Cigar flavor 4

十数年が経過した。ルイジは、それまでの研究の成果を、一冊の本にまとめた。本は「幻想奇談」と銘打って発売され、神話や伝承のコーナーに置かれたが、ルイジはそれで良いと思った。

ある日、その本を読んだと言う人物から、手紙が届いた。

科学者としての身分証が添付され、共同研究を申し込みたいと言う内容だった。差出人は、エルバート・バーバリー。

手紙によると、エルバート・バーバリー氏も、科学的な視点から闇の血を研究しているらしい。ルイジは、すぐに承諾の返事を書いた。

バーバリー家に招かれたルイジは、エルバートと会って、「この人は純粋な吸血鬼だ」と気づいた。だが、礼儀としてその事には触れなかった。

エルバートは、老いてはいるが紳士然とした雰囲気があり、白髪交じりの薄いブラウンの髪をしていて、口ひげを蓄えていた。

研究室を見せてもらい、エルバートの行なっている研究の説明を受けた。

「僕では、どうしても試せない実験がある。その実験と研究を、君に任せたいんだ」

エルバートはそう言って、小さな冷凍庫の中からシャーレを取り出した。シャーレの中には、小さく切られた髪の毛が入っている。

「純粋な吸血鬼の髪の毛だ」とエルバートは言った。「これに、日光を照射する実験を行なってほしい」

ルイジは、事情を察して快諾した。彼等も、生き残る術を探しているのだ。

それから、ルイジはバーバリー家に、住み込みの科学者として置かれることになった。


ルイジとエルバートの疑問は、一致していた。

何故、吸血鬼が、あれほどの生命力を持っていながら、日の光の中では焼けて死んでしまうのか。

ルイジは、その疑問の答が、吸血鬼の「生命力そのもの」に原因がある気がした。

日光に当たることで、人間は「朝」を認識する。それは、視覚の認識だけではなく、細胞単位で「日射し」を認識し、活動を始めるからだ。

純粋な吸血鬼の細胞は、「日射し」を認識すると、極度にエネルギーを活性化し始める。そのエネルギーは、自らの細胞を破壊し、炎を発して燃焼しつくしてしまうほどだ。

これが、主な吸血鬼と人間の「分派」を促進するきっかけになったのだろうとルイジは仮定した。

そして、もう一つ引っかかったのが、吸血鬼が血を飲む理由だ。それは、他の生命体が分解してくれたエネルギーしか吸収できないと言うことを指す。

血液を摂取する吸血鬼は、今でも少なからず生きている。だが、その齢は二千年以上を超えるものが多く、近年に生まれた吸血鬼達は、ほとんど血に興味を示さないか、必要最低限の血液を摂取するのみだ。

エルバートや、その家族もそうだった。ルイジには見せないが、彼等は人を襲うのではなく、輸血用パックを買い求め、毎日の「食事」として一人が一日に3パックの輸血用血液を飲んで居るだけだった。

人間との混血による吸血鬼の人間化や、吸血鬼としての「文化」を受け継がなかった者、そして遺伝子レベルで吸血鬼という種族の中に、何か変化が起こっているのかもしれない。

血を糧としなくても、生きられるように。


エルバートから聞かされた話だが、奇妙な吸血鬼が居ると言う。

純粋な吸血鬼なのだが、生まれた時から血を飲まず、何らかの方法で活動エネルギーを吸収していた他、大人になってからは強壮剤と、フルーツと、茹でた豚の血の腸詰だけで健康を保っているらしい。

「彼は長年訓練をして、オイスターやチョコレートまで食べれるようになったそうだ」と、おかしそうにエルバートは言った。

ルイジは、恐らくエルバートの親戚の話なのだろう、と思ったが、その点には触れず、「是非、その方とお会いしたいものです」と言った。

エルバートは、ルイジが興味を持ってくることがあらかじめ分かっていたように、その提案を受け入れてくれた。


ある晩、バーバリー家に「彼」は来た。護衛を一人連れて。

その変わり者の吸血鬼と言う青年は、一見30代くらいにしか見えない。「取り急ぎの用件と言うのは、なんですか? ミスター・バーバリー」と、青年は応接室で聞いた。

「君に会わせたい人物がいる」と言って、エルバートはルイジを応接室に呼んだ。

椅子に腰かけた、アッシュグリーンの瞳の痩せた青年の隣に、見覚えのある青い目の人物が立っていた。

ジャックおじさんだ。ルイジはそう勘づいたが、唇をきゅっと閉じると、「はじめまして。ルイジ・リアンと申します」と自己紹介をした。

「はじめまして。ナイト・ウィンダーグだ。ミスター、こちらのお嬢さんは?」と、青年が言う。

エルバートは、ルイジが民俗学者であり、なおかつ「闇の者」に理解のある科学者でもあると言うことを説明した。

それから、エルバートが、ルイジが以前出版した本のことを告げると、ウィンダーグ氏の表情が明るくなった。「あなたが『幻想奇談』の著者か。私の娘が、あなたの研究のファンなのですよ」

その後、ルイジとウィンダーグ氏は、「幻想奇談」についての詳細を話し合った。

ルイジが、あらゆる文献やフィールドワークを経て得た知識をおりまぜて話すと、ウィンダーグ氏は帰り際に、ルイジに握手を求めた。

「今、あいにく娘は遠方に出払っていて家に居ないが、いずれ帰って来た時、お知らせします。きっと遊びに来て下さい」

と言って、ウィンダーグ氏は傍らの…ルイジが、最後に会った時とほとんど変わらない容貌の「ジャックおじさん」に声をかけた。「ジャン。車を表に回してくれ」

「ジャックおじさん」は、ついにバレたか、と言わんばかりに眉毛をあげて見せたが、主には何も言わずに、「はい。ただちに」と言って、外へ出て行った。

その後には、懐かしい淡い煙草の香りがした。