結界の中に居る間は、レナも大人しい赤ん坊でいてくれると分かったので、レナ用の育児部屋を用意し、小型の転移封じを施した。
後はルディの噛み癖を直せば、普通の子供として生きられるだろう。ナイトはそう思って、積極的にルディの躾に参加した。
1歳も近くなる頃、噛み癖の治らないルディに、ナイトは言い聞かせた。「良いか、ルディ。噛むって言うのは決して良い事じゃない。噛まれたほうは痛いんだ」
ルディは分かっているのか分かっていないのか、きょとんとした顔をした後、いつも通り、甘えてナイトの手に噛みついた。
ナイトがすかさずルディの手を牙で軽く噛み返すと、ルディはビックリしたような顔をして、涙を浮かべた。
「ルディ、よく観ろ」と言って、ナイトは自分の牙を見せた。それから、鏡にルディを映して、口を開けさせ、牙があることを教えた。
「私にも、お前にも、牙があるだろう? これは、本来獲物の肉を引き裂くためにある」
ナイトがそう言うと、ルディは不思議そうに自分の牙を見た。
「だが、私にもお前にも、ほとんど必要のないものだ。気分に任せて他人に噛みついてたら、誰も友達になってくれないぞ?」
ルディはまだ喃語しか喋れないが、言葉の意味は分かったらしく、しゅんとして、それから他人を噛まなくなった。
レナはお腹が空くと、なんとか台所に転移しようとしているらしい。しかし、結界のはられた育児部屋ではそれが上手く行かないので、かんしゃくを起こして物を投げる子になった。
エリーゼも乳母も、レナがぬいぐるみなどを投げると「お腹が減ったんだな」と分かるようになり、乳母のヘレンとメイドのメリーで幼児用の食事を作って食べさせていた。
逆に、レナは「何か投げればご飯がもらえる」と学んでしまい、ちょっとでも小腹が空くと物を投げるようになった。
最初は、「食事の量が足りないのかしら?」と思っていたエリーゼだが、ヘレンが言うには、乳児としては十分な量を食べさせていると言われ、何が原因だろうと思い悩んだ。
ナイトに相談すると、「たぶん、レナは、物を投げれば何か食べられると言う事が、もうわかっている」と、真相を言い当てた。
「人間の子供も、似たようなことをするらしい。時々無視することも必要だ。成長してからも、お腹が空くたびに物を投げてたら、レディとは言えない」
「じゃぁ、この子はもう私達の話してることも分かるのかしら?」と、エリーゼはレナをあやしながら、ナイトに訊ねた。
「たぶん分かってるよ」ナイトは答えた。「でも、彼等が今熱中しているのは、自分の食欲や好奇心を満足させることだ。それを少しずつ、なおしていかなきゃな」
「育児って大変」と、乳母やメイドのサポートのあるエリーゼでさえ、ため息をついた。
ベビーカーだと、いつの間にか「転移」してしまうことも考えて、ナイトがレナを抱きかかえ、エリーゼはベビーカーにルディを寝かせて、夕方頃、初めて屋敷の近所にある公園に遊びに行った。
パンパネラ用のアミュレットをつけていてるナイトは、夕日の中でも何事もなく行動できた。双子は初めてみる日の光に夢中になった。
「お空の色が、すこーしずつ変わっていくでしょ?」と、エリーゼは子供達に話しかけた。「これが夕日よ」
「あら。お散歩かしら?」と言って、ナイト達と同じく小さな赤ん坊を連れた婦人が話しかけてきた。「私もなのよー。仕事の関係で、こんな時間しか外に出れなくて」
「この子は、アイデンよ」と婦人は自分の息子を紹介をした。
「この子はレナで、こっちがルディです」エリーゼは子供達を紹介した。自分達の紹介はしなくても良いだろう。
「お子さんは何歳?」と、婦人が聞いてくる。
「1歳半です」ナイトが、正確ではない、でも遠過ぎもしない年齢を言った。
「まー。発育が良いわね」と言われて、ナイトとエリーゼはひやりとした。
それからも、少しずつごまかしながらその婦人と会話を交わしていると、トワイライトが消えそうになる頃、婦人は「やだ。もうこんな時間」と言い出した。
「お夕飯作らなくちゃ。レナちゃん、ルディ君、バイバーイ。ほら、アイデン。バイバイして」と夫人が言うと、2歳くらいのアイデンはニコニコしながら手を振った。
「どうやら、アイデン君はレナが気に入ったらしい」ナイトが余計なことに気づいていると、エリーゼが「ルディがバイバイしてる!」と驚いていた。
どうやら、人間の子供ほど正確に「期」が来るわけではないと察したエリーゼは、それからあまり育児本に頼らなくなった。
双子が寝付いてから、食事を摂っていたナイトとエリーゼは、子供達の今後について話していた。
「歩けるようになったら、夜会に連れて行ってみよう」ナイトは早々に社交界デビューさせる気でいるらしい。
「まだ早いわ。食事のマナーくらい覚えてからでも」と、エリーゼは反論する。
「あの子達は、外からの刺激があればすぐ覚えるさ」ナイトは血の腸詰をナイフで切りながら言う。「血の腸詰しか食べない親を観ていても、勉強には成らないだろう?」
「食事の躾は私がします」エリーゼは普通の夕食を取りながら答えた。「なるべく、人間らしく育ってほしいもの」
「だが、私は自分の血を否定するように育ってほしくはない」ナイトは自分の子供の頃のことを思い出しながら言った。「幸い、人間の食事も摂れるし…」
ナイトがそう言いかけた時、ナイトの耳に、ジャンの「うわーーーー!」と言う叫び声と、「ぎゃーーーー!」と言う叫び声が聞こえてきた。
「ジャンが叫んでいる」ナイトが言った。「なにかあったのかしら」と、エリーゼ。
ナイト達が顔を見合わせていると、小さな噛み痕のついた右手を振りながら、ジャンが食堂に姿を現した。
「いやー、びっくりしましたよ。ルディ様が、ベビーサークルから落っこちそうになってたから、支えようとしたら手に思いっきり噛みつかれました。見つけたのがヘレンじゃなくて良かった」
夫婦は、双子の躾を今以上に急ぐ必要があると確信した。