闇の鼓動 Ⅲ 4

「『城』へようこそ、潜伏君」と、短髪の頭から、3本の角を生やしている人物が言う。整頓された部屋は、「悪の居城」にしては、ひどくこざっぱりとしている。

小さなろうそくを灯せるだけのテーブルと、「玉座」にしては簡素な一人掛けソファがあり、その人物はソファに座って腕を組んでいた。

ありあわせらしい、布切れを雑に縫い合わせた服を着て、目は赤い光を灯している。

「潜伏君?」とマイクが聞くと、「潜伏期間中に此処に来れたものは、全員そう呼んでる」と『カイン』は言う。「名前は? 偽名でも良いぞ?」そう言ってカインは鼻で笑う。

「マイク。生憎、本名だ」と、マイクは名乗った。「『セト』だの『カイン』だの、何処かの聖書のにおいがする名前が多いが、これは偽名か?」

「正確には違う。コードネームだ」と、カインは言う。「俺達は、『アベル』を創るための実験体なんだ。聖書とは逆でね」

「詳しい話は聞かせてもらえるか?」と、マイクは聞いてみた。

「長い話になるぞ。茶の用意は出来ないが、椅子にくらい座れ」と言って、カインは部屋の隅にあったチェアを進めた。


俺が目を覚ましたのは、研究所の「手術室」でだった。体中に管を付けられ、麻酔で脱力した俺は、身動きもとれなかった。

「第一回投薬を開始します」と、ご丁寧に看護士らしき人物が言った。俺は、自分の血液の中に、何等かの「異物」が入ってくるのが分かった。

「異物」の浸透して行く血管が焼かれるように痛んで、麻酔が効いて無きゃ苦痛の悲鳴くらい上げていただろう。

体中が焼け爛れたような気がした。俺は麻酔の力もあって、意識を失った。

次に目が覚めると、病院らしき個室に居た。ベッドが一つ、渡しテーブルがかけられ、片手は、ベッドの柵と手錠でつながれている。

妙に頭がはっきりしていた。それと同時に、ひどく腹が減っていた。俺は手術着のままで、髪の毛は剃られ、人間らしい体裁なんてない。

防護服を着た看護師が、食事を運んできた。パンとスープと薄いハムが二切れ。馬鹿にされたもんだ。

それでも、飢えていた俺はそのわずかの食事にがっついた。その様子を見て、野良犬に餌をやったかのように、看護士達はニヤニヤ笑っていた。

俺は自分の扱いについて、文句を言う権利はない。何せ、元は死刑囚だ。すっかり沁みついていた「隷属根性」ってやつの傍ら、俺は自分の頭に別の「視野」があることに気づいた。

部屋の外の様子が、透けて見えたんだ。

なんでも見透かせた。俺の知りたいこと全部。俺を閉じ込めている、その部屋のパスコード、手錠の鍵の在処、病院のような施設からの脱出方法、何処に見張りが居て、何処に監視カメラがあるか。

それと共に、俺に「投薬」された薬物と同じものを打たれた、色んな生き物がいる独房みたいな場所も見つけた。どいつもこいつも奇妙な姿をしていて、みんな同じ目つきをしている。

「人間」を蔑む目だ。正確に言えば、その研究所の職員を、な。

俺の感覚は、数回の投薬を受けるうちにどんどん鋭くなり、その感覚のコントロールの仕方を覚えた。

IQテストの結果が、「測定不能」にまで高くなる頃、「人間」と見分けを付けるためだと言って、この角を植えられた。

俺の骨の細胞から作った物だそうで、拒絶反応はない。俺には直接言わなかったが、「悪の申し子としてはぴったりなデザインだな」とか言ってせせら笑ってる、腹を突き出した研究員が居た。

俺は、閉じ込められている部屋の中から、そいつの脊椎を、へし折った。


マイクはそこまで聞いて、「それは、どうやって?」と聞いた。

「世の中に『魔術』や『魔力』って言うものがあるのは、お前も噂くらい知って居るだろ?」と言って、カインはマイクがズボンのポケットに挟んでいた護符を指さした。

「お前が無事にここに来れたのは、その護符の助けだ。潜伏期間中とは言え、朝日で目が焼けなかったのはな」そう言って、カインは片手の指を軽く上げた。

護符がマイクのポケットから飛び出し、宙に浮いて其処に刻まれた呪文をカインに見せた。

「なるほど。相当な魔術の使い手が作った物だな」そう言って、カインは指を下げた。護符が、マイクの手元に戻る。

「俺の能力は、『魔術』ほど統率されたものじゃないが、それに近い力を持っていた。その力で、俺達が何故創られたのかを知った。さっきも言った通り、『アベル』を創るためだ」

マイクは、両手に護符を持ったまま、息を飲んでカインの話に耳を傾けた。


造物主が、何故「カイン」を無視し、「アベル」を贔屓してたのか、それは「アベル」こそが、「良き人間」であったからだ、単純に言うとそんなファンタジーをダンキスタンの研究員は持っていた。

大洪水を生き残った「セト」でさえ、今様の「欠けた子孫」しか残せなかった。ならば、「アベル」が世界の指導者となれば、良き人間、良き社会、良き世界が生まれる。そんなおとぎ話だ。

笑い話だとは思わないか? 自分達を「欠けた人間」だと知りながら、「完全な良き人間」である「アベル」を、どうやって創るんだ?

もちろん、研究者達だって、そんなファンタジーを真に受けてるわけじゃない。造物主ってのは、化学が野心を持った時に利用されるためにあるってことだ。

その「良き人間」であるアベルは、自らの造物主である「研究員様」に仕えることになると思ってたのが、ダンキスタンの研究員達の落ち度だな。

俺に投薬された薬剤の原料である、「Kid-A」って言う人間の子供から採取された血液は、セトや俺でさえ、「血の下部」にはさせなかった。自由な意思と、自在な能力を持たせた。

セトのほうは、俺より先に作られただけあって、まだ不完全な「変化」の姿が残っちまったが、あいつも昼間は、俺よりまともな人間だ。

空腹を「肉」以外で癒す方法を知ってるし、あいつは「肉を集めている」とか何とか言っただろうが、あの公園の人間を「守っている」のも、セトだ。

あいつも、自分が「普通の世界じゃ生きられない生物」に成ってることを知っている。だから、俺が「ちょっとした混乱の種を植えてやろう」って言い出した時、話に乗ってきた。

俺達がまいた種は、些細なもんさ。動物がベースになってる「実験体」達に、奴等の作られた理由を教えてやったんだ。

奴等はすぐに行動に出た。元が単純な連中だからな。独房を破壊し、研究所をめちゃくちゃにした。自分達に植え付けられた行動パターン通り、「敵」を屠り始めた。

その「敵」が、「感染者」から、「自分達を創り出した者達」になっただけだ。


「グランの研究所が破壊されたのも、同じ理由か?」と、マイクは聞いた。

「そう思うだろうが、俺達は、グランの研究所に関しては何も手を付けていない」

カインはそう言いながら、伸びをして見せた。

「先に逃げのびた『実験体』達が、何らかの方法で伝えたんだろう。『お前達は肉にされるために育てられてる』ってな」

「『魔力』のようなものでか?」マイクは問い重ねる。

「そうだ。今、この話に聞き耳立ててるお嬢さんみたいなやつが、『実験体』にも居たんじゃないか?」

「お嬢さん? 誰だ?」

「お前は気づいてないか。俺が、長々と説明をしてやったのを、しっかり聞いてる人物がいるってことだ。この灯台の仲間以外にもな」

そう言って、カインはレミリアの視野が見えるかのように、上を向いた。「俺の弁明はこんなもんだ。有罪を受ける覚悟はいつでもできてる。あばよ、陪審員」

その言葉を最後に、レミリアの「視野」から、マイクの周りの景色が消え、情報が途絶えた。