闇の鼓動 Ⅰ 2

ラナとレミリアが、「通行」の妨げになる感染者を処分しながら街を進んで行くと、道の真ん中にバリケードが見えた。取り付けられた看板には、「隔離防衛施設」とある。

「あの向こう」と、レミリアが言う。「周りにすごい数の感染者が隠れてる。私がキーを開けるまで、ラナは周りを警戒して」

「感染者が近くにいたら?」と、ラナ。

「殺して」と、端末を操作しながらきっぱりとレミリアは言う。

「了解」とラナは答え、ライフル銃を構えた。

ラナの眼は、銃のスコープを覗かなくても、遠方の敵が見える。窓から、双眼鏡で、レミリアの手元を見ている者が居る。感染者だ。バリケードの暗号キーを知ろうとしているのだろう。

その観察者の額に向けて、ラナは銃を放った。


感染者の中には、銃で武装しているものも居たが、ラナの射程が長いことが幸いした。敵の弾道が近づく前に、ラナは手際よく感染者を始末して行った。

バリケードの入り口から、鍵の解除される音がした。

「ラナ!」と、レミリアが呼ぶ。最も最短距離にいる感染者を始末してから、ラナはレミリアと共に素早くバリケードの内側に移動した。重い扉を、2人で閉じる。

「魔力でも守られているようだな」と、バリケード内を観察してラナは言う。

「うん。感染者からしたら、こんな壁、軽く飛び越せるから。上空は結界が張ってある」そう言って、レミリアは「探知」の呪文を描きこんだ地図を見て、「この中は、ほとんど安全だよ」と言った。

「ほとんど?」と、ラナが聞き返す。

「この先にある建物の中に、あの子が保護されてるの」と言って、レミリアは周りを警戒しながら歩を進める。「突然変異を起こした病原菌の保菌者。だけど、あの子は普通の感染者じゃないんだ」

ラナも、辺りを警戒しながらレミリアに続き、黙って話を聞いている。レミリアは話し続ける。

「健康保菌者って言うんだって。自分は病原菌の影響を受けないけど、確実に感染してる人を。ここでは、あの子の血液を使って、突然変異体した『ウェアウルフ化』の病原菌を持っている者を抹消する薬が作られてる」

「何故『あの子』と呼ぶんだ? 名前はないのか?」と、ラナ。

「被験者には名前を付けないんだって。キッドAとか呼ぶように言われた」

少し不機嫌そうに、レミリアは言う。

「私、それが嫌だったから、隠れて、あの子を『アンジェ』っ呼んでる。アンジェは、まだ7歳くらい。ほんの小さな子供なんだ。名前で呼んですらもらえないなんて、あんまりだよ」


次のゲートはエレベーターの中にあった。建物の中のエレベーターに入ると、レミリアは15階まであるボタンの前に手をかざし、力を送って素早くパスワードを打ち込んだ。

エレベーターは、地下へ進み始めた。

ラナが、上を観る。「来る」と呟いた。その声に気づき、レミリアは自分を覆っていた簡易結界を一時的に大きく展開した。

簡易結界に、何か重いものがぶつかり、のしかかる音がする。レミリアが気づいた。「『感染者』だ。どうしよう…このままじゃ、地下まで連れて行っちゃう」

ラナが、銃を上に向けた。「レミリア、簡易結界を少し借りるぞ」

ラナは、ライフルの引き金に指をかけ、魔力を込めて銃弾を放った。魔力のこもった銃弾が、天井を貫き、レミリアの体から離れた硬い殻のような結界ごと、「感染者」を上まで連れて行く。

その間に、レミリアとラナは目的の階に辿り着いた。エレベーターの扉が開く。2人が素早く外に出て、扉が閉まると、ラナが「簡易結界を戻せ」と言った。

はるか上空まで運ばれていた「感染者」は、足場を失って15階から地下まで落下し、エレベーターに体を強打して死亡した。

「始末はしたが、体液がエレベーター内に入るな。レミリア、他の出入り口はあるか?」

「防災用の階段があるよ。でも、なんでここに『感染者』が居るんだろう」

レミリアはそう言って、ハッとしたようにフロアを振り返り、走り出した。


ラナがレミリアについて行くと、研究所だったらしい施設が、破壊されていた。

「お母さん!」と、レミリアが叫ぶ。だが、返事はない。レミリアは目に力を宿し、辺りを見回した。部屋の隅に青白い霊体が見える。

「パドックさん。何があったの?」と、レミリアはその霊体に話かける。

「狂暴化した。操作を誤った。攻撃型に作るべきではなかった」と、霊体は言った。

「キッドAは?」と、レミリアはさらに聞く。

「隔離室」と、パドックの霊体は言い、消えかかりそうになった。

「待って。お母さん達…アリア・フェレオは?」とレミリアが聞くと、パドックの霊は「ひひひひ、避難、し、た…」と、どもった声で言って消滅した。


レミリアは、研究所に残されてた走り書きや書類を、一通りラナに見せて、データ内に記憶させた。

どうやら、フェイド博士の研究を引き継いだ研究者達は、生き物の体液の中に、ウェウルフの細胞を攻撃する効果を持たせた「実験体」を作っていたようだ。

レミリアは、研究所内を探索し、まだ使われていない閃光弾を2本ほど見つけた。廊下の床を見て、「水を撒いた跡がある…実験体を怯ませようとしたんだ」とレミリアは言う。

ラナは、魔力を宿した目で研究所内を透視し、新しい銃と銃弾を見つけた。レミリアの言葉を聞き、「実験体は、水を撒いてもショック状態にならない生物と言う事か?」と訊ね返す。

「そう言う事だと思う。まず、隔離室に行こう。アンジェが生きてるか確認しなきゃ」

レミリアの決定に従い、2人はキッドAこと、「アンジェ」が居るはずの隔離室へ向かった。