Cigar flavor 2

ルイジは、その晩、厚着をすると、以前受け取ったコートを持って、1階の廊下へ向かった。途中で何度か夜間就学の生徒達に遭遇しそうになったが、物陰に潜んで切り抜けた。

夢遊病の時は、あんなに簡単に外に出られたのに、意識があるだけで挙動不審になってしまう。

なんとか1階の窓から外に出て、スリッパのまま、窓から姿を見られないように校舎裏に向かった。

その場所に、あの人はいた。相変わらず、淡い煙草の香りをさせて。

「こんばんは」と、ルイジは今度はちゃんと挨拶をした。

スペアらしいジャケットを着て煙草を吸っていた「J」は、困ったような顔をして言った。「今日は寝ぼけてるわけじゃなさそうだな」

「あなたのコートを返しに…。それから、お礼が言いたくて」とルイジが言うと、「J」は「お礼?」と不思議そうに言った。

「あなたからコートを貸してもらってから…私、夢遊病が治ったの」

「J」は、しばらく考え込むようにしてから、「君は、もしかしたら…闇の血を継いでるのかもしれない」と言った。

「闇の血って…なんのこと?」と、ルイジは聞いた。

「遺伝性の疾患みたいなもんさ」と、「J」は自嘲気に言った。「僕は、ウェアウルフの血を継いでる。僕の先祖に、ウェアウルフに噛まれた者が居たんだ。僕も元々は、ごく普通の人間だったけど」

と言って、「J」は手袋をとった。手の平に、淡く光る魔法陣が浮かんでいる。

「ある人に、闇の血を起こされることがあってね。それから、別の人にその力を封じてもらった。もしかしたら、僕の渡したコートに、この封じの魔力の名残があったのかも知れない」

ルイジは、胸に抱えたコートを見下ろした。

「じゃぁ、私…。化物なの?」と、ルイジは呟いた。

「いや。大元はごく普通の人間だろう。だけど、何かしらの闇の血が、君が眠りに就いてから『夜』に活動することを促していたんだ」と、「J」。

「遺伝性の疾患ってことは、もし私が結婚して、子供が出来たら…その子供も…化物になるの?」

ルイジは、まだ15だが、だからこそ自分のこれからの未来が不安だった。その不安が、自分が「闇の血」と言うものを継いでいることに集約された。

「結婚するだけが人生じゃない」と、「J」はルイジを励ました。「子供を残せなくったって、誰かのために生きることは出来る。その事に意味を見出すこともね」

「誰かのためって?」と、ルイジは聞いた。

「例えば…僕は、僕を救ってくれた一家を守ることを仕事にしてる。仕事って言ったけど、給料目当てじゃないよ? その一家の幸せを守ることが、僕の生涯の意味なんだ」

「生涯の意味…」と、ルイジは呟いた。多感な少女は、その言葉の重さをしっかりと受け取った。

「そのコートは、あげるよ。お守り代わりにしてくれ」と「J」は言う。

「あなたの名前は…教えてもらえないの?」と、ルイジ。

「ジャックおじさんとでも呼んでくれれば良い」と、「J」は、おかしそうに言った。


コートを抱えたまま寄宿舎の部屋に戻ったルイジは、ひどく疲れたような気分がして、コートをそっとサイドテーブルに置くと、ベッドに身を投げ、そのまま眠り込んでしまった。

昼間の授業も、なんだか上の空で手につかない。「私は闇の血…『魔物』後を受け継いでいる。こうして人間の世界に居ることは、本当は不自然なことなのかもしれないんだ」

そう思ったルイジは、図書館で『魔物』について書かれている本を、片っ端から読んで行った。

その中には、グロテスクな怪物の話もあれば、神秘的な存在の話もあった。

ある本の中に書かれていた。

「多くの伝説上の魔物は、一神教になる以前に、土着の神として崇められていた、小さな神々である。その神々は、一神教の規律にはそぐわず、魔物や精霊や妖精として残るほかは、伝承から消えて行った」

その言葉が、ルイジを救った。

世界に神や真理が一つしかいないなんて、嘘だったんだ。奇跡の話も、小さな神々の話も、どちらも伝説なら、私は私の居られる世界を探す。

そして、私のように『夜を歩くもの』としての血を引く者達に、生きる意味を示せる存在になりたい。ジャックおじさんのように。

ルイジはそう決心し、残り2年の学生生活をどう使うかを考えた。

自分を救ったその本は、何度も借りて熟読し、暗記してしまえるまでになった。

その著者は誰だろうと思い、索引を読むと、「テレサ・ラース」という名前がつづられていた。本の最初には、「私を愛してくれた全ての人へ」と書かれており、ルイジはもしかしてと思った。

本に書かれている年月上は、著者は50年以上前に亡くなっている。だが、ルイジは「この人…きっと、まだ生きてる」と言う直感を持った。


クリスマス休暇を使って、ルイジは「テレサ・ラース」の生前の住所を訪ねた。山沿いの田舎町にあるそこには、広い庭に小さな古民家が建っており、孫娘が住んでいると言われていた。

孫娘の名は、「エリザ・ラース」。そこまで分かったが、突然押しかけてしまって大丈夫だろうか。

でも、手紙や電話で連絡を取って、おかしな人だと思われても大変だ。

家のベルをそっと鳴らし、エリザが出てくるのを待った。エリザは、ドアスコープからルイジを見たのだろう。チェーンロックをかけたまま、ドアを細く開け「どちらさまですか?」と言った。

「私、ルイジ・リアンって言います。エリザ・ラースさんですか? 私、あなたのおばあさんの本に、救われた者です」

と早口に言うと、エリザは不思議そうな顔をして、チェーンロックを外し、「祖母のファンかしら?」と言った。

「いいえ」とルイジは真面目な顔で答えた。「テレサ・ラースさんは、私の教師です」

エリザはくすっと笑うと、ルイジを家に招き入れた。