闇の鼓動 Ⅳ 8

旅のさなか、ルディの姉、レナ・ウィンダーグこと、レイアと言う魔女は、深い森の中にある小さな村を発見した。

恐らく人間の魔力で作ったらしい、強力な結界が張られており、人間には見えないように、近づけないようになっている。

レイアは、その村を避けようかと思ったが、この森の中に入ってから数日間、休憩をとっていない。

結界の中にある村に入るのは気が引けた。しかし、彼女も体力が限界だった。皮袋に入れてある水が底をついて、3日目だ。

せめて、一口の水でも分けてもらえないだろうかと思いながら、レイアは封じられた村に踏み込んだ。


侵入してすぐ、簡易結界が必要だと分かった。村全体に、何かが漂っている。

レイアは自分の身に簡易結界を張り、漂っている「何か」をイーブルアイで霊視した。

それは、危険を知らせる赤い光を纏いながら、空中を泳いでいる。近くの家から、子供達が姿を見せた。軒先に座り込み、おしゃべりをしている。

その口や鼻から、赤い霧のようなものが飛び散っている。

この「何か」は、彼等の吐息だ、とレイアは気づいた。

おしゃべりをしていた子供達が、レイアに気づいた。子供達は、レイアを不審がり、家の中に入った。

その家の中から、大人が姿を現した。40代ほどの男性。子供達の父親だろう。この男性の吐息も、レイアの目には赤い霧として見える。

「どなたですか?」と、男性はレイアに聞いた。

「旅の者です。どうか、水を分けてもらえませんか?」と、レイアは聞き返す。

「この村にも井戸はあるが、村の者以外が使える井戸ではないのです」と、男性は説明した。「この村を迂回して、西の方に行くと、泉があります。そこでなら、安全な水が確保できるでしょう」

レイアはそれを聞き、「ありがとう」と答えて村を出ると、泉を探しに行った。


男性の言っていた場所に、泉は確かにあった。水に危険が無いことを確認してから、レイアは手ですくって水を飲み、皮袋に水をためた。

さっきの村はなんだったんだろう、と疑問が頭をかすめる。あの結界を張っていた魔力は、何処かで感じた覚えがある。

レイアは少し考えこんだが、見当がつかないまま、泉を離れ、森の中の目的地を探しに歩き始めた。

この森のに来るのは初めてではないが、いつも通っているルートの山村が、何等かの原因で壊滅していたのだ。骨になった遺体が転がり、木製の家屋は今にも倒壊しそうだった。

原因を探ったが、何等かの流行病が蔓延したのだと言うこと以外は分からなかった。

それも、唯病が蔓延しただけではなく、遺体の骨が着ていた衣服には、何かで貫かれたような痕があった。

レイアは、かつて旅の休憩地として出入りしていた村の惨状を痛ましく思いながら、旅を続けていた。


泉に立ち寄った後、別の旅の一行と遭遇することがあった。女剣士と、魔術師、それから魔術師の弟子らしい少年。

彼等も、水を求めて泉に向かっている所だった。

レイアは、彼等に仕事を持ちかけた。占いをする代わりに、少し食糧を分けてほしいと。

一行は快くその願いを引き受け、野営地で食事を共にしようと言い出した。レイアも、占いの料金がビスケット一枚で無かったことに安心した。

「じゃぁ、誰から占いましょうか?」と、結界の魔法陣を描いた布の上にタロットカードを置いて言うと、女剣士が「それじゃ、あたしから」と言い出した。

レイアが読み解いた女剣士の様相は、「旧友の過ちに翻弄されることがあるだろう。血を得るか離別するか。選択を迫られる危険がある。危険を乗り越えた後に、大いなる幸いに恵まれる」と言うこと。

次に、魔術師を占った。

「決断の時が迫っている。苦難に耐えなければならない。律することが出来るのはあなただけだ。悲しみに憑りつかれてはならない」とレイアは読み解き、内容を伝えた。

最後に魔術師の弟子を占った。「危険な誘惑が待っているだろう。夜を生きる者として、覚悟を持たなければならない。それは遊戯ではないのだから」

一人一人に、結界の中で占いの内容を伝え、レイアは結界を解除して、この一行に何らかの「危険」が迫っていることを告げた。

不穏な結果に、一行は表情を暗くしたが、レイアの占いを「忠告」と受け止め、干し肉と山菜を塩と香辛料で煮込み、小麦粉でとろみをつけたスープを振舞ってくれた。

レイアは携帯していた器にスープを盛ってもらい、一日の空腹をどうにかしのいだ。


「この森は安全だが、武器も持ってない女性を一人で歩かせるわけにもいかない」と剣士が言い出し、レイアは目的地まで、その一行に着いて来てもらった。

ある日の野営の時、レイアが苔の絨毯の上で眠っていると、誰かが起きた気配がした。魔術師の弟子がこっそりと野営地を抜け出し、何処かへ歩いて行く。

レイアが魔力を追って「透視」の術を発動すると、森の中に一件だけある民家のポストに、魔術師の弟子が封筒を入れたのが見えた。

その封筒の中身は、何かの灰のようなものだった。


目的地の村に辿り着き、レイアは一行と別れた。「護衛代。お守りよ」と言って、レイアは魔力を宿した鋼玉を一粒、剣士に渡した。

剣士は、「ありがたくもらっておく」とだけ言って、離れた場所で待っていた仲間の所へ向かった。

レイアは、顧客の家で、今年の農作物の実り具合や、家族それぞれの未来、危険や幸運等を占い、料金をもらって、その村の宿に泊まった。

宿の部屋で、鋼玉のある場所に「千里眼」の視野を飛ばすと、先の旅の一行も、野営をしている所だった。

大人二人が寝付いたのを確認してから、魔術師の弟子が起き上がり、歩いて行ける距離の民家のポストに、封筒を置いていた。

やはり、その封筒の中身も、何かの灰だった。