闇の鼓動 Ⅰ 序章

私は何者なんだろう。

力を持ち、操り、死者の声を聞き、姿を見る。

魂を救える職業、なんて思い上がったことはない。私は私のためにこの力を使うことを選んだんだ。いつか押し寄せてくる危険から、自分を守るために。

その「予感」は、見事に的中してしまった。本当に、私の悪い予感はよく当たる。

私一人で、私を支えていくのには限界があった。なんせ、まだ17年しか生きてない。一人で自分を生かすには、未熟すぎる。

そんな時、思い出すのは、いつも「彼女」の存在だ。

常に私の側にいて、私を見守り、時には助けてくれた。私は、あの岩屋に行けば「彼女」が居ることが当たり前だと思っていた。

だが、その安心は数年前に、脆くも崩れた。

ディオン山の岩屋に行っても、「彼女」の気配がしない。

ディーノドリン市に行くと、ようやく「彼女」に似た気配が空にあったが、「彼女」とは少し違うものだと言う事は分かった。

私を、母親のように見守っているあの力が感じられない。

その時悟った。彼女は「目」を閉じたのだ。そして、自分の「本体」に戻ったのだ。私達を見守っていたときの「記憶」を抱えたまま。

取り残されたような気分で、私は静かな孤独を感じ取った。

もう、あの岩屋の裏口で、「内緒」を話すことも無いのだ。

時々、「彼女」の存在は夢だったのではないかとさえ思った。しかし、夢であれば、私が岩屋の裏口で感じる、この言いようもない寂しさはなんだろう。

岩屋には、いつも通り、いつまでも老いない祖母のミリィ、いけ好かない少年の姿をした祖父のリッドが居る。

岩屋に帰る時は、私と同じ金色の髪をしたお母さん、紫色の瞳と褐色の肌を譲ってくれたお父さんも一緒だ。

お母さんはお父さんは、最近しわも増えてきてるけど、まだ恋人同士みたいな一面を見せる時がある。

どちらかって言うと、お父さんが段々「やんちゃ」になってきて、お母さんの隙をついて、お母さんの頬っぺたやおでこや手の甲に、キスをするのだ。

お父さんは、昔からそんなところがあったから、いつまでも熱々だなぁこの二人は、と思ってたけど、お母さんは私にお父さんの「やんちゃ」を見られると、恥ずかしいらしい。

子供の頃は、お父さんとお母さんの真ん中に居て、二人と手をつないでいたかった。

そして、空にはもう一つのお母さん、「ラナ」が居るのが当たり前だった。

お仕事で岩屋を離れたお母さん達と、手を繋げない時は、「ラナ」と心を分け合っていた。

その中で私の「安心」は育まれてきたのだ。

誰も居なくても、「ラナ」が居る。

人形のエルマも、私の大事な友達だ。人間の友達が居なかった私が、いつも一緒に居られるのは、エルマと「ラナ」だけだった。

エルマは、私の手垢で随分汚れてるけど、お母さんと同居するようになった今でも、部屋に飾ってある。

「ラナ」が居なくなったことは、私の心にぽっかりと穴をあけた。私は、もしかしたら「ラナ」に、本物の母親以上の信頼をゆだねていたのかも知れない。

私の従兄、シェディ・ウィンダーグが、自分の想像する物語の登場人物に恋をしていたように、私は私の想像する「理想の信頼関係」を、「ラナ」に投影していたのだ。

シェディは、今でも絵を描いているんだろうか。遠い世界を旅すると言う夢を、一緒に叶えてくれる「恋人」の絵を。

私は、居なくなってしまった「ラナ」への想いを抱えたまま、歯を食いしばり、「明るく元気なレミリア」であろうとしていた。

いつかこの空虚は埋まる。そう信じて。

そして思う。

私は、何者なのか。何者に、成れるのか。