ディオン山のベルクチュア側でも、ベルクチュア国内の惨状は噂になって居た。
「月夜には麓に降りるな。化物の群れが街の中で遠吠えしてやがる」
山の管理人達の間では、そう囁かれている。
テイルは、自分の妻と娘になんとか連絡を取ろうとしたが、アリアの家の電話は、何度かけても留守番状態になって居る。
テイルの家族構成を知る仲間は、少し苛立ち気味に電話を切るテイルを見て、「落ち着け。俺達の仕事は、国境を守ることだ」と言い聞かせた。
「とても仕事に熱中できる気分じゃない」とテイルは言い、そして気づいた。町の方から、おかしな烏の群れが来ることに。
非常に殺気立ち、荒々しい鳴き声を響かせながら、黒い雲のようにディオン山に近づいてくる。
「外に居る奴等を呼び戻せ! 避難させるんだ! 何処でも良い、身を隠せる場所に…!」テイルは仲間達に言って回った。
そして、休憩していた二人の同僚に、「アーム。デノ。死ぬ気はあるか?」と聞いた。
その二人は、ディオン山に居る国境警備員としては、腕利きの銃の名手だった。
彼等を呼びつけることは、かなりのレベルの危機が迫っていることを意味する。
「どうしたんだ?」と、デノが聞いた。
「あの烏を、一匹も国外に出しちゃならない」と言って、テイルはマガジンのついたショットガンを二人に持たせる。「俺も手伝う。烏が国境を越えたら、化物の病が国外まで広がる」
アームとデノは即座に事態を理解し、テイルから銃を受け取ると、コートをひっつかんで着込み、三人で山小屋の外に出た。
外からは、見回りに行っていた管理人達が、腑に落ちないと言う顔で戻ってくる。
「テイルが息巻いてるって言うから戻ってきたけどよ…。何があったんだ?」
「烏が、化物の病を持ってくるって言ってたぜ。デノ達を連れてった」
「そりゃ、気味の良い話じゃねぇな」
「俺達の腕じゃ撃ち落とせねぇって事か」
「ああ、唯の烏じゃねぇんだろうな」
「テイルも一緒に行ったのか?」
「おう。デノ達を手伝うとよ」
「大丈夫なのか? テイルの奴は」
「大丈夫だろ。あいつ、変な力があるから」
「変な力ってなんだい?」
「アンソニーの奴が、『テイルはいつもオーブに守られてる』って言ってんだ」
「アンソニーって、あのアンソニーが?」
「この山でアンソニーって言ったら一人しか居ねぇだろ」
「そりゃ、確かに眉唾じゃねぇな」
「デュルエーナから来た奴等は、みんな魔力持ちばっかりだ」
「数年前まで、向こうで『魔女狩り』が起こってたって話も真面目か?」
「もちろん。ひでぇ有様だったらしい。見つかった魔女や魔術師は、晒し物にされて、首を、こう、だ」と言って、ある管理人が、喉を切り裂くジェスチャーをする。
「テイルの嫁さんも、相当な腕利きの魔女だって話だぜ。あいつの嫁さんの作ったアミュレットは、本当に効果があるんだとさ」
「俺、そのアミュレット、持ってるぜ。テイルから、誕生日にもらったんだ」と言って、若い短髪の管理人が木彫りの不思議な人形の形をしたアミュレットを取り出す。
「なんだこりゃ」と、他の管理人達は言った。
「俺、トーテムポールが好きなんだ。だから、そんな感じの形が良いって言ったら、これ作ってもらった」と、個性的な趣味の管理人は自慢げに言う。
「今、アンソニーは何処だ?」
「無事だよ。西の派出所。あいつも、『嫌な気配がする』って言って、小屋に籠ってたらしい」
「じゃぁ、本物かどうかは分かんねぇな」
「まぁ、なんにもないよりマシだ。俺達はこのアミュレットに願掛けでもしておこうぜ」
「俺のアミュレットだぜ?」
「ジョン。この山じゃ、生き残るための物はみんなのものだ」
「へーへー。分かってるよ。ほい」と言って、ジョンと呼ばれた短髪の青年は、テーブルの上にアミュレットを置く。「さぁ、願掛けでも、懺悔でもしやがれ」
テーブルの周りを囲んで、山小屋の住人達は手を組んで頭を垂れ、祈り始めた。
祈りの途中でちょっと目を開けたジョンは、アミュレットが一瞬、青い光を放ったのを見た気がした。
だが、目が夕日で焼けたのだろうと思って、瞼を閉じて再び祈り始めた。
外では、確かにおかしな烏の群れが山に向かって来て居た。
もうじき日が暮れると言うのに、森にもとどまらず、その勢いはテイルの言った通り、山を越えようとしているかのようだ。
アームとデノが、群れの外側に威嚇射撃をした。広がっていた鳥の一群が、弾丸を避けて固まりになる。
そして、塊の群れを「撃ち落とす」弾丸を放った時、二人は不思議なことが起こったのに気付いた。
弾丸に青白い炎が纏いつき、反動は唯の散弾と同じだが、散る弾の一粒一粒の威力が、通常の短銃並みはある。そして、どの弾丸も、散弾であるのに、追尾弾のような軌道を見せるのだ。
「テイル! これは…」と、アームが呼び掛けた。
「お喋りしてる暇はないぞ!」と、テイルが言い返し、自分も銃で烏を撃ち落とす。その弾丸の軌道も、まるで生きているかのようだ。
三人がかりで弾幕を張っていたが、烏の群れは一群だけではない。最初の群れを撃ち落とし切ったと思った途端、また遠くから黒雲のような鳥の群れが押し寄せてくる。
アームが「マガジンを入れ替えてる暇がない!」と、二人に告げる。
テイルはまだ応戦できるだけの弾数があったが、先陣を切っていたアーム達に余裕はなさそうだ。
孤軍奮闘したが、数十羽の烏が頭の上を通過して行った。
しまった、と振り返った途端、遠く背後にあった山小屋から、「退魔」の魔力が解き放たれた。
テイルは、自分の妻の魔力であることが分かり、ジョンに持たせていたアミュレットが効力を発していることを察した。
光の壁にはじかれた烏達が、引き返してくる。
その合間に、マガジンを入れ替えたアーム達が、戻ってきた数十羽を一匹残らず撃ち落とした。
しかし、黒い羽は、まだ天空をうずめている。
テイルは、上空の烏の群れの中に、鬼火の弟達が消耗することは覚悟で、数匹の鬼火の力を込め、散弾の一撃を放った。
その弾丸が、どんなごまかしも利かないほど、ぐにゃぐにゃと網のように広がりながら、烏の群れを切り刻み、生き残った烏は町の方に戻って行った。
「テイル…。何をしたんだ?」と、デノが聞く。
「アンソニーに聞いてくれ」と、答えて、テイルは溜め息をついた。
