闇の鼓動 Ⅰ 6

キーコードを打ち込んだ後、足元に地下への入り口が開いた。

「私、金網が開くのかと思ってた」と、レミリアが言うと、「私も」とアンジェが言う。

「梯子があるな。降りるか?」と、ラナは聞く。「もちろん」と、レミリアは答えた。


鉄製の梯子を下りてゆくと、先に降りたラナが床に着くと同時に、周囲に明かりが灯り、天井の扉が閉まる音がした。

足元が金網になって居る。そして、目の前には扉。その扉の横に赤いランプが点滅している。

突然、四方から圧縮された空気が吹き込んできた。侵入するときに入った砂と、レミリア達の体についていた埃などが、空気で洗浄される。

空気の圧力で一瞬息が出来なくなり、レミリアとアンジェはゲホゲホ言っていた。

「洗浄が終わりました」と言う、機械音声が流れ、ランプが緑になった。扉が静かに開く。

扉の向こうは、暗い廊下が続いていた。ラナが踏み込むと、やはり自動的に明かりが灯って行く。

「ここを通って行く間に、身体検査をするようだ。X線照射を受けるぞ」と、ラナは言い、先に歩き始めた。


長い廊下を通り過ぎると、研究所のような場所に出た。防護服に身を包んだ研究員達は、席の前で立ち上がり、来訪者を迎えた。

笑みを浮かべた代表者が近づいてきて、ラナをつくづくと見る。それからレミリアの方に手を差し出し、握手を求めた。「ありがとう、レミリア。よく、『兵器』を完成させてくれました」

「彼女は、『ラナ』です」と、レミリアは握手を返しながら笑みも無く言い返す。

「『ラナ』? そう言う名前の魂をインプットしたのですね? 初めまして、ラナ」と言って、フライドチキンで有名になった料理人によく似た代表者は、ラナに握手を求める。

ラナは、黙って手を差し出し、代表者の手を握り返した。

「ふむ。握手の感触も、非常にソフトタッチだ。これは良い。素晴らしい出来だ。しっかりと、人間を理解している」

代表者は満足そうだ。

「ダンキスタンの研究所が破壊された報告は受けています。キッドAを保護してくれと言う連絡もね」

「はい。アン…キッドAをよろしくお願いします。私達は、これから、ダンキスタンから避難した研究員達を救助に向かいます」

レミリアがそう言うと、代表者は笑顔を陰らせた。

「それは得策ではない。ダンキスタンから避難した研究員達は、グランの研究所で、無事に過ごしています。救助する必要はない。それとも、お母さんが心配かな?」

「そんな幼稚な理由じゃありません」と、レミリアは怒りを抑えながら言う。「ダンキスタンでの情報を、研究者本人達に告げる必要があるんです」

「私達には教えられないことですか?」と、代表者。

「はい。トップシークレットに値します。共同研究をしていた者以外には教えられません」と、レミリア。

「ダンキスタンでの研究は、フェイド博士の管轄です。確かに、厳密には私達は共同研究はしておりません」

代表者はそう言って、レミリア達を手招いた。

「この研究所では、ダンキスタンで作られた薬品を安全に散布するための『機材』を作って居るのです。先ほど、あなた達はエアーダスターを通りましたね? 精密機械に外部からの埃を付着させないためです」

そう言って、代表者はパソコンを操作し、「機材」の設計図を表示して見せた。

「レミリア。霊媒師のあなたには、理解しにくい図形かも知れませんが…」と言いながら、代表者はレミリアの表情を伺う。

「構いません。見せて下さい」と、レミリア。

ラナは、次々に映し出される設計図を、細部までデータの中に保存した。


アンジェを研究員に預けた後、レミリアは、数日をフェネルの研究所で休養することになった。休養と言っても、研究所に軟禁されているのと変わらない。

ラナは別の部屋に連れて行かれた。レミリアは、ルルゴに頼んでラナの様子を見ていてもらった。

どうやら、身体能力の検査と、機械としてどれだけの演算能力を持っているか、等を調べられるらしい。

「ラナを通じて、私達の持ってる『秘密』がばれることもあるのか」と、レミリアは心の声でルルゴに言った。

検査用のクリーチャーと戦わせられているラナを観察しながら、ルルゴも心の声を返した。

「その恐れはあります。ですが、最も隠しておかなければならないことは、私とレミリア様、そしてアンジェしか知りません」

それから、ルルゴは重要なことを言った。「そして、此処にいる者達は、どうやら魔術や霊術に対しての知識がない様子。私の存在にも、全く気付きません」

「そうか。ありがと、ルルゴさん」と心の声で言って、レミリアは鬼火の二匹に「封じ」の魔力を持たせ、部屋の外に放った。鬼火は二手に分かれ、ラナとアンジェの記憶の一部をシールした。

ラナも、レミリアが自分に「封じ」の魔術を施したことは分かった。だが、必要なときはレミリアが「封じ」を解くだろうと目星をつけ、目の前にいるクリーチャーの動きを捕えるほうに集中した。

俊足で、バッタのように跳ねまわる。だが、動きは単調で、5秒観察したら次の反応は分かった。

「0.6秒後」を読み、関節技をかけ、クリーチャーの運動中枢を破壊した。