Cake eater 後編

数年後、ナイトは無事、クリスマスに「家族とレストランで食事をする」と言う念願の夢を果たした。

ナイトが食べたのは、オイスターとワインだけだったが、それでもちゃんとした食事だ、と本人は上機嫌だった。

その食事の時、娘のレナが「ブッシュドノエル」と言う、チョコレートクリームをたっぷり巻き込んだ、薪型のケーキが気に入ったようだ。

「私もあんなケーキ作ってみたい」と言い出し、妻にチョコレートケーキの作り方を聞いていた。


一年後のクリスマス、寄宿学校から帰って来た娘が、妻と一緒にケーキを作り始めた。

息子のルディは、ナイトの遺伝が強い子なのだが、一通り人間の食事がとれるので、姉と母がお菓子作りを始めたのを、嬉しそうに見ていた。

ナイトは、新たな強敵の登場に、そこはかとなく不安を覚えていた。

問題は、クリームなのだ。

でも、顔色を変えず、吐かずに咀嚼して紅茶と一緒に飲み込めば、「食べた」事にはなる。

そして、笑顔を浮かべ「上出来じゃないか」と言えば、それで良い。例え、偽りであろうと。そんな覚悟を決めて、スポンジが焼き上がる香りを、書斎から「察知」の魔術で感じ取っていた。


ちょっと不格好な、娘お手製の初めてのロールケーキが、食卓に出てきた。

「父様、食べられる?」と、娘は心配そうだ。

「任せておけ」と答えて、ナイトはクリームの塊にフォークを通した。

そして、口に運んだ。いつもの、口中の水分が吸い取られる感じがするか…と思いきや、不思議とあっさりしている。

ココアの粉末が入ったスポンジ生地も、2、3回噛むととろりとほぐれ、速やかに喉を通って行った。

「上出来じゃないか。とても美味しいよ」と、ナイトは本心からそう言った。

娘は、心底安心したと言う顔で、「生地とクリームに、ちょっと隠し味を入れたの。それから、ちょっとブランデーを多くして…」と、自分の工夫を自慢する。

その話は、お菓子作りと言うより、魔法薬を作っている過程に似ていたが、「偏食の父親にも食べれる工夫」をしてくれたのが、ナイトはなんだか嬉しかった。

もちろん、吸血鬼も食べれるような工夫がされているとは言え、味は普通のチョコレートケーキと同じらしく、息子も妻も、使用人達も、満足そうにちょっと不格好なブッシュドノエルを味わっていた。


子供達が寄宿学校に戻り、雪も消えて、バルコニーに出るのも苦ではなくなった春の頃、ナイトは妻と一緒にバルコニーで月見をしていた。

綺麗な満月が銀色の光を降り注ぐ中で、テーブルにワインとカットフルーツを用意して、向い合せて並べた椅子に夫々座り、ワインと名月を味わってた。

「そろそろ、レナ達の誕生日ね」妻が言った。「今年のプレゼントはなんにする?」

「そうだな…。なんにしようか」と、楽しむようにナイトは思いを巡らせた。それから思い出したように言った。「そう言えば、君に誕生日のプレゼントを贈ったことが無いな」

「それは私も同じ。あなたの誕生日が分かれば良いんだけど」妻はそう言って困ったように笑った。

「私は良いんだよ。君から一生分の贈り物をもらったからな」ナイトはそう言って、妻のグラスにワインを注いだ。

「私から?」と、妻は不思議そうに聞き返してきた。

「君は、私に『家族』をくれた。君と言う女性と出逢った私は、世界中で一番の幸せ者だよ」と、ナイトは気取るでも無く言い、自分のグラスにワインを注いだ。

それを聞いて妻は少女のようにくすくす笑い、「私も幸せ者よ。世界中で一番幸せな『騎士』に守られてるんだもの」と言って、ワインのグラスを手に取った。

ナイトもグラスを手に取り、二人は月を見上げ、ワインを傾けた。


ナイトは不思議な夢を見た。子供の頃に戻った自分が、ズタボロの服を纏って、後ろ指をさされながら歩いている。

服は乾いた血だらけで、ひどく喉が渇いている。この渇きは罪だ、と子供の頃のナイトは思った。

周りを見ると、町の角で、一人の人間の少年が、真っ白な薔薇の花を持って、走って行くところだった。少年は、家の前にいた母親に花を渡した。

母親はにっこりとほほ笑み、その花を受け取って、少年と一緒に家に入った。

「ナイト様。風邪を引きますよ」と、懐かしい声がした。振り返ると、金色の髪の、自分と同じくらいの年の人形のような少年が居る。

「ポルクス…」と、ナイトは金髪の少年に呼びかけた。

「ナイト様にも、いつかきっと『家族』が出来ます。その時、僕はもう居ないでしょう。大人になることが出来なくても、きっとナイト様に手紙を書きます。必ず読んで下さいね」

その言葉は、いつの間にか一枚の手紙となってナイトの手元に残った。ナイトは手元の古びた手紙に涙を一粒落した。

目を覚ますと、ナイトの頬に涙の跡があった。


娘と息子の卒業式の日、小間使いの弟だと言う人物が、屋敷に手紙と子供達の卒業証書を持ってきた。

手紙の内容は、これから姉弟2人で国を一周する旅に出ると言うものだった。そのために、学校に入学してからずっと準備をしてきたらしい。

そこまで入念な計画となれば、反対する必要もないだろう、とナイトは判断し、妻に子供達の意向を伝えた。

「嫁入り修業の計画は考えなくても良いわけね」妻はため息をつき、「ロマンチックな恋はしなくても、ロマンチックな冒険に出かけちゃえるくらいなら、心配はいらないみたいね」と言った。

「ロマンチックか…現実は、そう楽なもんじゃないぞ」ナイトは自分が国を巡る旅をしていたときのことを思い出していた。

すると、「きっと大丈夫よ」と、珍しく妻に励まされた。「だって、あなたの子ですもの。パンパネラの子供は、そうやわじゃない。生まれる前からそうだったでしょ?」

その言葉を聞いて、ナイトは照れくさそうに微笑んだ。