ベルクチュアの危機について書かれた新聞を床に叩きつけ、リッドは床から立ち上がると、イライラと岩屋の中を歩き回る。
「苛ついても仕方ないでしょ」と、ミリィも不機嫌そうに言う。「あなたが出かけても、どうにもならないんだから」
「方法はある」と、リッドは考えながら言う。「だが、確かに俺一人で出かけても、どうし様もねーな」
「それは味方に誰かあてがあるってこと?」と、ミリィ。そう言う彼女も、万が一のことを考えて、強壮剤になる丸薬を作っている。
「素晴らしき、俺の甥とか?」と、リッド。
「無理よ。魔力だけで生きてるパンパネラが、魔力を消耗するような真似すると思う?」と、ミリィ。薬草を洗う手つきは、まるでむしり取るようだ。
「あのー…」と、穏やかな青年の声がした。「リッド・エンペストリー氏は、御在宅でしょうか?」
翡翠の目とブラウンの髪をした、20代前半、と言う風な、身なりの良い眼鏡の青年が、岩屋の入り口でまごまごしている。
「リッドは俺だが?」と言って、声のしたほうに歩いて行き、「おー。…シェディだっけ? でかくなったな」と、馴れ馴れしく声をかける。
「お久しぶりです。リッドさんは、お変わりないですね」と、丁寧な言葉で青年は応える。「実は、祖父も来ているのですが…。途中で陽が射す場所があったので、森の中で一休みしてます」
「生憎、俺もまだ出かけられる時間じゃねーな。もう少し日が傾けば、山影が出来る。その頃、じーちゃんを連れて来てやりな」
リッドはそう言ったが、ミリィが呼び止めた。
「リッド。お客様をいきなり追い出してどうするのよ」ミリィが岩屋の出入り口に出てくる。「シェディ君。話は娘達から聞いてるわ。せっかく来たんだから、お茶くらい飲んで行って」
「あ、はい。ありがとうございます」と言って、シェディはぎこちなく岩屋に入ると、勧められた椅子に座った。
山影が出来る頃、ナイトは見事な健脚で、一人で岩屋までたどり着いた。
「ごきげん麗しいようで。伯父様、奥様」と、登山用の帽子を取って挨拶をする。「途中で地滑りの跡がありましたが、何か異変でも?」
「先月辺り、百年に一度って言う集中豪雨が降ったんだ。その時崩れた」
リッドは言いながら、岩屋の片隅に山を作っている新聞紙を指さす。どうやら、長期間新聞を熟読しているようだ。
「ふむ。先に此処に来たのは、伯父様のご都合にもかなったようですね」ナイトはそう言ってから、孫の肩をつついた。
シェディは、丸暗記してあったらしい「お願い」の言葉を、中世の騎士が主君に申し出るような言葉で述べた。
現代語に置き換えると、「ベルクチュアから、レミリア達を助け出したいので、どうか助力を貸していただけないでしょうか」と言う事らしい。
「うむ。実に渡りに船である」リッドはふざけて言う。それから急に真面目な顔をして、「だが、助け出すって言うのはどんな方法でか、が、問題だな?」と言いながら、ナイトを観る。
ナイトは、リッドの言葉を待つように微笑んでいる。シェディは、リッドの言葉の意味を測りかねてポカンとした。
「方法は2つある」とリッドは言う。「その1、ベルクチュアからレミリアとアリアのみを『引き離す』。このことで、2人の命を救う」
そして続ける。「その2、ベルクチュアに平和をもたらす。このことで、レミリア達を困難な状況から『助け出す』。どっちが良いと思う?」
「それは…」と考えて、シェディは言う。「僕にできるのは、1番の方法だけです。でも、レミリア達が、自分の国を救いたいって言うなら…それに力を貸したいです」
「なるほど。正直、かつ、おりこうさんな答だ」リッドは満足したらしい。「リーザ、久しぶりに、お前の腕の見せ所だぜ?」
「あら。私は無謀な生物を増産して破滅した隣国に、何をすれば良いのかしら?」と、ミリィはとぼける。「私としては、1番の方法でも全然かまわないのよ?」
「娘婿の仕事先が心配じゃないのか? あいつがベルクチュアで働いている以上、レミリアとアリアも自分達だけ疎開するってのは納得しないぞ」と言ってから、リッドは「たぶんな」と付け加えた。
「その『たぶん』の理由は?」と、ミリィ。リッドは「あいつらの夫婦愛と言うものが冷めて無ければ、の事だ」と言う。
「それは冷めてそうも無いわね」
ミリィの答を聞いて、誰よりもナイトが一番うれしそうにニヤニヤしていた。
残弾数を計算しながら、ラナはグランの中心部に到着した。レミリアから預かった鬼火を十数匹連れて。
自分を見下ろす位置に、レミリアの「視野」の気配があることを、ラナは確認した。
ラナが魔力を宿した目で透視すると、物陰に「感染者」達が隠れていた。日が落ち切るのを待っているのだ。
ラナは、噛まれても血を浴びても「感染」することはないが、帰るまでの間に感染者の体液を洗い流さなければならない。
グランの研究所を再び訪れ、洗浄機が生きているかどうかを確認した。グランの研究所の洗浄機は、壊れていて水が出なかった。
それどころか、死体から腐敗液が流れ始め、安全に歩ける床の面積まで減っている。
ラナは、戦うためには防護服が必要になると判断した。慎重に研究所内を探索し、手の付けられていない防護服と手袋、そして長靴を見つけた。
白づくめの格好になる頃、太陽は西に傾き始めていた。
グランの研究所を出ると、待っていたと言わんばかりに、ナイフや銃器を持った「感染者」達が襲い掛かってきた。
ラナは素早く跳躍し、ナイフと狙撃を避ける。レミリアが鬼火に霊術をかけ、ラナの銃に憑りつかせた。ラナが引き金を引くと、鬼火の魔力の宿った弾丸が、数名いた「感染者」達の頭を撃ち抜いた。
一つの弾丸で数名から十数名の敵を始末できるなら、残り三つのマガジンでも、なんとかなるかも知れない。
アリアの作った「千里眼」の護符と同じ魔力を追いながら、ラナは移動を開始した。
「千里眼」の護符の気配が、アリアにも届いた。視界を護符の位置に飛ばすと、防護服姿の誰かが、銃を持って町を歩いているのが見えた。
顏もマスクに覆われているので観えないが、体のフォルムからして、女性だ。魔力の気配で、先日レミリアと一緒にグランを離れた人物だろうと目星は付いた。
外は、日が沈みかけている。どうやら、この人物は、郊外からずっと歩いてきたようだ。だが、疲れている様子はない。
アリアは、その人物が「鼓動」を打っていないことに気づいた。「彼女」の体を包んでいるのは、生命エネルギーではなく、電力だ。
飢えた「感染者」達が、彼女の行く手を阻むと、その女性のような機械は、軽やかな身のこなしで敵の襲撃をかわし、俊足で十分な距離を取ってから、「感染者」の頭蓋を撃ち抜き、始末した。
アリアは、心強い「味方」が現れたことを知った。
「どうやら、生きて帰れそうね」
そう呟いて、顔を両手で叩いた。
