Ash Eater 7

ナイトが屋敷を出発してから、応接室に居るポールは、緊張した視線を、ナイトの大叔父が居る部屋の方向に向けていた。

エリーゼとポルクスには、いつも通りに振舞うように注意してある。だが、人間のぎこちなさや違和感を一早く見つけるのが、パンパネラと言うものだ。

ナイトの話によると、ナイトの大叔父は「変化」の魔術を使える。体を部分的に獣に変えることが出来、傷や火傷も一瞬で治せる。

2千年近く生きているパンパネラが相手だ。ポールは、組んだ手の間で、少しずつ魔力を練っていた。

「ポール様。庭の薔薇を切ってきました」ポルクスが小さな薔薇の花束を差し出した。

「おいおい。そんなことして大丈夫なのかい?」ポールは小さな子供に話しかけるように言った。

「ナイト様からのお言いつけです」と言って、ポルクスは切ってきた薔薇を花瓶に生けた。「お食事がわりにどうぞ」

「ありがとう」と言って、ポールは張りつめていた気を少し緩めた。一輪の薔薇の花に手をかけ、生気を吸い取ると、薔薇の花はドライフラワーのように色を変え、縮んでしまった。

そこに、不意に大きな獣のような気配が近づいてくるのが分かった。

「どこぞの誰が、私を監視しているんだ?」と、その気配の持ち主は、応接室の扉を乱暴に開けて言った。「君は誰だね?」ナイトの大叔父、カルサスは叱り付けるようにポールに声をかけた。

「ナイトの学友です。ポール・ロドスキーと言います」穏やかにポールは名乗って椅子から立ち上がり、片手を差し出した。

「カルサス・ウィンバートニーだ」と言って、カルサスはポールの手を握りつぶすように握り返した。しばらく、固く握手をかわした後、カルサスは振り払うようにポールの手を放した。

ポールは関節が痛くなるほど握り合った右手を押さえ、手を握ったり開いたりした。

「ナイトの奴め。私を全く信用していないと見える」カルサスはご立腹の様子だ。「まるで猛獣扱いじゃないか。わざわざ用心棒を雇うなんて」

「前科がおありでしょう?」ポールは努めて穏やかに、だが厳しく言った。「使用人達は、正式な契約のもとで、この屋敷に雇われているのです。悪戯に食料にして良いわけじゃない」

「では、その契約の通り、ポルクスをいただこうか」カルサスはポールを挑発した。「ポルクスは、この屋敷の非常食だ」

「その権利を施行して良いのは、屋敷の主だけです」ポールは熱心に説き伏せようとした。「客人である貴方の領分ではない」

「客人? 私を客だと? 学友だかなんだか知らないが、お前こそ余所者ではないか」カルサスは鼻で笑った。

「私がここに居るのは、ナイト・ウィンダーグの意思です」とポールは毅然と言い放った。「ミスター・ウィンバートニーは、ナイトが帰るまでご自室にいらして下さい」

「あんなに狭い部屋で、絶食でもしろと言うのか?!」カルサスはナイトを皮肉った。

「数ヶ月分の血は飲んできてあると聞きましたが?」と、ポールは言った。

「一晩で国境沿いを飛び回ったんだぞ!」

カルサスは次第に本物の怒りをあらわにし始めた。

「ナイトが、リッドを引き留めておかなかったのが、そもそも間違いなのだ!」

「リッド?」と、ポールは聞き返した。

「ふん。理由も知らずに、私を監視していたわけか」カルサスはポールを小ばかにした。「どうやら信用の無い用心棒のようだな」

「ナイトが理由を言わなかったのは、彼なりの思いやりがあるのです」ポールも段々と口調が強くなっていった。

「思いやり!」と言って、カルサスは両肩を上げて見せた。「その思いやり深さで、人間どころか猫一匹の血すら飲めないと言うじゃないか。ナイトは完全な病気なのだよ」

「病んでいるのはあなたのほうだ!」

ポールも、ついに怒りを爆発させた。白い司祭の服を着たポールの体を、電気のような魔力が駆け抜けた。

離れた場所にあるはずの薔薇の花から生気が奪われ、薔薇は見る間に枯れて砕けた。

「ナイトが帰るまで、私はこの屋敷を離れません」ポールは怒りを抑えながら言った。「もし、使用人に指一本でも触れれば、制裁が下ることを覚悟しなさい」

「ほうほう。大した大口を叩く若造だ。どうせ一晩暇なのだ。少し遊んでやろう」と言って、カルサスは一瞬でポールの背後に回った。

ポールが振り向くより早く、カルサスはポールの脊椎に一撃を食らわせた。

背骨が折れてミシリと音を立てたが、傷はすぐに回復し、ポールはくるりと身をひるがえすと、魔力を込めた手の平で、カルサスの胸を叩いた。

カルサスの体が応接室の壁にぶつかろうかとした時、ポールは精霊の紋章を刻んだナイフを床につきたてた。

その瞬間、2人の居場所が変わった。岩や石の転がる、開けた荒れ地に。カルサスはざらざらした地面に背中を擦りきらせた。

「『転移』の魔術か。中々面白いものを使う」と言いながら、カルサスは凹んだ胸をポンポンと叩いた。傷は瞬く間に無くなった。

「屋敷を壊すわけにはゆかないのでね」ポールは言いながら、呪術用の斧を召喚した。「此処なら少しは暴れられる!」

ポールが振りかざした斧が大地に突き刺さると、どんよりとした空から、カルサスに向かって雷が落ちた。

ポールはすぐに斧を元の場所に転移させ、次は鋭い銀の槍を召喚した。

反撃する間も回復する間も与える気はないらしい。瞬く間もなく、ポールは間合いを詰め、槍の一撃をカルサスの首に突き立てた。

濃厚な血しぶきが飛び、カルサスの首からドロドロと赤黒い血液が流れる。

ポールも、吸血鬼がこのくらいで死ぬことはないと分かっている。喉に刺した槍を地面まで貫通させ、身動きを取れなくさせた。

一歩飛び下がり、ポールは胸の前で組んだ手の中に炎を走らせた。

炎は瞬く間に巨大な火炎になり、カルサスの体を包む。カルサスは全身を焼かれながら、炎から逃れようと、羽を使って大地から体を引きはがし、喉に槍が刺さったまま空に飛翔した。

わずかに残った服の燃え屑を身にまとい、喉の槍を引き抜き、両手でこめかみを叩いた。焼け爛れていた皮膚が元に戻り、喉の穴にめりめりと新しい組織が再生する。

カルサスは、両脚を毒蛇に、その顔と腕を獅子に変えた。

ポールは再び斧を召喚し、迎え撃つ構えを見せた。

「この燕尾服は高かったんだぞ!」と、カルサスはまだ再生しきっていない潰れた声で叫んだ。

「服の心配より、頭の心配をしなさい」と言ったポールが、斧を獅子の口の中に滑り込ませた。

毒蛇が、噛みつこうと、ポールの握っている斧に絡みついてきた。

「噛み砕いてやる!」と言ったカルサスの頭に、軽く十は超える落雷が集中した。

カルサスはさすがに目を白黒させ、地面に落ちた。変化も解け、焼け残ったベルトの周りに服の燃え屑をまとった姿のまま、気を失った。

「殺さずに戦うのは、なんとも疲れるものだね」とポールは呟き、地面に刺していたナイフを引き抜いた。