闇の鼓動 Ⅰ 8

感染者の群がっている大きな街を迂回しながら、レミリア達はグランの町を目指していた。

途中で廃墟となった手近な集落に立ち寄り、書店を探した。地図を手に入れるためだ。

ベルクチュア中心部の地図と、ラナのデータ内にある地図を照らし合わせると、確かに「グラン」はダンキスタンを西に進んだ場所にある。

「お母さんの通信と同じだ。あの科学者も、嘘は言ってなかったんだね」と、レミリア。

「嘘が発覚した時が怖いからだろう」と、ラナ。

「私が癇癪起こすってこと?」レミリアはまだ子供扱いされていると思っているようだ。

「私が『癇癪』を起こさないとも限らない」ラナは言う。「私は元『魔物』だ。意識形態は通常の生物と違うが、感情の抑制値にも限界はあるんだ」

「ラナが怒ったらすごく怖そう」レミリアはそう言って、地図を閉じた。


ラナが目覚め、レミリアと共に行動するようになってから、3週間が経過した。

本体と連絡が取れないままのラナも、搔き集めたデータを元に、ベルクチュアの地理を人工知能の中にインプットした。

レミリアはすっかりサバイバルにも慣れ、旅の途中で見つけた水晶に力を宿して、絨毯の魔法陣を強化するアミュレットを作った。

「これで、屋根と壁のある場所だったら、安心して眠れるよ」

レミリアがそう言うと、ラナは「無理はするな。レミリアは、疲労が蓄積している」と言う。「1日でも早く、緊張を解ける環境に戻る必要がある」

「心配性だな。大丈夫だよ。今は、甘えてる場合じゃないって分かってる」

レミリアはそう言い、人の姿のない町の中で商店を見つけると、ビスケットと飲料水を手に入れた。

その店に入った時、ラナは気づいた。「近くに『感染者』がいる」

ラナの言葉を聞いて、レミリアは反射的に目に力を宿し、周囲を見回した。

「うん。店の奥に居るね…。でも、私達に危害は加えられなそうだ」悲しげにレミリアは言う。「自分の手足を食べちゃってる。もう、獲物を狩る余力もないんだ」

「これが『感染者』の末路か」と言って、ラナは「人口密度が低ければ、共食いも出来ないしな」と付け加えた。

「そうだよ。人の多い場所では、まだ『感染者』達が活動してる。未感染の者も、まだ居るかもしれない。早く、なんとかしなくちゃ」

「焦るな、レミリア。私達の持っている情報も、『諸刃の剣』なんだろ?」ラナはそう言って、銃を片手に店の奥に向かった。「私は、私の仕事をしてくる」

「ごめん。ありがとう、ラナ」

レミリアはそう言って相棒の背中を見送り、銃声が聞こえてきた時、思わず目をぎゅっとつむった。


グランの町に近づくにつれて、高層の建物が増えてきた。だが、相変わらず『未感染者』の姿はあまり見かけない。

いつも通りに、通行の妨げになる『感染者』を始末しながら廃墟を進んで行き、ついに「グラン」に辿り着くか否かの時、ルルゴが言った。

「レミリア様。手帳を」と。

レミリアが、ルルゴの手帳を見ると、走り書きのように崩れた『通信』が書かれていた。レミリアが読み上げる。「逃げ…ろ。来るな。危…険」

「アリア・フェレオからの通信か?」と、ラナは確かめる。

「うん。お母さんの字だ。だけど、危険ってどう言う事だろ」

「これは私の推測だが」と前置きして、ラナは言う。

「アリア達は、ダンキスタンの研究所のデータを持っていた。結果の分からない、不完全なデータを。グランで、また『実験体』を作って居たとしたら?」

レミリアは、この事件が始まってから、初めて「青ざめた」表情をした。


火の手の上がっている研究施設の中で、ピーッ、ピーッと、警報音が鳴っている。「消火剤の散布を始めます。避難して下さい」と、アナウンスの音声が響く。

「急げ、こっちだ!」と、警備員が、アリアをシェルターのほうに呼んだ。

アリアは、「業火」の護符を魔力で燃焼させ、自分の後を追って来ていた『実験体』に火炎を浴びせた。

クリーチャーが一瞬動きを止めた。アリアは、その隙にシェルターの入り口までたどり着き、中に飛び込んで扉をロックした。

シェルターの中には、グランの研究員が2名、ダンキスタンからアリアと共に避難してきた研究員が1名、先ほどアリアを呼んだ警備員が1名、そしてアリアの計5名が居た。

グランの研究員達は、怯えから来る怒りを、アリアとダンキスタンの研究員に向けた。「なんなんだ?! 何故、危険性のある『クリーチャー』だと言わなかった!」

アリアは冷静に答える。「それは上には伝えてあるわ。あなた達が研究を引き継ぐと言った時、私達は『危険を承知で』引き継いだと知らされていた」

警備員の男が、「つまり、あんた達は上層部の手の平で踊らされてたわけだ」とまとめた。

「なんでこんなことに」と、ダンキスタンの研究員が呟く。「『改良』の処置は完璧だった。完璧だったのに…」

アリアは、知能を持った命に対して無知に成れる者達を、軽蔑するように目をそらしていた。