リノンがレミリアの元を訪れた日、マイクの「潜伏期間」が終わった。変異を起こしたウェアウルフ細胞が、高濃度の蛋白質…つまり、肉を異常に必要とする。
通常のウェアウルフ化なら、月の光を浴びなければ「人間としての意思」を保てるはずだが、変異した病原体は、強烈な「飢え」を起こさせることで、宿主を操ろうとしているようだ。
マイクが灯台の出入り口で空腹を抑えながらうずくまっていると、オリンが「マイク。これ食べて」と言って、焼いた骨付き肉を差し出してきた。
「なんの肉だ?」と、マイクは訊ねた。「安心して。人間じゃない。ワニだよ」と、オリンが言うので、マイクは一瞬なんのことかわからなかった。
「近くに、ワニ園だったところがあるんだ。其処のを失敬してきてる。味は、鶏肉や豚肉に近いかな」と、オリン。「僕達は、その肉だけ食べることにしてるんだ」
「ワニにとっちゃ、散々な出来事だな」と言ったものの、マイクの腹がキュルルと鳴った。「胃袋は正直だ」と言って、マイクは肉の骨をつかんだ。
「でも、マイク。食べながら聞いて」
マイクが肉に齧りつく間、オリンは話し始めた。
「『感染者』の多くが発狂してるのは、『飢え』のせいだって分かってると思うけど、人間としての理性まで奪ってしまうのは、『同族を食った』って言う罪悪感からなんだって、僕は思ってる。
その証拠に、この灯台に逃げ込めて、ワニの恩恵にあやかってる連中は、誰も人間としての品性を失ってない。知恵を使うことを忘れてないし、作戦にだって、きちんと参加してる。
ほんの数ヶ月前に、ダンキスタンって言う田舎町で、僕達『感染者』を殲滅するための兵器が作られたんだ。そいつを壊しに行った仲間達が言うには、兵器は人間の姿をしていて、言葉を話して、
本物の人間と会話もしてたって。すごく運動機能が高くて、高層病院の屋上から、10mくらい離れた別のビルに軽く飛び移ったりしてたってさ。
仲間達の目撃情報だと、黒い髪とヘーゼルの目の、女性の姿をしているらしい。マイクは、街に居た時、そんな奴、見かけなかった?」
マイクは一瞬考えこんだが、彼は防護服を着た状態のラナしか知らない。「観た覚えはないな」と答え、骨に残っている僅かの筋や軟骨にも歯を立てる。
その時、ちらりとアリアの言っていたことが頭をかすめた。「アンドロイドって言うものね」。
まさか、グランで自分達を「助けに来た」、あの女性が「兵器」なのか? と、マイクが思うと同時に、「マイク。話を聞かせてもらおう」と、頭の中にカインの声が響いた。
すっかり潮風の湿度にも慣れたマイクは、脂ぎってる手を綺麗な海水で洗い、手指を乾燥させながらカインの部屋に行った。
「『兵器』について、何か情報を持っているらしいな」と、カインが単刀直入に聞く。
「もしかしたら、って程度の情報だけどな。その辺に『アンドロイド』ってものがごろごろしてる世の中じゃなければ、の話だ」
「この国の科学も、そこまで発展していない。その『兵器』に会った感想はどうだった?」カインはそう言って、マイクに話を促す。
「俺は、防護服を着ている状態しか知らないが、俺達を救助に来たって言ってて、確かに町を離れる間、護衛をしてくれた」
「俺達? 他にも連れが居たのか?」
「ああ。俺だけ感染したんで、置いて行かれた」マイクは、細かい事情を省いた。
「嘘はついていないが、本当でもないって顔だな」とカインは言う。「正直に話せ。俺達も、生き残れるかどうかの瀬戸際なんだ」
「実は」と言って、マイクは話した。グランの公園の様子を見に行ってくれと頼まれたと。
「頼まれた『仕事』はそれだけか?」と、カイン。
「それだけだ。後は惰性でここまで来た。盗聴されてるって気づいたのは、あんたに指摘されてからだ」
「そうか。中々、頭の回る奴等のようだが…。どうにも、『敵』と言う感じはしないな。唯の『兵器』であれば、『感染者』になったお前を生かしておくわけはない」
「俺もそう思う。機械って言うか…。少々変わったところはあったが、人間と変わらないと思った」
「変った所って言うのは?」
「連れの一人だった魔女と、時々アイサインをするんだ。俺と、もう一人の奴は意味が解らなかったが、声を出さないで話してるような感じだった」
「ふむ。恐らく、頭の中で話してたんだろうな」と、カインは言う。
「頭の中で?」と、マイクが繰り返すと、「俺の声が頭の中に響くときがあるだろ? あれと同じ方法で、その魔女と機械女がしゃべってたって事だ」とカインは答えた。
カインは、考える時の癖らしく、伸びをして、肩を回した。「どうやら、その機械女も、魔力を持っていると考えたほうが良いな」
そう言ってから、「状況は、俺が思ってたより悲観的ではないらしい。もしかしたら、『市民権』を得られる朗報かもしれない。だが、このことは他の連中には黙ってろよ」
「何故だ? 朗報って言うものなら、知らせた方が良いんじゃ…」
マイクがそこまで言いかけると、「人間が一番傷つくときってのは、どんな時だと思う?」と、カインが問いかけてきた。
そしてマイクが答える前に、「『希望』が失われた時だ」と言って、扉を指さした。「繰り返し言う。今の話は誰にも言うな」
扉が勝手に開き、マイクは「退出」の合図だと分かった。
「了解」と答えて、マイクは部屋を後にした。
シェディとナイトは、フェネル山脈の禁猟区を訪れていた。
シェディがイーブルアイで地下を透視すると、「Kid-A」と言う札を首から下げた少女が、何処かの実験室に連れて行かれるところだった。
「おじい様。危ない所だ」と、真剣な顔で地面の下を観ながら、シェディは言う。「例の女の子が、今にも実験に使われそうだ」
「お前の思った通りにしろ。私はしばらくここで待ってるよ」と、ナイトは朝日の昇り始めた山中で、分厚い木陰に守られている。
シェディは、地下空間に意識を向け、女の子が連れて行かれた部屋の前に「転移」した。
子供の頃に覚えた魔術だったが、一度覚えた術は忘れていなかった。シェディは、防犯カメラを避けられる位置に身を潜め、少女の居る実験室の扉を透視した。
7歳ほどに見える、その少女は、腕に何回も注射針を刺された跡があった。痣になった傷口に、再度注射針を刺され、血を抜かれようとしている。
ダンキスタンやグランでの過ちを、フェネルの研究者達も繰り返そうとしているのだ。
シェディは、瞬間的に実験室の中に「転移」し、採血をしようとしていた研究者の首筋に手刀を叩きこんだ。防護服越しだが、狙いは確実で、研究者は昏倒した。
悲鳴を上げようとした他の研究員達も、全員首を叩いて眠らせると、シェディは呆然としている少女の腕から注射針をはずし、傷口に治癒の魔術をかけた。
少女は、怯えたような、困ったような、複雑な顔をしている。
「僕は大丈夫。ウェアウルフの病にはかからない。『予防接種』してあるから」と言って、シェディは腕をめくってみせた。「あ。まだ絆創膏してた」と言って、小さな絆創膏を剥して捨てる。
「君は、『アンジェ』でしょ? 僕は、君をこの施設に連れてきた『レミリア』って言うお姉さんの、従兄。シェディって言うんだ。よろしく」
シェディは手短に自己紹介をして、アンジェの手を引いた。「此処に居たら、また君の血を使っておかしな事件が起こる。その前に、逃げよう」
アンジェは、「うん…」と、気弱に頷いた。「だけど、私…普通じゃないから…居る場所が無いよ」
「大丈夫」とシェディは言い切った。「僕の親戚に、すっごくよく効くお薬を作れる人がるんだ。その人に頼めば、君を『普通』に戻すこともできる」
「本当?」と、アンジェは涙声で言ってシェディを見上げた。「本当さ。僕の屋敷の約束でね。当主になるものは、嘘をついちゃいけないんだ」と言って、シェディはアンジェの頭を撫でた。
