闇の鼓動 Ⅱ 6

ウィンダーグ家の居間のテレビに、ベルクチュアでの惨状のニュースが、航空映像で流れた。

「現在、ベルクチュアの中心部、『グラン』の上空です!」ヘリの起こす風の音に負けないように、大声でリポーターが言う。

「数日前に駐屯地から街へ向かった救援隊が、『怪物が』と言う通信を最後に消息を絶っています!」

そのニュースを一通り聞いた後、シェディ・ウィンダーグはスッとソファから立ち上がった。

「シェディ」と、ルディ・ウィンダーグが息子の気配に気づいて声をかける。「外国旅行の資金なら出せないぞ」

「要らない。僕も多少の貯金はある」と、シェディは言い返す。

「シェディ、落ち着け。戦場にお前が出かけて、何の役に立つって言うんだ?」と、ルディ。

「身の守り方くらいは知ってる。僕だって、絵を描いてただけじゃないからね」と、シェディ。

「シェディ、良い?」と、一緒にニュースを観ていた母親のシャルロッテが言う。「戦場って言うのは、あなたが思ってるより過酷よ? 食事も満足に取れないし、緊張を解ける環境じゃない」

「そんなの分かってる」と、シェディは不機嫌そうに言った。

「お前が出て行かなくても、優秀な兵士達がきっと状況を回復してくれる」ルディはそう説いたが、シェディはこう聞いた。

「父さんは、今、母さんがベルクチュアに居たとしたら、迎えに行く?」

そう言って、シェディは翡翠色の眼で父親をにらむ。

「それとも、指くわえてニュースを観てる? 『闇の者』との戦い方も知らない人間に任せて?」

ルディは言葉を失った。だが、部屋を出ようとした息子の肩を背後からつかんだ。

「そこまでだ、ルディ」と、ドアを向こうから、白髪にアッシュグリーンの眼をした青年が顔を出した。ナイトが起きて来たのだ。「シェディの満足するようにさせてやれ」

どうやら、ルディの父親、ナイト・ウィンダーグは、髪の色以外を「変化」させられる能力が、今の所失われているらしい。

「父さん。何言ってるんだ。シェディには無理だ」と、ルディは言う。

「じゃぁ、お前が行って来るか? 元・バックパッカーよ」ナイトは意地悪気に言う。「お前が行くなら、私も手を出さない。だが、シェディが出かけるなら、道案内にくらい着いて行ってやる」

「おじい様…」シェディは、思わぬ援軍の登場にそう呟いてから、「ついてきてくれるのは嬉しいけど、大丈夫なの? 日射し」と聞いた。

「千年以上生きるなら、一度死んでみるもんだな」と、ナイトは言って、シャツの下から金細工のアミュレットを見せた。「今の状態だと、こいつを付けていれば、直射日光以外は防げる」

ポカーンとしている息子夫婦を置いて、ナイトは孫の肩に手を置くと、書斎へ向かった。

「さぁ、まずは荷造りだ」と言って、ナイトは書斎の椅子に腰を掛けた。「戦場では何が必要だと思う?」

「う…うーん。武器と…地図?」シェディはしどろもどろに言う。

「ふむ。悪くはない。だが、今人間を襲っている『敵』にはどんな武器が聞くと思う? そして、『敵』の居る場所はどうやって知る?」と、ナイト。

「『敵』…そうだ。情報。ベルクチュアを、何が襲ってるのか知らなきゃ」と、我に返ったようにシェディは言った。

孫息子の機転の速さに、ナイトは満足そうに微笑んだ。

そして、ノートパソコンの上に申し訳程度に置かれていたスカーフを避けると、パソコンを開き、手の平から魔力を送って「トム・シグマ」を呼び出した。


アリア達が廃墟のビルに籠城を決めてから、1週間が経とうとしていた。疲労で意識を失いかけていたアリアの頬に、冷たいものが触れる。

驚いて目を開けると、マイクが、冷えた水入りのペットボトルをアリアの頬に押し付けていた。「目は覚めたか?」と、アリアに明るく聞く。

「どうしたの、この水…」とアリアが聞くと、マイクは、「近くの地下に食品売り場だったところがあった。そこで手に入れた。一応、安全かどうかチェックしてくれ」と言う。

「安全かどうかもわからないペットボトルで起こさないでほしいわね」と言って、アリアは目に魔力を宿し、水の入ったペットボトルを観た。

危険はないようだ。

「飲んでも大丈夫よ」と答えると、マイクとルードが、何処かで手に入れたトランクケースから、次々に食糧を取り出した。缶詰、チョコレート、クラッカー、真空パックに入ったゼリー飲料。

「こいつ等のチェックも頼むよ。俺達じゃ、もう何がなんだか分からん」と、マイク。

「次からは、私も探索に行くわ」と、アリアは言った。「同じトランクに一つでもウイルスのついてるものがあったら、全滅だもの」

マイクたちの戦利品をチェックして、アリアは「今回は全部大丈夫」と判断した。


第一陣の壊滅を国外に伝えるニュースより先に、第二陣の救援隊がグランの町を目指していた。防護服を着た隊員達がてこずったのが、感染者の肉を食って狂暴化した烏達の襲撃だ。

防護服を食い破られるわけではないが、火器も恐れず空から舞い降りてくる「厄介者」に、救援隊は残弾数を憂う事態となって居た。

同じ頃、キルテの屋敷で、子供達とわらべ歌を歌いながら「手遊び」をしていたレミリアの下に、再びリノンが現れた。

それまで明るかったレミリアの表情が、一気に曇る。戦場の様子を聞きに来たのだと言うことを察したのだ。

レミリアも、話さなければならないことだとはわかっていた。デュルエーナからの救援軍は、正しい情報を知らないのだ。

自分が居室としている客間にリノンを連れて行き、子供達に聞こえないように、小声でレミリアは話し始めた。

「ベルさん。あなたは、ウェアウルフと言うものを知っていますか?」

レミリアが聞くと、リノンは「はい」と答えた。

「伝説に出てくる、狼の化物ですよね? 月の光を浴びると、人間から狼に化けるって言う…」

「そのウェアウルフと言う存在が、大規模な疫病として広がっている…と言うのが、ベルクチュアの現状です」と、レミリアは言った。

リノンは、耳を疑った。だが、黙ってレミリアの次の言葉を待った。

「私は、元・魔女です。私達の世界でも、ウェアウルフ化は危険な病として知られています」

レミリアは、心の中で、自分に落ち着くように言い聞かせながら、今までの顛末を語った。デュルエーナの魔術ブームと、ベルクチュアのクリーチャーの製造から、順を追って。

事の始終を聞き終え、リノンは大きくため息をついた。話を続けるレミリアの腕が震えているのには、気づいていた。

「それが、全てですか?」とだけ、リノンは聞いた。

「私が知っているのは、そこまでです」レミリアは真剣な顔で返した。だが、ラナが作られた時の事だけは黙っていた。

いくらデュルエーナでも魔術が認知されているとは言え、ラナの存在は、魔術を知らないものにとっては理解しがたいものだからだ。

「ありがとうございます。話していただけて」リノンはレミリアに握手を求めた。「『怪物』の正体が分かっただけでも、私達は救われました」

レミリアは握手を返し、こう付け加えた。「『実験体』のほうは、もしかしたらあなた達の前には姿を現さないかも知れません」

「何故ですか?」と、リノン。

「『実験体』は、通常の『感染者』と比べると、非常に知能が高いからです。魔力を持たない人間だとしても、武装している間は用心して近づいてきません。

もし、戦場で、進路を妨害する者が現れたら、すぐに引き返して下さい。駐屯地でなくても、敵の居ない場所に。『彼等』は弾丸が無くなる時を狙ってるんです。

それと、月夜に火を灯して野営するのは避けて下さい。ウェアウルフは、火を怖がりません」

リノンはそれを聞いて、自分のすべきことが分かった。「了解しました」

そう答えて、キルテの館を後にすると、無線で本部に連絡をした。「第二陣救護隊を、すぐに町から避難させて下さい」

「ベル隊員。理由は?」と、中継士は聞いてくる。

「ベルクチュアには、狂犬病とは違う、ある疫病が広がっています。非常に特殊な疫病です。夜間まで救助活動を続けると、その疫病に感染する恐れがあります」

リノンはショッキングな話は避け、一般の人間でも納得できる表現で伝えた。

「了解しました。救援隊には帰還の指示を出します」

その日のうちに、弾切れ直前の救援隊は、命からがら町から戻ってきた。防護服の上から、散々烏につつかれた傷を作って。


誰かに出来事を説明すると言うのは、ひどく心を落ち着かせるもののようだ。洗面台で顔を洗ったレミリアは、自分の目にまた「闘志」が宿っているのを見た。

だが、自分の疲労も知っていた。いくら、若くエネルギーに溢れているとは言え、数日前の疲労はまだ蓄積している。

子供達と一緒にキルテの手伝いをしていたラナに、レミリアは声をかけた。

「ラナ。今日中に、グランの町に行って。ベルさん達じゃ、きっと手におえないから」

食器洗いをしていたラナは、手を洗ってタオルで拭き、ヒヨコの柄のエプロンをはずした。

「何か策があるのか?」と、ラナ。

「うん。鬼火の使い方を、工夫する方法を思いついたの」

そう言って、レミリアは強気な笑みを浮かべた。