シェディは、アンジェと共に一度地上に「転移」すると、日陰の大自然を満喫していたナイトに、「おじい様。少しの間、この子観てて」と言ってアンジェを預け、再び地下に戻った。
「我が孫ながら、忙しない事だ」孫の居た場所をしばらく見てから、ナイトはアンジェに目を向けた。
「お嬢ちゃん。待たせて済まなかったね。私達も、色々準備があってね」と、ナイトはアンジェに優しく声をかけた。
「『おじい様』は、よぼうせっしゅしてあるの?」と、アンジェは聞く。
「あー、私は、心臓が動いてないんだよ。予防接種は出来なかったが、代わりに『守護』のアミュレットをもらった」と言って、ナイトはミリィの魔力の宿った腕飾りを見せる。
アンジェは、なんにせよこの人物に自分の体液が害を及ぼすことはないと理解し、ナイトが座っていた岩の隣の岩に座った。
「お嬢ちゃんは、だいぶ色んな施設を行ったり来たりしたようだね」と、ナイトは切り出した。「今までで、一番大変だったことは、なんだい?」
しばらく黙ってから、アンジェは「おうちが燃えたこと」と答えた。
「おうちって、お嬢ちゃんのおうちかい?」と、ナイト。
「うん。お父さんがおうちを壊して、お母さんがお父さんを殺して、おうちを燃やしたの」と、アンジェは拙く言う。
アンジェも、事件のショックから記憶が曖昧になって居るようだが、ナイトが少しずつ相づちを打ちながら聞いていると、ナイトの脳裏にアンジェの記憶が流れ込んできた。
家が炎に包まれている。アンジェは、左手を負傷していた。アンジェは学校で習った通り、タオルを口に当てながら、火の手とは逆の方向に逃げた。
首筋を撃たれて暴れ狂っていた父親が、半死半生になってアンジェの後を追ってくる。アンジェは、恐怖から「それ」を父親とは認めず、名前を呼ばれても立ち止まらなかった。
玄関の扉を開けようとしたが、金属製のドアレバーは高熱を持っていた。ジュッと言う音を立てて、アンジェの左手が焼け、扉を押して炎と煙から逃げきる時には、左手に火ぶくれが出来ていた。
だが、傷は塞がり、血は止まっていた。「変形」した父親に噛まれた深い傷は。
親戚の家に引き取られたアンジェは、火ぶくれが治るまで学校には行けなかった。トラウマも抱えており、誰かに「本名を呼ばれる」と、びくっと身を縮めた。
やがて、親戚の家の老婆が死んだ。原因は不明だが、老衰だろうと言われていた。
アンジェは、昨日まで元気だった老婆と、一緒にお風呂に入っていたことを思い出した。
夜間、老婆の死体が起き上がったのを観たアンジェは、その日のうちに親戚の家から逃げ出した。
数日後、アンジェは、浮浪児として、身寄りのない子供を集める施設に送られた。
アンジェは中々周りの子供と打ち解けられなかったが、積極的に話しかけてくれるお姉さん達が、友達になってくれた。
しかし、その友情は長く続かない事が多かった。どの子供も、アンジェとある程度仲良くなると、病気になったり突然死したりしてしまうのだ。
施設の子供達は、アンジェを気味悪がり始めた。施設の職員は、アンジェを医療機関に連れて行った。
その頃、既にベルクチュアの一部の都市では、突然変異したウェアウルフ化の病が広がりつつあった。
アンジェの周りで起きていることを知った「リム・フェイド」は、アンジェの血液の中に「ウェアウルフ化の抗体」があることを発見した。
だが、それは普通の薬剤として考えるには複雑な仕組みの「抗体」で、通常の生物には「本来の生物としての死」と、「異形としての再生」を促すものだと分かった。
その特性を上手く操れば、ウェアウルフ・ウィルスの突然変異にも対応できるのでは、と言う可能性の下、フェイド博士はアリア達の助力を借りて、アンジェの血を使い、実験を繰り返していた。
「ふうむ。ずいぶん大変だったねぇ」と、良いおじいちゃんのようにナイトはアンジェに声をかけた。「それで、アンジェ。君は、これからどこに住みたい?」
アンジェはしばらく考えてから、「だぁれも居ない所」と答えた。「フェイド先生が、『君の血には、特別な力がある』って言ってたの。『人を不幸にもするし、幸福にすることもできる力が』って」
「それで、『不幸にする力』を使いたくないんだね?」と、ナイトは言う。アンジェは「うん」と答えた。
「それなら、私の屋敷に来なさい」と、ナイトは言った。「もしかしたら、『幸福にできる力』を使えることがあるかも知れない」
「『おじい様』のおうちは、誰も居ないの?」と、アンジェ。
ナイトは隠さずに言う。「いいや、居るよ。私と、息子と、彼の妻と、さっき君を連れてきたお兄さん。メイドに、小間使いに、執事、カササギが一匹と、猫が2匹。
それから、占い師をしながら旅をしている娘が、時々帰ってくる。賑やかなもんさ」
「占い?」と、アンジェは聞いた。
「そうだ。ずーっと、ずーっと遠くまで見通せる。もしかしたら、私の屋敷に来て、『幸福にできる力』を使っている君が、もう見えてるかもしれない」
ナイトは7歳の子供の心をしっかりとつかんだようだ。アンジェはようやく笑みを浮かべ、「ありがとう」と言った。
「機材」を「レンタル」してきたシェディが、「転移」の術で地上に戻ってくると、ナイトは満足そうに頷いた。
「レンタル料は置いて来たか?」と、ナイト。
「1ドル叩きつけといたよ」と、シェディ。「さぁ、さっさと移動しよう」
「シェディ。お前は『機材』を運べ。私は、アンジェを連れて行く」
ナイトがそう言うと、アンジェは進んでナイトの左手を握った。
「分かった。待ち合わせは、『大きな樹の下』だね」と、シェディが確認する。「そうだ。間違えるなよ」と言って、ナイトは先に「転移」の術でその場から消えた。
おじい様って、女の子に好かれるのかな…と、余計なことを考えたシェディだったが、追っ手に感づかれないうちに、「大きな樹の下」に「転移」した。
ディオン山の菩提樹の下で、リッドが待っていた。ナイトとシェディの姿が目の前に現れたのを確認し、2人と目を合わせて頷いた。
「お嬢ちゃん。ちょっと、片手を貸しな」と言って、リッドはアンジェに近づいた。
アンジェは怯えた顔をしてナイトを観たが、ナイトが微笑んでいたので、リッドが無防備に自分の腕に触れるのを黙ってみていた。
リッドは、アンジェの左肩に腕飾りを付けた。
銀細工の腕輪に、トパーズのような黄色い石が埋め込んである。アンジェ用の「封じ」のアミュレットだ。
「しばらくはこいつで大丈夫だ。さぁ、支度にかかるとしようぜ」と言って、リッドは岩屋に3人を連れて行った。
ヘリコプターの羽の音を消す方法と言うものがあったら実行したいと思いながら、操縦士は昼間の公園に機体を着陸させた。
救援隊がグランの中央公園内に降り立つ。公園の噴水の周りに、着の身着のままの未感染者達が集まっている。
公園のあちこちに、救援物資が入っていた段ボール箱の残骸があり、中身は食べつくされ、段ボール板は雨や日の光から身を護る小さな小屋として使われていた。
「みなさん。安心して下さい」救援隊の一人が、公園内の未感染者に声をかけた。
自分達はデュルエーナから来た救援軍であること、今日のうちに数回に分けて中央公園内の未感染者の救助を行なうことを説明した。
人間の姿に戻ったセトは、バリケードに隠れて、ぼさぼさの褐色の髪を掻き、「ようやく俺もお役御免か」と呟いて、気が軽くなったように微笑んだ。
