闇の鼓動 Ⅱ 3

アリア達がビルに移動した頃、ラナとレミリアが、入れ違いのようにグランの研究所を訪れた。いつも通り、ラナを通じて「追跡」の魔術を使い、パスコードを入手する。

パスコードを解いてから、「消火剤が撒かれた跡がある。入るか?」と、ラナがレミリアに聞く。レミリアは、いつも通り「もちろん」と答えた。

おびただしい死体と死臭にレミリアは戸惑ったが、ラナが「死体を踏むなよ。体液が飛び散る恐れがある」と冷静に声をかけてくれたので、なんとか恐怖心を抑えた。

ライト代わりに閃光弾を灯し、廊下の奥に投げる。その光が消えないうちに、レミリア達は暗い研究所を捜索した。

「霊体も消滅してる…実験体も、研究者も、だいぶ前に死んじゃったみたい」レミリアは辺りを見回して言う。

ラナが銃を構えながら先を行く。「レミリア。アリアの魔力の気配は?」と聞くと、レミリアは魔力の通過した形跡を辿った。

「お母さんは、もうここからは離れてる。でも、地下に…お母さんの作った護符が落ちてる。そこに、誰かいる」と、レミリア。

「生存者か?」と、ラナは確認する。

「うん。感染者ではない」と、レミリア。

二人は、アリアの護符が残されたシェルターに向かった。


シェルターを開けると、薄暗い電光が灯っていた。電池の切れかけたラジオが、途切れ途切れのノイズを響かせている。

目をやけに大きく見開いた、研究員らしい者が部屋の隅にうずくまっていた。目の焦点は合わず、額に落ちてくる前髪を、整えることもできない。

「アルフさん」レミリアは呼びかけた。「生きてたんだね。お母さん達は?」

「レミレミレミ…レミリア」目の焦点のおぼつかない研究員は言う。「君のお母さんかい? ここから出て行ったよ。昼間にね。馬鹿だね、何処に行ったって同じなのに」

「どう言う意味?」と、レミリアは言葉のまま言う。

「何処にも、安全な場所なんてない。世界は滅んだんだ。この国と一緒にね」異様な挙動不審さで、アルフは地面を這い、レミリア達に近づいて来ようとした。

「止まれ。動くな」と、ラナがアルフに銃を向ける。

「ラナ」と、レミリアは止めようとしたが、ラナが心の声で「感染者ではなくても、こいつはまともじゃない」と言う。

「銃…。そうか。私を撃つのか。ショットガンだね。木っ端みじんだ」と言って、アルフは部屋の真ん中で動きを止め、ハハハと笑う。

「アルフさん、何があったの?」レミリアは心配している。正気だった頃のアルフを覚えている身としては、この変わり様はショックなのだろう。

「レミリア、君は草の香りがするね。大地の種に出会ったんだね? ああ、思い描いていた通りだ」

アルフは一人喋りつづける。

「赤い茶色の髪をした男は、どのくらい生き延びた? 思ったより深手を負わせてしまったから、君にちゃんと伝言できるか心配だったよ。君から、結果を聞きたかったんだ」

レミリアは、「赤茶色の髪の男」がルルゴの事だと気づいた。アルフはお喋りをやめない。

「大地の種は根付いたのかな? でも、君が生き延びてるってことは、潰されちゃったのかな? 可哀想だなぁ。あれは、世界を変える赤ちゃんなのに」

そう言いながら、アルフがまた近づいて来ようとしたので、ラナがその一歩手前に威嚇射撃をした。

「花が咲いていただろう? 大地の種の下に。そうなるはずなんだ。そうじゃなきゃならないんだ」

レミリアは、理解した。自分があの時、抱いた覚悟を。そして言った。

「ラナ。こいつを殺して」

ラナは何も聞き返さなかった。唯、標的の頭に照準を合わせ、引き金を引いた。

散弾で頭を砕かれたアルフは、頭蓋の後ろに血しぶきを飛ばしながら、あおむけに倒れた。

レミリアは、極度のストレスで発狂した体から、アルフの霊体が離れてくるのを待った。会話はほぼ不可能な霊体に手をかざし、その意識の中に残っている記憶を読み取る。

レミリアの紫色の瞳から、涙が一筋流れた。

「何が仕組まれてたかは、分かった。でも、全部じゃない」拳で涙を拭き、レミリアは言う。「私達は、もう少しで世界を滅ぼすところだったんだ」

「レミリア。まず、ここを離れよう」

ラナはレミリアをシェルターの出口に促し、床に落ちていた「千里眼」の護符を拾った。

二人の立ち去った後、完全に電池の切れたラジオが、ノイズを消した。


「千里眼」の護符の位置が変わったことに気づいたアリアが、結界の中で目を覚ました。護符のある場所に視界を飛ばす。

月明かりの照らし出す町に、「変化」した感染者達が溢れている。その中を、メディウム用の白い衣を着て、フラフラと歩いて行く少女の影がある。

夫譲りの、透き通った紫色の瞳を別人のように鋭くしたレミリアと、何処かで出会ったことのあるような気配を纏った女性が、アリアの視界に映った。

一見無防備なようだが、レミリアの周りには、青白い炎の矢と化した鬼火が無数におり、レミリア達に近づいてくる「感染者」の頭を射抜いて回っている。

レミリアを中心に、半径10m以内の「感染者」は、鬼火の追撃から逃げることは出来なかった。

ただ歩いているだけで、レミリア達の周りには死体の山が出来て行く。

感染者達の狂った魂が、死んでもなおレミリアに纏いつこうとする。レミリアは、両手に強い霊力を集め、腕を素早く左右に広げた。

雷によく似たエネルギーが広く解き放たれ、死者の魂を砕き、消滅させて行く。

魔力で霊体を砕くときに似ているが、霊術のそれは、魂の根源まで消滅させ、残るものは「無」だった。

アリアは、ゾッとした。その力を使うことに、ためらいを無くした娘を見て。

アリアは、あえて遠ざかって行くように歩いてくレミリアを、追わなかった。追えなかった。

あの子は戦士になることを選んだのだ。そう、アリアは直感を抱いた。今は、見守ることしかできない。

アリアは、ずっと放ってあった「通信」の手帳に、メッセージを書いた。「行きなさい。だけど、いつか帰ってきて。私が、生き延びてる限り」