元気な女の子ですよ」と言った。その直後、2人目の産声が聞こえた。


ジャンは1階を、ノイローゼの熊のように巡回しながら、後をついて歩くアレックスと言葉を交わしてた。

「赤ちゃんて、どのくらいの大きさなの?」と、アレックスは聞く。

「僕の末の妹が生まれた時は、確か大人の両手に乗るサイズだった記憶がある」ジャンは答えて、その記憶が正しいのかを考えた。

「ジャンの兄弟って何人いるの?」

「弟が1人と妹が2人。僕は始終、子守役だったな」

「僕は弟が居るけど、あんまり仲良くない。すぐ泣くんだもん」

「小さいうちはすぐ泣くもんさ」と言って、ジャンは気配に気づいて階段のほうを見た。

メリーが階段を駆け下りてきて、「無事に産まれたわ。処置も終わった。ナイト様が、あなた達を呼んで来いって」と嬉しそうに言った。


それから1ヶ月が経過した。しわくちゃだった子供達は、段々とふっくらしはじめ、可愛らしくなって来た。

そして、エリーゼは立派に育児ノイローゼ気味になっていた。

姉のレナに牙はないのだが、弟のルディは産まれた時から、小さいながら立派な牙を持っており、撫でたりあやそうとしたりすると、決まってその人の手に噛みつこうとした。

「ルディ! 噛みついちゃだめって言ってるでしょ!」エリーゼは搾乳した母乳を哺乳瓶で与えながら、隙あらば手に噛みつこうとする赤ん坊を怒っていた。

何故直接母乳を与えないのか。理由は単純である。胸に噛みつかれるからだ。

雇った乳母のヘレンには、人間に近い、娘のレナのお守りを任せ、エリーゼは噛み癖のある猫を躾けるように、息子のルディを怒ってばかりだった。

7ヶ月くらいまでは、それでも上手く行っていたほうだ。

レナにようやく歯が生え始めたので、離乳食を与えましょうとヘレンが提案したのだ。

人間とパンパネラの混血児なので、一通りの離乳食は食べてくれた。だが、それとは関係ないところで問題は起こっていた。

「奥様。子供部屋で眠っていたレナ様が、いつの間にか台所に出ていたりするんです」と、ヘレンは言った。「アレックスの悪戯でしょうか?」

そう言われてアレックスに問いただしたところ、「え? 僕は赤ちゃんに触ったことありませんよ?」と言う。

「私が少し様子を見てみよう」と言って、ある日ナイトがレナと居間で戯れていた。

原因はすぐに分かった。ナイトは、考え込むようにして、「レナは、どうやら『転移』の魔術が使えるらしい」と、エリーゼに打ち明けた。「教えてもいないのに、素晴らしい才能だ」

「才能って言っても…何処へでもビュンビュン飛んで行っちゃう子に育ったら、私、どうやって捕まえれば良いの?」と、人間のエリーゼは呆然としていた。