闇の鼓動 Ⅱ 2

アリア達がシェルターに籠ってから、4日目が来た。シェルターに貯蔵されていた飲料水が底をついた。疲弊した者達にアリアが治癒の魔術をかける。

グランの研究所の職員の1人が、「外の様子を見てみないか?」と、他の4人に持ち掛けた。「消火剤も落ち着いてるだろうし」と言う。

アリアは、魔力を宿した目で外を透視しようとした。だが、シェルターは魔力でも封印されているため、鮮明には観えない。

「安全が保障できるなら、そうしても良いけど」とアリア。「救助の気配もないのに、外へ出てどうするの?」

「このまま、水分不足で死ぬよりはマシだ」と、その職員は言う。

「で、誰が様子を見に行くんだ?」と、警備員は他人事だ。

「外への脱出」を言い出した職員が、全員を見回した。全員が、その職員を注視している。

「分かってるよ。僕が行くよ!」と、言い出した本人は自棄になったように叫んだ。


アリアは、数少ない護符の中から、「千里眼」の魔力を宿した護符をお守りだと称して職員に持たせた。そして、シェルター内の魔力でのシールを解いた。

グランの研究所職員―名札の名前には、グリン・セラと書かれていた―は、その護符を持ってシェルターの鍵を開け、外に出た。

出入り口は一息も置かずに閉めたが、どうやら有毒な消火剤のガスは沈静化しているようだった。

「千里眼」の護符を通して、アリアにも外の様子が見えた。4日前にアリアが火炎の護符を投げて火傷を負わせた実験体が、消火剤のガスで死んでいる。

口に手を当てながら、恐る恐るとグリンが研究所の中を歩いて行く。行く先々に、実験体や研究員の亡骸が転がっている。

救助が来た気配はない。その代わり、外部からの感染者の侵入もないようだ。

「水は…水は無いか」と、グリンはブツブツ言いながら休憩所に向かった。給水サーバーがあったことを思いついたのだろう。

給水サーバーは確かにあった。水も十分蓄えられている。だが、設置してあったものからは、何故か水が出ない。壊れているようだ。

グリンは、給水機の隣に置かれた手つかずの水の入ったタンクを見つけた。

10リットルの水を持ってくるのは大変なようだったが、グリンはその重労働をやってのけ、シェルターに水の恩恵を持ってきた。


5日目、職員達は、段々とアリアの生存が自分達の生存につながると認識し始めた。アリアに優先的に水を譲り、自分達は治癒の魔術をかけてもらって状態を維持する。

グリン・セラの「外出」の成功を認めて、アリア以外の全員が、順番に外の様子を見に行くようになった。

一度消火剤の撒かれた室内に、「食べられるもの」は無かったが、少々の道具があった。

マッチ、ラジオ、電池、地図、紙とペン、研究記録のファイル、ロープ、オイルランプ、瓶詰のアスピリン。

ほぼ空っぽだったシェルター内は、1日の探索で随分賑やかになった。

だが、シェルターに貯蔵されていた食料は、5人で分けてあと1日持つかどうか。

不安と空腹で寝付けない者達に、アリアが「鎮静」の魔術をかけ、強制的に睡眠を取らせる。

「外出」が無駄ではないと分かったとしても、起きていれば腹は減るのだ。


6日目、秋も半ばだが、まだ研究所内は暖かい。

警備員のマイク・カレスが外へ出た時は、研究所内の室温が上がっていたらしい。

マイクは長時間外に居られなかった。だが、救急災害用の斧とライトを持って来た。

「とても気味の良いものじゃないな。死体が腐り始めてる」と、マイクはシェルターの中に居た者達に告げた。

「研究所を離れるなら、今しかないわね」と、アリアが言った。「実験体の体液が流出したら、どんな作用を起こすか分からない」

「感染者を殺すだけじゃないのか?」と、専門知識のない警備員は聞く。

「実験体には、変異したウェアウルフ・ウィルスを消滅させる『薬液』を体内に持たせてあるの」

アリアは、内部情報だぞ、と言いたそうなダンキスタンの研究員を威圧するように言う。

「動物達をキメラにしたのは、通常の動物と区別するためと、感染者が肉として認識して、なおかつ感染者の居る遠い場所まで生き延びて『薬液』を運べるように作るめ…の、はずよね?」

アリアがそう聞くと、ダンキスタンの研究員は、おかしな表情で笑んだ。「君が知っている知識としては、そうだね」と言って。

「まだ隠してることがあるのか?!」と、グリン・セラは怒鳴るようにダンキスタンの研究員に詰め寄った。

「ここを離れるなら、好きにすれば良い」と、ダンキスタンの研究員は言う。「私は遠慮するがね。ああ、水は置いて行ってくれよ?」

「秘密があるなら水は分けられないな」と、マイクが言う。「何も、ダンキスタンのことを知ってるのはお前だけじゃない。俺達には、アリアが居る」

僅かの食料と水、それから武器と道具を持って、ダンキスタンの研究員をシェルターに残すと、4人はシェルターの外に出た。

息のつまるような腐敗臭が漂っている。

4人が、用心しながら研究所内を進んで行くと、グリン・セラが「あれ?」と呟いた。

「どうした?」と、もう一人のグランの研究員―名札には、レオナルド・ルードとある―が聞いた。

「アリアからもらったお守りが無いんだ…落としてきたかな」と、グリン。

「引き返してる暇はないぞ」とマイクが言い、「分かってる。だけど、なんだか幸先不安だな」と言って、グリンはお守りを挟んでいたらしいポケットを叩いた。


研究所を抜け出す前に、アリアが「透視」の術を使って、町の安全を確認した。近くに生きている実験体や感染者はいないようだ。

グランの町は、荒れ果てていた。感染者同士、共食いをしたらしい死体が転がっている。

「死体のない場所を探そう」と言って、マイクが指揮を取って研究所から4km程離れた廃墟の、衣料品売り場だったらしいビルの中に入った。

散らかってはいるが、さして汚れても居ないフロアを見つけ、そこに籠城することにした。

シェルターの中ほど室温を調節は出来ないが、体に巻き付ける布には困らない。

アリアは、グリンの落とした「千里眼」の術を込めた護符が何処にあるかは知っていた。シェルターの中だ。

ダンキスタンの研究員が、何か呟いている。既に発狂しかけて居るらしい。

唇を読むと、「何処にも無い。安全な場所なんて」と呟いているのが分かった。