闇の鼓動 Ⅲ 5

キルテの屋敷で、いつの間にかアリアはうたた寝をしていた。今までの疲れが出たのだろう。目を覚ますと、体の上に毛布がかけられており、その傍らでは子供達が「昼ご飯」の準備をしている。

アリア達が町から持って来た僅かの食料を、皆で数日間分け合えるくらいの量だけ揃えて、小皿に並べているのだ。

「お昼だけはしっかり食べなくちゃね」とキルテが言って、子供達は食事の前の祈りを上げ、「しっかり」には満たない僅かなクッキーや栄養剤を口に運ぶ。

「お母さん。あなたも、しっかり食べて」と言って、キルテがお菓子の入った小皿をアリアの手元に持ってきた。

「ありがとう…」と呟いて、アリアは部屋を見回した。簡素な木造りの屋敷は、暖炉が一つと、コの字型に並べられた長椅子が3つ、暖炉の前にはロッキングチェアがあり、

長椅子が囲む真ん中のテーブルで、子供達が小皿の食事を摂っている。

「あの…私の娘…レミリアは?」と聞くと、キルテが微笑みながら言う。「作戦会議中よ。お母さんは、まだ話に入らないほうが良いわ。結果が出てから、あなたの意見が欲しいだろうから」

「そう…。そうね」と言って、アリアは紙に包まれたチョコレートを手に取り、口に運んだ。


アリアが食事を摂っている頃、レミリアとラナ、ルードは、レミリアの得た情報を基に話し合っていた。

「『アベル』と言う実験体の情報は、確かにある」と、ラナがダンキスタンの研究所で集めたデータを参照しながら言う。「『アベル-A』から、『アベル-F』までが作られたらしいな」

「『カイン』と言う実験体でさえ、魔力のような力を持っていたんだろう?」と、ルードが聞く。「『アベル』も魔力は持っていたのか?」

「多少の能力はあるだろうが、研究員は実験体としての能力より、人格のコントロールを優先していたらしい。『造物主に従順なる良き指導者』としての人格を作ろうとしていたんだ」と、ラナ。

「そんなのは…教育や、知識が生み出す産物じゃないか?」と、ルード。

「確かに、知能は集中的に与えられたようだ」

ラナは言う。

「だが、子供を1から育てても、親の思い通りの人格など、作れないだろ? ダンキスタンの研究員達は、厄介なことはせず、『人格』をプログラミングで作ろうとしていたんだ。コンピュータのようにな」

「でも、Kid-Aの血は、それを許さなかったんでしょ?」と、レミリア。

「ああ。『アベル』と名付けれられたどの実験体も、ストレスに対して自我の抑制が出来なかった。6体のどの『アベル』も、何らかの原因で発狂している」

ラナはそう答えて、「『アベル-F』の処分日の2日前に、ダンキスタンの研究所が破壊されたらしい。『アベル-F』は生きている可能性もある」と言う。

「ルードさん。グランの研究所でも、『アベル』の実験は行われてたの?」と、レミリア。

「いや、私達は、動物を実験体にしていた。私はキメラを作る係で…。でも、『アベル』という言葉を聞いたことはある。ダンキスタンから来た研究員の誰かが、『迷子のアベル』って言ってたな」

レミリアは言った。「『アベル』を、探そう」

ラナとルードは、「ぎょっとした顔」をした。

「『アベル』を探して…どうするんだ?」と、ラナ。

「そうだよ。『アベル』が正気を取り戻してるかもわからないんだよ?」と、ルード。

「『カイン』は、グランの研究所に関しては、自分達は関わってないって言ってた。もし、実験体達に危機を教えるとしたら、『アベル』が関わってるんじゃないかな」と、レミリア。

「直感か?」と言って、ラナは少し唇を笑ませる。

「うん。メディウムの直感はよく当たるんだよ? もし、『アベル』をこのまま迷子にしておいたら、きっと大変なことになる」と、レミリア。

「ルードさん。『迷子のアベル』について何か思い出したら、すぐ私達に教えてね」

レミリアはそう言うと、話し合いをしていた自分の居室から、アリアの居る居間に移動した。


「感動の親子対面」は、子供達に遠慮しながら行われた。レミリアは、アリアに抱き着きたい気分を抑えながら、「無事でよかった」と声をかけた。

「あなたも、よく無事だったわね」と、アリアは少しふざけて言う。「さすが、親の反対押し切ってメディウムになっただけはあるわ」

「ラナが居てくれたからだよ。私一人だったら、今頃その辺で干からびてるかも」

レミリアも冗談を返す。

レミリアの肩で、ルルゴの霊体が青白い姿を現した。「アリア様。ついに、ついに私はこのような姿になりました」

そこから、ルルゴは詩を切々と紡ぐように、毎日どれだけアリアへの恩義を想い、レミリアをアリアの下へ帰すことを誓って止まなかったか…と言うことを述べ始めた。

アリアは、最初は術を発動していなかったので、半分ほど話は聞き取れなかった様だが、レミリアが肩を指さすので、「霊体」を察知するための術を起動した。

「想えば、なんと長い年月でしょう。私がアリア様にお仕えし始めて…」と、ルルゴが30年以上前のことから振り返ろうとし始めたので、アリアは「ルルゴ。落ち着いて」とたしなめた。

「今生の分かれって言うならわかるけど、あなたはまだ『霊体』として、そこに居るでしょ? ポエムみたいな長いお別れの言葉は、百年後でも良いんじゃない?」

強気なアリアの言葉に、若かりし頃の彼女の姿を思い出したルルゴは、「申し訳ございません、アリア様。私は、あなた様の下に魂を添い遂げる所存です」と言い出した。

それまでいくら感極まっても涙を流さなかったルルゴが、嗚咽を漏らし、何処からか取り出したハンカチで目をぬぐい始めたので、レミリはからかうように言った。

「ルルゴさんったら。それじゃ、お母さんに仕えてるって言うより、恋してるみたいだよ」

途端に、ルルゴは目を大きく見張り、耳を逆立ててわなわなと震え始めた。「私は…私は、そのようなふしだらな気持ちを抱いているわけでは、ありません!」

と言い切ると、ルルゴの霊体はまた姿を隠してしまった。

その様子を苦笑まじりに見てから、「お母さん。まだ疲れてるだろうけど、話があるの」と、レミリアは切り出した。


リノンが3度、キルテの館を訪れた。

子供達の期待通り、缶詰のココアとパンを振舞い、レミリアのいる居室をノックした。

「どうぞ」と、レミリアが答えると、リノンは、レミリア達と出逢って、初めて表情を緩めた顔で挨拶をした。

「こんにちは。レミリアさん。今日は、体調もよさそうですね」と、リノンは言う。

「めそめそしてても仕方ないって気づいただけです」と、レミリアは返す。「救助のお願いしてた件ですけど、少しお話があります」

救援隊が、何度町へ行こうとしても「途中で引き返さなければならないことになって居る」と伝えに来たリノンは、その話と言うものを聞いてみた。

以前聞いた「ウェアウルフ化の病」についても、かなり突飛な話だったが、ダンキスタンでの研究や、『カイン』達の存在について聞かされ、リノンは息をのんだ。

「その『カイン』と言う実験体は…何をしようとしているのでしょう?」と、リノンは言う。

「『セト』の話では、『生き延びる方法を探して居る』と言っていました。恐らく、彼等も、可能性があるなら『人間との共存』を選ぶかもしれません」

レミリアはそう言い、それからリノンに注意した。

「でも、彼等を『人間が支配できる者』であると思うのは間違いです。実験体には人間には及ばない知力と、能力があります。彼等は、彼等の認める指導者として『カイン』に従って居るんです」

「それは分かりました。ですが、私達はグランの町に近づくこともできない有様です。お力になれることは、何かあるのでしょうか?」と、リノン。

「ヘリで、グランの中央公園に居る、未感染者の救助を行ってください」と、レミリアは言う。「『セト』は恐らく抵抗はしないはずです」

「中央公園の規模は?」と、リノン。

「噴水を中心にして、半径100m程の円形になっています」と、レミリア。

「了解しました」そう答えたリノンは、「すぐに本部と連絡を取ります」と言って、キルテの館を離れた。