大地の癌 Ⅰ 2

レナ・ウィンダーグこと、レイアと言う魔女は、旅先での仕事の合間に、以前占った少年の様子を遠方から「千里眼」の魔術で確認していた。

女剣士と、魔術師、そして魔術師の弟子の少年は、森を抜けた街に来ていた。

近くの酒場で、旅人同士の情報交換をし、収入を得られる仕事と安価で安全な宿を探す。

女剣士が、魔術師の弟子に言った。「ルイス、お手紙の配達は終らないのか?」

ルイスと呼ばれた少年は、「うん。まだ届けてない所が三件くらいある。アネッドの森に二件と、フォルルの村に一件」と答えた。

どうやら、修行中でもできる仕事として、旅先への手紙の配達を引き受けているらしい。

しかし、その「お手紙」は、どうやらまともなものではない。

魔法薬の糊で入念に封のされた手紙の中身は、何かの灰のような物なのだ。


レイアは、以前、少年が手紙を届けた家に、こっそりと足を運んだ。

人気は無く、静まり返っている。家のノッカーを叩いても、誰の返事もない。

無作法は承知して、魔力で鍵を開けて中に入ってみた。玄関に踏み込むと、焦げ臭いにおいがした。

鼻を押さえながら家の中を見回すと、玄関を入って短い廊下を進んだ先のリビングと吹き抜けの2階が、「限定的に」焼かれた跡があった。

恐らく、魔力の炎で焼いたんだ。レイアはそう察し、部屋の中に「力場」を作って、時間の記憶を逆転させた。

魔力の炎がこの部屋を包む前で「記憶」を戻し、再生する。

レイピアで胸を貫かれたウェアウルフが、血だまりを作りながら部屋の隅に座り込んでいる。

そのウェアウルフは、変化も途中で、頭と両手以外は人間の姿のままだ。

「2階に居た奴も始末したぜ。ホッパー、後片付けは頼んだぞ」と言って、階段から降りてきた男が、息の絶えた半獣人の胸から、刃を引き抜いた。

ホッパーと呼ばれた魔術師が、「火炎」の魔術を使う手前で「記憶」をコールドさせ、レイアは力場を家全体に拡大しながら、2階へ上がた。

2階の子供部屋で、10歳ほどの子供が銃で撃たれて死んでいる。その子供も、半獣人の姿をしている。

秘密裏にウェアウルフを狩っている? 何故?

レイアは疑問を持った。酒場の依頼で魔獣を狩るのであれば、家の一部を焼いて死体を隠す必要はないはずだ。

子供の遺体に手をかざし、「記憶」を読むと、数日前に魔術師の弟子の少年―ルイス―が届けた手紙のことが分かった。

手紙の表面には、「Happy Birthday Maria」と書かれている。

その家の子供は、誰か知らない人が自分の誕生日を祝ってくれているとはしゃいでいた。

そして、手紙を持って家の中に行き、家族の前で封を開けた。吹き出してきた灰を吸い込み、子供はむせかえった。

「なんて陰険ないたずらだ」と言って、父親らしき人物が、封筒を受け取り、外のゴミ箱に捨てた。

その晩、この一家に「変化」の兆候が表れ始めた。

レイアは術を解いて、考えた。人間をウェアウルフにする灰? そんなものはこの世にない。

そう思ってから、考え直した。ベルクチュアと言う国の災害時に、ウェアウルフ化とよく似た病状が蔓延したことがあった。あの事件と、何か関係があるのか?

ベルクチュアが惨劇に見舞われているとき、レイアは別の遠い国に居た。弟のルディ・ウィンダーグと連絡を取っても、「ベルクチュアには近づくな」と言われるだけだった。

このアレグロムの国で、ベルクチュアと同じ病が広がりつつあると言うことか? だが、ウェアウルフ化の原因は、あの手紙のようだ。

探ってみる必要がある、レイアはそう思って、焼け爛れた家を後にした。


昼間眠って夜に起きているナイト・ウィンダーグは、その夜、馬車に乗って街に出かけると、久しぶりに「変化」を解いた姿でバーバリー家の夜会に出席していた。

同じ夜会に出席していた鬱陶しくも懐かしい親類達が、親愛の情を込めて「お騒がせな前当主がよく顔を出せたものだな」と気軽に罵る。

「日頃世間を騒がせているのはそちらの方では?」と、ナイトが鼻で笑いながら褒め言葉を返すと、「若造も孫が出来ると好い気になるものだ」と、親類達はせせら笑う。

ナイトも、この「嘲りと罵りと呪詛の歓迎」は慣れている。しかし、こう言った身内の夜会に顔を出すのは、自分の代で最後だろうと思っていた。

現当主である息子のルディは、どちらかと言うと人間の社会で生きていた期間が長い。会った途端、親類から笑顔で罵られたら、ショックを受けるだろう。

「ミセス・カトリーナ・バーバリーはいらっしゃるか?」と、近くに居た女中に声をかけると、「奥様は調理場です」と答える。

ああ、また手作りのパイを披露しようとしているんだな…と、ナイトは嫌な予感がした。

調理場に近い出入り口から、広間の中へむわっとする蒸気と鉄分の匂いをさせ、カトリーナ・バーバリーが、手ずからワゴンを押して巨大なパイを持ってきた。

ナイトは、目を座らせて、苦い顔をしている。たぶんこの匂いは、牛の肝臓だ。大きさからして、丸ごと1匹分の成獣の肝臓を使ったんだろう。

カトリーナは、ナイトを見て、「ナイト。今日は、あなたのために奮発したのよ? あなたが来るって言うから、この通り。たっぷり食べて行ってね。私の可愛い甥っ子さん」と、上機嫌で言う。

他の親類のように、昔ながらの悪態をつくわけではないので、それなりに人の良い伯母と言えなくはないが、気の利かせ方はパンパネラ風だ。

親類達の前でパイを切り分け始めたカトリーナに、ナイトは「伯母様。後で話がある」と囁いた。


ウィンダーグ家に電話がかかってきた。電話室ではなく、ナイトとルディが共同で使っている書斎の方に。

この書斎に「主の許可なく」直接電話がかけられるのは、魔力を持っている者だけだ。

書斎の近くを通りかかった時、電話の音に気づいたルディは慌てて書斎の扉を開けた。書斎に住んでいるもの達が、電話機を宙に浮かせ、ルディの耳元に受話器を滑り込ませる。

「はい。ルディ・ウィンダーグですが」と答えると、アリアの声が聞こえた。「ルディさん。アリア・フェレオです。ナイト様はお屋敷にいらっしゃいますか?」

「ああ、父は今、親戚の夜会に行ってます。なんでも、バーバリーの伯母様に折り入って話があるとかで」と、ルディ。

アリアは、ナイト・ウィンダーグに何かの事態が迫っていると、レミリアが「予言」をしたとルディに伝えた。

レミリアの「予言」の精度を知っているルディは、顔を引き締め、「今、レミリアさんは?」と聞いた。

「意識を失っています。恐らく、『予言』の情報量に脳が耐えられないんです」と、アリアは状況を説明する。

「分かりました。『予言』の話は、父に知らせます」ルディはそう答え、「さらに詳しいことが分かったら、お知らせください」と頼んだ。