ヘリで、デュルエーナの「救援軍」がベルクチュアの田舎に現れた。
隊員だったリノン・ベルは、今回の任務は「狂犬病の撲滅と同じだ」と聞かされていた。そして、その「狂犬病」が、ひどく感染力の強い物であると。
最初の駐屯地は、山岳地帯に近い田舎だったので、まだ病魔は広まっておらず、状況も良かった。
未感染の人の居る家もあり、話も聞けた。
「町に行った者達は、ほとんど帰って来ない。最初は無事に帰ってくるものも居たが、ここ一週間だと、誰も帰ってきたことはない」
「発狂した奴等に追い回されたって言って、逃げてきた人がいる」
「町に行こうとして、おかしな姿をした化物を観て引き返してきたって言う人がいる」
「お父さんが、町にご飯を買いに行った。それから帰って来ない」
そんな話を聞いているうちに、変わった情報が入ってきた。
「町から来た女の人が2人いるよ。でも、どっちも病気じゃない。おばあも、『この人達は大丈夫。不思議な力で自分の身を守れるから』って言ってた」
リノンは、その2人に会うことを志願した。
町から来た女性が居ると言う屋敷に案内され、居間にいた子供達にリノンは缶詰のパンとココアを振舞った。
それまで空腹を何らかの方法でしのいでいた子供達は、甘いパンとココアの香りに狂喜し、我先にパンを平らげた。
噂に聞いた2人に会いたいと言うと、リノンは、老婆に「今は、戦場の話はしないであげてほしいの」と言われ、それを承諾した。
ベッドと椅子の置かれた、客間らしい一室で、その2人は顔を伏せたままリノンを迎えた。
「リノン・ベルと申します。町からの生存者と言うのは、あなた方でしょうか?」
リノンは改まって挨拶をし、「これを、どうぞ」と言って、2人にも缶入りのパンとココアをすすめた。
2人はテーブルに置かれた缶詰には手をつけず、少し暗い表情をしている。町の中で、よっぽどひどい惨状を見てきたのだろう。
「今は、ゆっくり休んで下さい。ですが、一つだけ教えて下さい」
リノンは言う。
「町には、まだ生存者はいますか?」
「はい」とだけ、長い金髪を三つ編みに結った女性が答えた。年の頃はまだ十代後半と言う所だろう。こんなに幼い少女が、危険なウィルスに対抗できる「不思議な力」を持っていると言うのだろうか。
黒髪をショートカットにした、ヘーゼルの目の女性のほうが答えた。「この娘の母親と、研究所の同僚達がグランの町に残されている。その救助を頼みたい」
「了解しました」とだけ言って、リノンが部屋を出ようとすると、黒髪の女性のほうが、「待て」と呼び止めた。
「この国に蔓延している病魔を、『狂犬病』と同じと思うな。化物を相手に戦うことを想定したほうが良い」
リノンはその言葉の意味が解らなかったが、何か貴重な情報なのだと言うことを理解し、「ありがとう」と残して部屋を去った。
翌日、リノンが得てきた情報を基に、救助活動が始まった。
まず、街の様子を観察するために、十数人の第一陣が選ばれ、救援隊としてグランの町に向かった。
ヘリで移動してきた救援軍は、車を持っていなかった。歩いて町まで行くことになる。グランの中心街までは、この田舎から歩いて40kmと言う所だ。
救援物資を持ち、銃を携えて、第一陣は日頃の訓練通りに、足さばきも軽く町へと進んで行った。
「化物を相手に」の意味は、瞬く間に隊員達も知ることになった。
一見人間のようだったが、遠方からものすごい俊足で隊員達にとびかかってくる者がいた。
「止まれ!」と呼びかけても、目を血走らせた狂人は、制止を無視した。
隊員達は、向かってくる者の脚に銃を放った。太ももを銃弾に貫かれ、狂人は倒れこんだ。
口からあぶくを吹き、目を血走らせ、隊員達の方に手を伸ばして来ようとする。その動きは、助けを求めるものではなく、明らかに、「飢え」から来る衝動的なものだった。
「なんだこいつは?」と言う隊員達は最初は疑問に思ったものの、次々に現れる異様な身体能力を持った者達を、「感染者」であると認識するまでそう時間はかからなかった。
ある者は、銃で武装していた。何処を狙っているか分からない様子で、乱射してくる。数名が銃弾の被害に遭ったが、防弾チョッキとヘルメットに守られた。
その狂人も、兵士達に射殺された。
何が彼等を狂わせているかを知るため、兵士達は死体を調べてみた。
だが、発狂していた以外は、特に人間として変わったところはない。医学的に解剖しなければ、理由は分からないとみなされた。
町に近づくにつれ、狂人の数は増えて行った。兵士を狙って隙だらけになった「感染者」を、別の「感染者」が襲撃し、食い殺し始めた場面も、兵士達は目撃した。
「何が狂犬病だ! 話が違うぞ!」と、誰かが叫んだ。
最初は間合いを測る余裕があったが、町に近づくにつれ、接戦になることも増えてきた。隊員達は、防護服の上からたっぷり「感染者」の血液を浴び、引き返すことは出来ないと話し合った。
「感染者」の中には、未感染者を装うものも居たが、恐水症の反応を起こしたので、その場で頭を撃ち抜かれた。
防護服の上から、感染者に首に噛みつかれた者も居た。
その「感染者」は処分され、首筋の肉をかみちぎられた隊員も、「殺してくれ」と言う願い通り、射殺された。
戦場に、おかしな生物が居た。
角の生えた猪だ。
「あれが、『おかしな化物』か?」と言い合いながら、遠くから様子を見ていると、猪は襲い掛かって来た「感染者」を、鋭い角の一突きで刺し殺した。
赤黒く見えた体毛は、どうやら感染者の血液を浴びた跡だ。
「あれには触りたくないな」と隊員達が言っていると、「おかしな生き物」は武装した人間が多数いることを察してか、隊員達の前から姿を消した。
兵士達は、その日得た情報を、無線で駐屯地に伝え、町はずれで野営をした。
月の昇る頃、何処かで獣の唸るような声が聞こえた。それも一つではない。町中から聞こえてくる、何十匹、何百匹の荒々しい唸り声。
そして、火を焚いている野営地に、何者かの近づいてくる足音がする。爪を備えた四つ足の動物が歩く音にも似ていた。
「こんな町中にクマでも居るのか?」と、見張りの兵士が言い合っていると、月夜の中に青白く光る目が無数に見えた。
銃声と悲鳴、血飛沫と獣の咆哮。「怪物が…」と言いかけた通信を残して、救援隊は消息を絶った。
