大地の癌 Ⅰ 4

結界で守られている村の中で、アンドロイドのラナは目を覚ました。正確には、ランプ明かりで僅かな充電をしていた状態から、意識を覚醒させた。

「レミリア…」と、ラナは呟く。ラナは、霊術でつながっているレミリアの下に、意識を飛ばした。

レミリアは、自分の脳では処理できない過剰な情報に対応できず、意識を失っている。

ラナは、レミリアの霊力の中に自分の意識を浸透させた。レミリアを襲っている「情報の洪水」を、自分の電子頭脳の中に落とし込む。

ラナの演算能力でも、一瞬オーバーヒートしそうな情報量だ。これを人間の脳が食らったら、相当なダメージを受けるだろう。

様々なイメージが交錯し、「何か」が一瞬見えた。しかし、ラナがそれを認識する前に、その映像は「羽を広げて空に舞い上がるナイト・ウィンダーグ」の姿に置き換わった。

デュルエーナで、何等かの事件が起ころうとしている。

レミリアから「情報」を預かったラナは、再び意識をアンドロイドの器に戻した。そして、預かった情報の精査を始めた。


翌朝、レミリアは意識を取り戻した。開けっ放しの扉の向こうの、遠くの部屋から、フライパンで何かを焼いている音と、油のにおいがする。

「お母さん」と呼びかけようとしたが、声が出ない。目もハッキリ開かないし、体中の力が抜けてしまったように動けない。

「レミー? 起きれる?」と、まだ娘の異常に気づかないアリアは、寝室に来て聞いた。

レミリアは、なんとか「お母さん」と呼びかけようとした。「声が出ない」とも。だが、唇を震わせ、出てきた声は、「まー…」だけだった。

「レミー?」と、アリアは呼びかけ、レミリアの額に触れた。

「まー。あー。あー…」と、レミリアはなんとか話そうとするが、言葉が出てこない。

アリアは、レミリアが「言葉を話す能力」を失っていることを知った。

予言の後遺症か、とアリアは察し、「レミー。落ち着いて。体は動かせる?」と聞いた。

レミリアは、片手を持ち上げようとした。だが、力が入らない。右肩をしばらく振るわせ、レミリアは疲れ切ったように脱力した。

予言を受けてからの何らかの力が、レミリアに「外部へ情報を伝える手段」を奪っているのだ。

アリアは言う。「レミー。ミリィの所に行きましょう。リッドに連絡してもらわないと。きっと、リッドなら、あなたを助けられる」

レミリアは青ざめた。自分が、リッドの世話になる? つまり、「時間」を食べられるかもしれないと言うことだ。それだけは嫌だ、と言いたかったが、声も出なければ体も動ない。

涙腺だけは動くようで、レミリアは半べそをかいた。嫌だと言いたい。しかし、口から出てきた言葉は「うー…。うあー。あー…」だけだった。

「泣かないの」と言って、アリアはダイニングに行き、朝食を並べるはずだったテーブルに羊皮紙の地図を広げると、方位磁石で方向を定めた。

ディオン山のある方角に「視点」を置き、「追跡」の魔力を送る。ミリィの魔力の気配を探しすと、岩屋の近くで野草を摘んでいるミリィとアベルが見えた。


日の出前に屋敷に帰ったナイト・ウィンダーグは、息子からレミリアの予言の事を聞かされて、少し困った顔をした。

「私に『何か』が迫っている…か。死ぬ意外に何か不都合な事があるのか?」と、独り言ちる。

「冗談言ってる場合じゃないかも知れないよ」と、ルディは言う。「アンジェも、不吉な『囁き』を聞いたらしい」

「そうか。それについては、後でゆっくりうかがうよ」

そう言って、ナイトは洗面所に向かった。胃袋の中で行き場を失っている牛のレバーを吐くために。


魔力を込めた握り拳でみぞおちを叩くと、胃液も出ない胃袋の中にあったレバーは、噛み砕いたときの形のまま、食道を上がってきた。

少し息苦しいが、声も無く洗面台に嘔吐する。そして、お茶の水分と混じってぐちゃぐちゃになったレバーを、水で洗い流す。

昔は、口に入れたものを吐くと言うのには抵抗があったが、体が一度死んでからは、そう言った細かい事情は無視するようになった。

何せ、不都合は承知で霊界から帰って来たのだ。

そう言えば、以前ピクルスが吐けなくて困ってた時は、生前の妻が口の中に指を突っ込んでくれてたっけ。と、昔を懐かしみながら、魔法薬のうがい薬で口を漱ぐ。

洗面所の入り口を、丁寧にノックする音がした。

うがい薬を吐いて水を流してから、タオルで口元を拭き、「もう良いぞ。入ってこい」と声をかける。

洗面所に顔を出したのは、孫のシェディだった。

「おじい様。父さんから聞いたかもしれないけど…」と、シェディが言いかけると、「ああ。アンジェが『囁き』を聞いたらしいな」とナイトは応えた。

「うん。その時、アンジェが見つけたんだけど、これ…」と言って、シェディは「狼の形のカビ」が生えたキャンバスをナイトに見せた。

「ふうん」と、ナイトは黒カビだらけのキャンバスに見入る。「予言、『囁き』、そして『予兆』か」と呟いて、ナイトはキャンバスをシェディに返すと、

「少し複雑な事件が起きそうだな」と言って、書斎に向かった。


ディーノドリン署の中核コンピューター、トム・シグマを、書斎のノートパソコンに呼び出す。

「トム・ボーイ。『ラナ』からの情報は更新されたか?」と、ナイトが聞くと、トム・シグマは、パソコンの画面上に「更新履歴あり」と表示し、幾つかの映像を映し出した。

瞬間的な映像が多かったが、数が膨大だ。一瞬の物から、数秒間のものまで、一通りの映像を見終わるまで、40分かかった。

「トム・ボーイ。この映像の出所は?」と聞くと、「昨日夜、アレグロムの『孤立の村』に居た、アンドロイド『ラナ』の電子頭脳内のデータです」と文章で答えが返ってきた。

人間が息継ぎをするような間をおいてから、「アンドロイド『ラナ』が霊力を追った形跡があります。術師レミリアの意識にアクセスしたと予測されます」と文章が続いた。

「なるほど。『予言』の映像か。これは優良な情報だな」と言って、ナイトは映像を再び再生した。

黒い蝙蝠のような羽を広げて宙へ飛び立つ自分の姿の映像を見て、「ああ、これが私か。思ったより痩せてるな」と自嘲する。

「これ、おじい様なの?」と、シェディは驚いたように言う。「表情が普通じゃないけど」

「絵描きの観察眼は鋭いな」ナイトはそう言って、「トム・ボーイ。顔の部分を拡大しろ」と指示を出した。

確かに、その表情は、どれだけダークタレントを満載にしても、決してナイトが浮かべないような、鬼気迫った狂気の笑みを浮かべている。

「シェディ。これを見て、不自然な点に気づくか?」と、ナイトが孫に意見を求めると、シェディは「目の焦点が合ってない」と即答した。