夜も明ける頃、レミリアとラナは町から外れ、田園地帯に着いていた。
休みなく力を放出し続けたレミリアは、一瞬意識を失いかけた。簡易結界が、パチパチと音を立てて消滅しそうになっている。
倒れかけたレミリアを支え、ラナは手近な空き家に身を隠した。レミリアの荷物から、魔法陣の描かれた絨毯を取り出す。
ラナは絨毯を広げ、水晶を絨毯の4隅に置くと、囁くように「レミリア。スペルを」と言った。レミリアは、わずかな意識を取り戻し、守護の魔法陣を起動させる。
「もう眠っても大丈夫だ」と言うラナの声を聞いて、安心したように目を閉じ、体の力を抜いた。
ラナは、家の窓から射してくる光に爪と瞳を向けて、夜間に消耗した分のエネルギーを充電していた。
もう少しでフル充電…となる前に、何かの気配がした。充電を一時休止し、気配を探る。人間だ。未感染者。変わった魔力の気配がする。
ラナはレミリアを起こさないように、そっと魔法陣から出ると、魔力の気配を追ってみた。
空き家だと思ったが、誰かいるのだろうか。そんな風に思いながら、廊下を歩いて行く。
居間のような場所で、ロッキングチェアに座っている白髪の老婆が、周りに集まった5~6人の子供達に古い伝承を聞かせている。
その声には方言らしい変わった響きがあり、その振動が治癒の魔術と同じ効果を出していた。
「あら。お客様だわよ」と、老婆が言った。子供達が、ラナのほうを見る。
「すまないな。しばらく休ませてもらう」と、ラナは言った。
「ええ。構いませんわ」と、老婆は言う。「なんでしたら、楽しい昔話をしましょうか?」
「みんなで聞いてたの」快活そうな少女がラナのほうを見る。「精霊が、お姫様を助けたところまで」
「おばあの昔話、面白いよ」少し他の子供より幼い少年が言う。「お腹減ったのも、怖いのも、忘れちゃうんだ」
「この子供達は?」と、ラナは老婆に聞く。
「近所の子供達ですわよ。親御さん達が居なくなってしまったの」と言って、老婆は優しく微笑む。「それで、私の家で預かっているの」
「なるほど」ラナはそう答え、「後で、話を聞かせに来てくれ。連れが動けないのでな」と告げて、レミリアの眠っている部屋に戻った。
レミリアは、不思議な夢を見ていた。6歳に戻ったレミリアが、ウィンダーグの屋敷の中を一人で歩いている。
どの部屋を見回しても、誰も居ない。なんだか寒々しくて、物悲しい。せっかく遊びに来たのに、ボブもシェディも居ないなんて。レミリアは、口をとがらせて階段に腰を掛けた。
「レミー? 何処観てるの?」と、大人になったシェディの声が聞こえた。「ちゃんとポーズとって。まだ15分経ってないよ」
6歳のままのレミリアは、シェディのデッサンのモデルになって居た。着せられた衣装がぶかぶかで肩からずり落ちそうになって居るのを恥ずかしがって、衣装の前をはぎ合わせた。
「シェディ。私…」そこまで言うと、シェディが何か気づいたようにレミリアに近づいてきた。
「なんだろ? この赤いシミ…」と言って、6歳のレミリアの額を撫でる。そして、自分の手の平を見て言う。「レミリア、怪我でもしたの?」
6歳のレミリアは、首を横に振った。だが、眼鏡をかけたシェディは言う。「だって、おかしいよ。そんなに血まみれで…」
そう言ったシェディの額から、ツーッと赤い雫がしたたってきた。
その雫がレミリアの頬に触れた瞬間、レミリアは目を覚ました。
冷たい指が頬に触れている感触がする。白髪の、紺色の服の老婆が、レミリアの頬に手を置いていた。
「ひどく大変な道を歩いてきたのだわね」と、老婆は方言の入った優しい響きの声で言う。「大丈夫。此処には、あなたの心を殺そうとする者はいない」
「あなたは…?」と言いながら、レミリアは多少回復した体力で、なんとか起き上がった。
「レミリア。無理はするな」と、ラナが言う。レミリアは、「ううん。平気」と答えたが、顔面は蒼白だ。
「私は、キルテ。あなたは、レミリアね?」
老婆は話しながらレミリアの肩を撫でる。
「大変な覚悟を決めたのだわね。こんな幼いお嬢さんなのに」
キルテは労わるように言う。
「確かに、今のこの国には、戦える者は必要だわ。でもね、あなたを守ってくれるものは、いつも側にいるのよ? それに、ここは戦場じゃない」
そう語りかけながら、レミリアの額を軽く押さえ、背を支えながら、ゆっくりと横たわらせた。
「もう少し、眠りなさいな。大丈夫。怖い夢は、もう見ない。私が約束してあげるわよ」
その言葉を聞き終わる頃、レミリアは再び眠りに就いた。
夢のない眠りから覚め、レミリアは自分が見知らぬ屋敷のベッドで眠っているのに気付いた。ベッドの上に体を起こすと、寝間着に着替えさせられている。
ラナが傍らの椅子に座り、居眠りならぬ、「居・充電」をしている。
声をかけようかどうしようか迷ったが、ラナの製造過程を教えてくれたリッドの知り合いの科学者が、
「充電が始まったら、なるべく自分から動き出すまで待ってあげて。下手に中断させると、動作不良が起こることがある」
と言っていたのを思い出した。
ラナも「器」がある状態じゃ、完璧じゃないんだなぁと思いながら、レミリアはそっとベッドを降り、自分の鞄を探した。
手荷物は、クローゼットの中にあった。だが、服が無い。
「ルルゴさん。何があったか分かる?」と、道中をついてきている兎の霊に聞くと、執事服を着た兎が、レミリアの肩の上に浮かび上がった。
「キルテと名乗っていた老婆が、ラナ様に、レミリア様をここまで運ばせたのです。そして、治癒の効果がある子守唄を歌っておりました。レミリア様が起きる気配を察して、部屋を去りました」
「私、赤ちゃんと同じ扱いを受けてたってこと?」と、レミリアは目をぱちくりさせ、手足を伸ばしてみた。「確かに、疲れは取れてるから…治癒の効果はあったよ。ところで、私の服は?」
「キルテが子供達に洗濯をさせています」ルルゴはそう言ってから、「レミリア様、『通信』を確認してみては?」とアドバイスし、霊体を消した。
充電の終わったラナが目を瞬く頃、レミリアはルルゴの手帳に書かれたアリアのメッセージを見ていた。
今朝まで、鬼気迫ると言った表情だったレミリアが、少しだけ年相応の笑顔を浮かべているのを見て、ラナは自分の緊張も解けるような思いがした。
これが「安心」と言う感覚だろうか、とラナが思っていると、レミリアがラナの様子に気づいて笑いかけてきた。
「お母さんったら、いつまでも『甘えん坊』なんだから」レミリアはそう言ってフフッと笑う。「『いつか帰ってきて』だって」
「母親の居る場所以外に、帰る場所はあるのか?」と、ラナ。
「あるよ。お父さんの所だって、ミリィの岩屋だって。だけど、どっちに行っても、結局先にお母さんが居るような気がするな」
「なんにせよ、『家族』の居る場所だろう?」
「そう言う事にはなるかな」と、レミリア。「だけど、リッドと二人っきりで岩屋に居るのは嫌」
「何故だ? 祖父だろう?」ラナは不思議そうに聞く。
「だって、リッドって何食べるか分かんないんだもん。ほんと、わけわからないものまで食べちゃうんだよ?」と言って、レミリアはひとしきり、リッドの「悪食」の経緯をラナに披露した。
