闇の鼓動 Ⅰ 7

レミリア達が察していた通り、ラナの中に記憶されていたデータが「検査」されることがあった。

しかし、「封じ」のかけられた部分の記録を読み取ろうとすると、機器にバグが生じる。バグは回復しないまま、ラナに接続していた機器はシャットダウンする。

その繰り返しに時間を費やした後、代表者から指示を受けた女性従業員が、軟禁中のレミリアの所に話を聞きに来た。

リム・フェイド博士は、どのようなハッキング防止策をしたのか、ラナの意思で全てデータを引き出すことは出来ないのか、その2点だった。

レミリアからの働きかけでデータを引き出すことは出来ないと言う事は、フェネルの研究員達も承知のようだ。

誰かの命を盾にしようとしても、アンジェは重要な保菌者であるし、アリア・フェレオは遠い別の研究所に居る。

レミリア自身は、魔術の知識もあるメディウムだ。自分が拷問を受けるとなったら、大人しく軟禁されていてはくれないだろう。

何より研究員が恐れているのは、レミリアに危害を加えた際、ラナがどのような行動をとるかだ。

事情を知らない女性を尋問役に使っているのも、レミリアを少しでも懐柔したいと言う意思の表れである。

「なんでラナのプライベートが知りたいの?」

レミリアは女性職員に言った。

「ラナだって魂を持ってるのよ? それは、人格を持ってるって事。女性が、理由もないのに自分の生活の全部を他人にさらけ出す必要がある?」

「でも、彼女は機械なのよ?」女性職員は泣きつくように言う。「人間に完全に危害を加えないとは限らない」

「私がラナを呼び出してから、まだ1週間も経たないけど、彼女は私にもキッドAにも、最良の判断で接してくれた」

レミリアは、世間を皮肉って言う。

「暴力で、妻や、子供や、互い同士、弱い者を服従させようとする人間なんかより、ずっと優しくて正しかった。彼女は、人間以上に人間らしい。それを疑うなら、私達は、此処で大人しくしてたりしない」

レミリアの脅し文句を聞き、女性職員は顔色を変えてレミリアの部屋から撤退した。

自分達が軟禁しているのは、唯の17歳の少女ではなく、自分達には従えさせられない「力を持った者」であると改めて認識したのだ。


翌日、「手に余る爆弾」であることを理解されたレミリアは、ルルゴの霊体と鬼火達、それからラナを連れてフェネルの研究所を後にした。

「あの人達が、私のご飯に薬物混ぜるような真似しなくてよかったよ」と、レミリア。「食べる前に分かっちゃうから、その段階でひと暴れしなきゃならない所だった」

「レミリアが意識を失えば、私も分かるからな」と、ラナは言う。「私を呼び出したのはレミリアだ。私達は常に霊力でつながっている」

「私、一人じゃなくて良かった。フェイド博士が死んじゃった時は、本当にどうしようかと思ったんだ」

レミリアは照れくさそうに頭をかく。

「私が大泣きしながらラナを呼び出したなんて、誰にも言わないでね?」

「言う必要はない。それより、ドクター・フェイドは、何故死んだんだ? 死因は出血死のようだったが」

「誰かに撃たれたんだ。すごく遠い所から。私が『観る』時には、もう姿を消してた。たぶん、魔術を知ってる者だよ」

山野を下りながら、レミリアはラナを呼び出す以前の話をした。

デュルエーナでの魔術ブーム、ベルクチュアでの「クリーチャー」の製造と失敗、そこから起こった病魔のパンデミック、そして対抗策として作られた「実験体」と、ラナの存在。

「私が最初に聞いてたのは、『ベルクチュアでウェアウルフ化の病魔が伝染病として広がっている』って言う事」

レミリアは、自分の中でも整頓しながら事の顛末を語る。

「ダンキスタンでは、『実験体』達から、突然変異したウェアウルフ化の病原菌に対抗する薬剤を作ってるって聞いてた。『変化』を止めるんじゃなくて、『変化』したものを殺せる薬剤。

私がフェイド博士から聞いた、ラナの仕事は、感染者の駆除だけだった。そのための『兵器』だって、フェイド博士は言ってた。

でも、フェネルの研究所での話を追加すると、本当の仕事は、感染者を始末しながら、パンデミックの起こってる都市の真ん中に行って、薬剤を散布することだったってことになる」

「その薬剤と言うのは、ダンキスタンの『実験体』の体液なのだろう?」と、ラナ。

「そう。だけど、『実験体』の体液も、有害な効果を持ってることを、私は知ってる。それに感染するとどうなるのかも。それから、ラナには『封じ』をかけたけど…」

「それ以上はしゃべるな」と、ラナが言った。「せっかくの『封じ』が解ける」

「うん」と、小さくレミリアは頷いた。「さぁ、早くお母さん達の所へ行こう。お母さん達は、ダンキスタンでのデータを持ってるはずだから、グランの研究所がどうなってるか心配だよ」

「レミリアは、強くなったな」と、ラナは言った。「私が見守ってた頃とは、段違いだ」

レミリアはそれを聞いてはにかむように笑い、こう返した。「嫌になっちゃう。みんな、私をいつまでも14歳の女の子だと思ってるんだから」

「みんな?」と、ラナは聞く。

「シェディ・ウィンダーグって言う、私の従兄。つい最近まで、彼の絵のモデルになってあげてたの。私の眼が、いつまでも理想の『女の子の眼』だって言って、自分で電話してきて私に依頼するの。

この騒ぎが起こってから、全然連絡しなくなっちゃったけど、きっと、シェディにも、私はいつまでも14歳のお嬢さんに見えてるんだよ」

「14歳ではないが、お嬢さんではないのか?」と、ラナ。

「うーん。『お嬢さん』になるには、もうちょっと上品にならなきゃダメかな。パンをちぎって食べるくらいには」と、レミリアは答えた。