Cake wars

それは争奪戦なのでした。

モンブランはさっき兵隊蟻が食べてしまいました。

巨大な兵隊蟻は、大きな棘のある顎でぎちぎちとエリスを威嚇し、フォークを片手に歯を食いしばっている女の子を尻目に、がつがつと食べてしまったのです。

こうしてる場合じゃない、チョコレートエクレアはどうなったの?!

エリスはカステラに囲まれた長い廊下を駆け抜け、ビスケットのテーブルの上に置かれた、特大級のエクレアにフォークを刺そうとしました。

「待ちな。そいつはあたし達のもんだよ」と、日本由来のイチゴのショートケーキの陰から、足長蜂達が出てきて言いました。

「あんた等には、ショートケーキがお似合いよ」とエリスは好戦的に言いました。

「こんなもん、てっぺんのイチゴがすっぱくて食べれたもんじゃない」

と言っていましたが、足長蜂達の口には、生クリームの跡がありました。

「エクレアが食べたいなら、あたし達を追い払ってみせな。じゃないと、毒針で死ぬ思いをさせてやるから」

それを聞いて、エリスはパンケーキの盾とナイフを手に取りました。

「ちょっとだけならかまってあげるわ」と言って、エリスは足長蜂の煙のような群れの中に、ナイフをつきたてました。

足長蜂達は身をひるがえしてナイフを避けましたが、避け損ねた数匹が、ショートケーキのスポンジの表面で、ナイフに刺されて息絶えました。

針を向けて飛んでくる足長蜂を、パンケーキの盾で受け止めると、エリスは足長蜂の首を容赦なく切り落としました。

「可愛い顔して、酷いものね」と、足長蜂の女王らしき者が言いました。

「仕掛けてきたのはあなた達でしょ?!」と、エリスは言いました。「被害者面しないでくれる?」

「貪欲な娘。報いを受けるがいいわ」と女王が言うと、貪欲な足長蜂達はいっせいに針を向けてエリスにとびかかりました。

何処からか、濃霧のようなものが蜂達を襲いました。エリスもその濃霧に包まれ、のどの痛みを覚えてせき込みました。

エリスはその匂いに覚えがありました。殺虫剤です。誰かが、足長蜂達にむけて殺虫剤を撒いたのです。

「邪魔な虫達がいなくなったわね」と、カステラの壁を越えて、空から声がしました。

大きな手がエクレアをつかんで、大きな口がぱくりと食べてしまいました。

それはエリスのママでした。

「ママ~! それ、あたしのエクレア!」と、エリスは空に向かって大声で言いました。

「あら。そうだったの。食べちゃった」と言って、ママは悪びれた風もなく何処かに行ってしまいました。

エリスはアップルパイが出来上がるころだ、と気づきました。

再びカステラの壁の並ぶ複雑な迷路を走り抜け、オーブンから取り出されたばかりの、熱々のアップルパイのところへ直行しました。

今度は、周りには誰も居ません。ようやく独り占めできそうです。

「いただきま~す!」と言って、エリスはアップルパイにフォークをつきたてました。すると、パイ生地ともリンゴのとも違う、なんだか変な感触がしました。

恐る恐るナイフでアップルパイを切ってみると、そこにはすっかり蒸し焼きになった芋虫達が、フォークに刺さっていました。

きっと、焼く前のアップルパイを食べていて、そのままオーブンの中で焼け死んだのでしょう。

「もう、最悪!!」と叫んで、エリスはアップルパイをフォークごと投げ出し、代わりのフォークを取り出しました。

予定通りなら、西の河岸でスフレチーズケーキが冷えてるはずだ、と閃きました。

西の海岸に行くには、溶けた飴の河をどうにかして越えなければなりません。

ですが、アイスボックスクッキーの架け橋があったはずだ、とエリスは思い出しました。

橋のたもとへ向けて、エリスはカステラの迷宮を迷わず駆け抜けました。

ですが、クッキーの橋は、カミキリムシによって粉々に壊されていました。

「なんてことするの!」と、エリスはカミキリムシを怒鳴りました。

「だって、葉っぱを切るのがあたしの仕事ですもの」と、カミキリムシはおっとりと答えました。

「この橋は葉っぱじゃないわよ!」と、怒ったエリスは足元に落ちていた金貨のチョコレートをカミキリムシにぶつけました。

そこに、シャーベットグラスの舟に乗った渡し守が、オールをこいできました。

「え~、お代は先だよ。お代は先だよ」と言っていた渡し守の足元に、金貨のチョコレートが落っこちました。

「お嬢さん。お金は投げるもんじゃねーぜ」と、渡し守はエリスに言いました。

「丁度いいところに来たわ。向こう岸まで頼むわね」とエリスは言って、シャーベットグラスの舟に乗り込みました。

灼熱の飴の河を渡っているはずですが、シャーベットグラスの舟は全く熱くありません。

エリスの疑問が分かったのか、渡し守は「キンキンに冷えてるからね。キンキンに」と言いました。

もう少しで対岸に届く、と言うところで、飴の河が固まってしまいました。

「おや。どうやら冷やしすぎたようだ。ここからは歩いて渡っていきな」と言って、いい加減な渡し守はエリスを舟から追い払いました。

エリスはカチカチになっている河の表面を選んで、所々まだ熱を持っているねばねばの部分を飛び越えながら進みました。

対岸につくと、そこではパーティーが行われていました。

楽しそうに談笑する人々の間を、切り分けられたプディングとカラフルなドリンク達が行き交っています。

氷でできたテーブルに、氷でできた食器、氷でできたカトラリーを、みんな平気で使っていました。

チーズケーキはどこかしら、とエリスは人々の間をすり抜け、テーブルを見て回りました。

パーティーの会場の真ん中に、高い氷の柱がありました。そのてっぺんに、サルが一匹座り込み、その手にはチーズケーキを乗せた氷の皿がありました。

エリスが何か言う前に、サルは得意そうにチーズケーキを頭の上に掲げて、一口ぱくりと食べてから、皿ごと地面に落としました。

エリスはその皿をよけました。チーズケーキは、ぐしゃりと地面でつぶれました。せっかくのチーズケーキですが、サルが食べたものなんてごめんです。

もう思い当たる節がない、と思ってがっかりしていたエリスの前に、一切れのプディングが運ばれてきました。

「またいつものプディングか」と言って、エリスはプディングに氷のフォークと氷のナイフをつきたてました。

途端に、そのプディングはラムレーズンを混ぜたアイスクリームのケーキに変わりました。

喜んだエリスがアイスクリームを食べようとすると、目の前にあったケーキが、ふわふわと宙に浮かんで、そのまま空の彼方に消えてしまいました。

呆気にとられたエリスは、座っていた氷の椅子が、ドロリと溶けだしたのが分かりました。

椅子だけではありません。ナイフもフォークもテーブルも、プディングもドリンクも、会場の人々も、エリスだけを残してみんなどろどろに溶けてゆくのです。

「こんなところ、一秒だっていられないわ!」と叫んで、エリスはパーティー会場を逃げ出しました。


なんだか周りが真っ暗です。ああそうか、目を開ければいいんだ、とエリスは思いました。

目を開けると、そこはいつもの寝室でした。なんだかひどくくたびれていて、眠っていた気がしません。

なんだか変な夢を見ていた気がする、と思いましたが、エリスはさっきまでの大冒険を忘れていました。

着替えてリビング行き、紅茶を飲んでいると、ママが何かゆでているのが分かりました。嗅ぎ慣れた匂いがします。

「またいつものプディングか」とエリスは呟いて、おや?と思いました。