闇の鼓動 Ⅲ 3

「感染者」と同じ気配を発するようになったマイクは、昼間の間にレミリアが見つけた「未感染者の集まっている公園」の様子を見に行っていた。

アリアがマイクに持たせていた「守護」の護符の魔力を辿り、レミリアは俯瞰の視点からマイクの様子を観察している。

公園の出入り口はバリケードが施されていたが、上空は守護の結界すら張ってない。

バリケードの前に、獣の姿をした「感染者」が居る。

「よぅ。お前も腹減りか?」と、その感染者は思わぬ滑らかな発音で言った。喉までは獣に変化していないようだ。

「まだ満腹だ」とマイクは返した。「人間の気配がしたんで、様子を見ようと思ってな」

「此処は肉の養成所だ」と、見張りらしいその感染者は言う。「今は294匹いる。子供は選ぶなよ。大人になるまで育ててから食うんだ」

「ふーん。こいつらの餌はどうするんだ?」と、マイクも「感染者」らしく振舞っている。

「その辺から拾って来て、投げ入れる。俺達も、さすがに『食事』を目の前にしたら、食い殺したくなって仕方ない」

「そんなんじゃ、食う部分が減らないもんか? 痩せてガリガリの肉を食っても、腹は満ちないだろう?」

「ありがたいことに、慈悲深い隣国が餌をばらまいてくれてるんでね。こいつらは、毎日腹いっぱい食ってるよ」

「なるほど」と、マイク。

「お前、そこそこ知能は保ってるみたいだな」と、見張りは言う。「それなら、『灯台』に行ってみな。レベルの合う奴等がいるはずだ」

「なんだ? 灯台で集会でもしてるのか?」

「そうだ。人間達に対抗するために、作戦を練ってる」

「へー。そんな組織があったとはね」

「俺達も、唯の病人じゃねぇってことさ。生き延びる方法ってもんを、みんな必死で考えてる。最も…」と言いかけ、見張りはマイクの背後を指さした。

「そう言う奴等には気を付けろ」

そう言われて、マイクは背後に「敵」がいるのを知った。振り向きざまに、拳を固め、敵の横面を殴る。

敵の体が、車にでもぶつかられたかのように吹っ飛んで行ったので、マイクは一瞬、自分で殴ったのかどうかを疑った。

「なんなんだ、あいつは…」マイクが呟くと、見張りが教えてくれた。「飢餓状態が続いて、錯乱してるんだ。もう、感染者だろうと未感染者だろうと、お構いなしになってる奴等だ」

「俺達のイメージが悪いのは、『腹ペコ』達のせいか」と、マイクは話を合わせた。

「さぁさ、その『腹ペコ』達が集まって来ないうちに、『灯台』までひとっ走りしな。俺も、いつあんたを『飯』だと思うか、分からないんだぜ?」

「あんたは、割とまともそうに見えるけどな」

「腹がいっぱいのうちは、誰だってまともさ」見張りはそう言うと、バリケードに寄りかかって座り込んだ。

これ以上は話は聞けなそうだと思ったマイクは、『灯台』と言う言葉を頼りに、海へ向かった。


運動能力の高くなったマイクは、50kmほどを1時間で完走し、海の潮風が漂う場所まで来た。日が登り始め、マイクは最初の苦痛を味わった。日光が強くなるにつれて、目が鋭く痛む。

そして、潮風の湿度。これは、鼻に纏いついて息をふさぐ。

毎日、昼間はこの苦痛が続いていたら、腹が減って無くても発狂しそうだ。

「何してる! こっちだ、来い!」と、誰かの声がした。それも、かなり遠くから。

岬の灯台のほうから、人間の「声」ともつかない声が聞こえてくる。

マイクの様子を観察し続けているレミリアは、それが「心の声」であることに気づいた。

マイク本人は訳の分からないまま、声に導かれて灯台に辿り着き、開けっぱなしだった扉をくぐると、ようやく目を焼く日射しと息苦しい湿度から逃げた。

灯台の螺旋階段の途中に、人間の姿に戻った「感染者」達が、通路を開けたまま階段や壁に寄りかかり、眠っていた。

どうやら、昼間も躍起になって「食事」を探さなくても良いくらいの余裕のある生活をしているようだ。

「こっちだよ」と、今度は実際の声が聞こえてきた。

ありあわせの物で窓をふさいだ、灯台守の部屋に、数名の「人間」らしき者達が居た。

「ようこそ。新入り」と、今までの感染者とは明らかに違う様相の青年が、声をかけてきた。「僕はオリン。君の名前は?」

「マイク」と、短く答え、グランの公園の見張り番から、この灯台の事を聞いたと告げた。

「そうか。セトも、ちゃんと仕事してるみたいだね」と、オリンと言う青年は言う。「ここに来た者は、まず『カイン』と話をすることになってるんだ。こっちに来て」

「カイン? それが、ここのお偉いさんか?」と、マイクはオリンの後に続きながら言う。

「うん。指導者ってやつかな。すごく頭が良い。3日後のことまで予想がつくんだって」先を歩きながら、自分の事のように、嬉しそうにオリンは言う。

そして、ある扉の前で止まった。「カインはこの部屋にいる。挨拶してきて」

「分かった」と答えて、マイクは扉をノックし、中に入った。