双子は2歳、アレックスは10歳になった。未だに、アレックスは双子に触らせてもらったことはない。活動時間がほとんど真逆なので、機会がないのだ。
最初は、働くのがパンパネラのお屋敷と聞かされ、どんな奇妙な家だろうと興味を持ったのだが、なんのことはない。
食事の回数は少ないが、ご当主様はちゃんと血の腸詰とフルーツのサラダを食べるし、奥様は至って普通の人間だ。
陰気な執事が何者であるかは知らされていないが、余計な詮索も無用だろう。
屋敷付きの護衛のジャンは、頼もしい兄貴分として、仕事の合間に、色んな格闘技や組手などを教えてくれる。
アレックスと一緒に雇われたメリーも、普通の人間。ちょっと詮索好きな所があるのだが、ご当主様はそれを分かったうえでメリーを雇っているらしい。
乳母のヘレンも普通の人間。奥様を安心させるため、ご当主様が気を利かせたようだ。
時々、年を取ったヒーラーのおばあさんが出入りする他は、あまり人の出入りも無い。
そんなある日、珍しく奥様とヘレンが、日向の庭に、子供達を連れてきた。
よたよたと歩くようになった子供達は、庭木の花が気に入ったようで、香りをかいだり、摘み取って放り投げたりし始めた。
「レナ。ルディ。ダメよ」と奥様が言った。「お花だって、生きているのよ? 摘み取ったら、痛いんだからね」
双子はまだ喋らない。だが、言葉の意味は分かるらしく、頷いて摘み取った花を拾い上げると、元通りにくっつけようとし始めた。
まだまだ小さいなぁと思って、庭仕事をしていたアレックスがクスクス笑っていると、摘み取られた花は元通りにくっついた。
アレックスはその時初めて、「パンパネラの屋敷」に雇われたことを実感した。
メリーは台所で洗いものをしていたら、奥様が昼間に双子を連れてきたことに驚いた。
「奥様。このような所にお子様を連れて来られては…」と、タオルで手を拭きながら言ったが、奥様は「良いのよ。昔は、私もここで働いてたんですから」と言った。
奥様が、昔メイドだったと言う事はメリーにも知らされている。台所も、奥様にとってはなじみ深い場所なのだろう。
「この子達が大きくなったら、私もたまには腕を振るおうかしか」と奥様は言った。「もちろん、あなた達の分もね」
メリーは「光栄です」と答えて、じゃれついてきたレナのほっぺたを撫でてあげた。
ヘレンは、双子が以前喃語をしゃべっていた以外、むっつりと話さなくなったのを心配していた。2歳ともなれば、そろそろ幼児語くらい喋り出すはず。
絵本を読み聞かせたり、古い民話などを話して聞かせたりすると、頷くので、言葉の意味は分かっているらしい。
ヘレンは、「レナ様はおいくつですか?」と聞いてみた。レナは、2本指を立てた。
やはり、意味は分かっているらしい。でも、ここで下手にしゃべらないことが不自然なんて言って、奥様を不安がらせても仕方ない。
人間とパンパネラの混血なのだ。少しくらい、人間と違う所があってもおかしくはないだろう。
乳母の私が不安になってどうするの。と、ヘレンは自分に言い聞かせて、久しぶりに昼間に庭に出たその日は、夜も早々に休んだ。
ナイトは、ある日エミリーに電話をしていた。
「あら。ウィンダーグ様。なんのご用件かしら?」珍しく意表をつかれたようにエミリーは聞いた。
「うちの子供のことで、少々意見をうかがいたい」ナイトは困り果てている様子で訊ねた。「2歳を超えても、二人とも一切話さないのだが、これはどう言うことだろう?」
「ああ、そのこと」とエミリーはなんでもない風に答える。「何が話して良い事か、何が話しちゃダメな事かを模索してるだけよ。賢い子達ね。ちゃんとパンパネラとしても生きていけるわ」
「妻は、出来たら人間らしく育ってほしいらしい」ナイトは言った。
「それは無理ね。パンパネラの血が入っている以上」エミリーはケラケラと笑う。「子供って言うのは、親の思い通りには育たないもんなのよ。親以外からも、学ぶことはあるんだからね」
「血液は摂取しなくても大丈夫なのだろうか?」ナイトは自分の疑問も聞いてみた。
「それは大丈夫。色んなもの食べてるうちに、血液には執着しなくなるわ」
エミリーは自分を参考にして言う。
「そちらの市内に、リディアのキッチンって言うオイスターの美味しいレストランがあるから、いつか連れて行くと良いわ。21時まで開店してるから、あなたも出かけられるわよ」
「ありがとう。とても参考になったよ。それじゃぁ」と言って、ナイトは電話を切り、「レストラン、リディアのキッチン、21時まで開店」とメモを取った。
それから1年はあっと言う間に経過した。喋りはしないものの、レナは物覚えが早く、色々な躾をさっさと覚えた他、テーブルマナーまで体得した。
少しおっとりしているルディは、やはり喋りはしないものの、ちゃんと躾にも付いてきて、ナイトの他、アレックスやジャンにじゃれつくようになった。
ナイトは、まさか自分の幼少期のように、アレックス達からエネルギーを吸収しているのでは…と、冷や冷やしたが、ルディはちゃんと人間の食事も摂るし、標準の子供よりむしろ痩せ型だ。
なんとか、人間とパンパネラのハイブリッドとして生きていけるだろうと、両親が安心しかけていたある日、夕方の庭でルディとじゃれていたジャンが、ルディを連れて慌てて戻って来た。
「旦那様! 奥様!」と、ジャンが大声で2人を呼んだ。ジャンの声を聞きつけたナイトが階段を下りてきて、居間に居たエリーゼが玄関に顔を出すと、
「ルディ様が、しゃべられました!」と、ジャンは報告した。
驚いたナイト達は、「な、な、なんて喋った?」と、どもりながら聞いた。
「『噛んだの、ゴメンね』って。覚えていらっしゃったんですよ!」
ジャンの言葉を聞いて、夫婦は肩を寄せ合って喜んだ。