大地の癌 Ⅰ 5

魔術師の弟子、ルイスの「郵便配達」の仕事のために、ルイスの師匠である魔術師と、相棒の女剣士の3人は、アレグロムの西にある、アネッドの森に来ていた。

レイアは、彼等が数日前に立ち寄った大きな街の宿に連泊し、ルイス達の後を常に監視し続け、緊急の場合は即座にその場所に「転移」出来るように部屋で構えていた。

少年の師である魔術師が、何度かレイアの魔力に気づきかけたが、「攪乱」の術により、確定的に悟られることはなかった。

アネッドの森の中で、剣士と魔術師は大型の獣を数匹狩った。酒場からの依頼で狩りをしているのだ。狩った獣は「転移」の術で屠殺場に届け、毛皮と肉と骨に解体してもらうようだ。

「今日の分はこれで終わりだな」と、剣士は始末したばかりの獣から、剣を抜き取って言う。心臓を的確に貫かれた獣は、胸の穴から僅かに血を流した。拍動はもう止まっているようだ。

「ケーナ。仕留めるなら一撃で、だろ?」と、魔術師が言う。「毛皮が傷だらけじゃ、報酬も下がるぞ」

その文句に、女剣士は答える。「一撃で仕留めるとなったら、お前が狙撃の術を知ってれば済む話じゃないか?」

「私はパワー型の術は不得手だ。だからお前と組んでる」と、魔術師は苛立たしげに文句を続ける。「攻防の役割を分けてるんだから、しっかり働いてもらわなきゃ困る」

「クエル。落ち着いて」と、魔術師の弟子は師匠に言う。「なんか最近、イライラしてるよ?」

魔術師は大きくため息をつき、「嫌な予感がするんだ」と言う。「先日、カーラの森で占い師に『読んで』もらってから、ずっとだ」

「気にしすぎだ」と、女剣士ケーナは言う。「占いで読めるくらいの『悪い事』なら、回避することもできるだろ?」

「あの占い師を見くびっちゃならない。相当な魔力の使い手だったんだぞ」と、魔術師クエルは言う。「私の眼じゃ、追いきれないほど先の未来まで魔力が拡散されていたんだからな」

「お前の眼じゃ、どうだかな」と、ケーナは相棒を馬鹿にする。「瓶底眼鏡も、買い替えたほうが良いじゃないか?」

魔術師は顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべると、何か言おうとした。しかし、あまりの激情に言葉にならない。眼鏡が相当コンプレックスのようだ。

弟子のルイスになだめられ、クエルはイライラしながらも、仕留めた獣を屠殺場に「転移」させた。


その晩、大人2人が眠ってから、ルイスは自分の仕事である「郵便配達」のため、手紙を持って野営地からしばらく歩いた場所にある家に行った。

そして、郵便受けの名前を確かめてから、「サニー・ぺネルへ」と書かれた手紙を入れた。

少年が夜の闇に紛れて野営地に帰ると、レイアはルイスが手紙を投函した家の前に「転移」し、魔法薬の糊で封をされている手紙を手に取った。

手紙の記憶が読み取れた。アレグロムの南にあるカーラの森に来る前に、ルイスにこの手紙を任せた者の姿と言葉が。

それは、隻眼の大柄な剣士と、痩せて骨ばった魔術師の2人組だった。隻眼の剣士と、ケーナが話している。隻眼の剣士は、ケーナの知り合いのようだ。

骨ばった魔術師が言う。「この手紙を、夫々の住所に届けてくれ。姿は見られないようにな。何、ちょっと驚いてもらいたいハッピーな手紙なんだ」

レイアは、その手紙の「記憶」にある魔術師が、以前、燃やされた家で見た、ホッパーと呼ばれていた魔術師と同一人物だと分かった。


トム・シグマに「孤立の村」と呼ばれている、カーラの森の村の中で、村長のカインは考え込んでいた。何度も、両腕をのばし、肩をねじり、首を回す。

彼は自分の視力で村の隅々まで見回し、何処かに見落としは無いかと探っていた。この数ヶ月、ただならない嫌な予感がする。

「これだけ探っても見つからないとなると…外か」と言って、村の外部に視野を飛ばす。

村の近くにある泉で、魔獣の親子が水を飲んでいる。

また別の場所に視野を飛ばす。

森の一角にある花畑で、皮のマスクをした「弔い人」達が、墓に備えるブーケを作っている。

また別の場所に視野を飛ばす。

村の墓所だ。まだこの村を作って、3回しか葬儀は行っていない。

最初の葬儀は、ベルクチュアの「灯台」に住んでいたときに死んだ、魔術使いオルガの「正式な喪」のために行われた。

遺髪と、遺品のブレスレットだけを取っておいて、浜辺の砂に埋めていた遺体を、「転移」の術で村の外にある葬儀場まで運んだ。

火で骨が残る程度まで燃やして、骨を集めて陶器の箱に収め、改めて埋葬し、残った灰は「浄化」の魔術をかけた。

遠国で行なわれている、「火葬」と言う葬儀の方法らしい。

アレグロム周辺の国では、土葬が多いのだが、病原体を持っている村人達の遺体を「綺麗に土に還す」には、この方法が最適だろうとされたのだ。

そんなことを思い出しながら、墓所をしばらく眺めていると、何か妙だ。

みんな同じ角度でまっ直ぐに並べていたはずの墓石が、1つだけ傾斜している。

カインは、その墓石の下に視野を飛ばした。

骨を治めていた陶器の箱が、無い。

盗掘だ、とカインは悟った。それも、狙っているのは金品じゃない。自分達の持っている、ウイルスだ。

カインは、村に在中していたアンドロイド「ラナ」に心の声を送った。「墓が暴かれた。骨を盗み出した者が居る」と。


執事服姿のウサギの霊体を乗っ取っていた悪しき霊体は、自分の墓所で沈黙し、魔力の低下を補っていた。

この世界で墓を暴かれてから、封印してあった魔力は次第に減少して行っている。

魔力の供給が滞るのは覚悟で隣国まで行ったが、有能な霊媒師の娘の体を乗っ取れなかったのも、手痛い失敗だった。

あの娘に「触れた」時、悪しき霊体は「この世の王」としてふさわしい者の姿が見て取れた。それと同時に、霊媒師の娘にも、何かの情報を知られてしまったようだ。

しかし、生きている人間の脳では、自分が辿ってきた時間の全てを掌握し、理解することなどできない。

悪しき霊体はそう判断して、ただ、機を待った。今は、霊媒師の娘の所から奪って来た、魔力を持つウサギの霊体から、力を補っている。

悪しき霊体が「睡眠」に入り、ウサギの霊体、ルルゴは、うっすらとした意識の覚醒を感じた。自分を支配していた力が弱まっている。

今がチャンスだ、とルルゴは察した。

自分の両肩に根を下ろすように憑りついているものに向けて、青白くエネルギーを発光させる魔力を送る。

悪しき霊体は、自分の中に予想外の「力」がみなぎってくるのを感じた。

ウサギが言った。「我が名はルルゴ・ミントン。我が師、ボルボ・ミントンより受け継ぎし、全ての魔力をお前に渡そう」

ルルゴと名乗るウサギの肩に貼り付いていた霊体の根から、強力なエネルギーが送られてくる。

ウサギが何故寝返ったのかは分からない、しかし、この強力なエネルギーは、今の疲弊した「体」には、最良の餌だった。

悪しき霊体は、ルルゴの霊体ごと、その魔力を「丸呑み」にした。