大地の癌 Ⅰ 7

複数のイメージの断片を精査していた、アンドロイド「ラナ」は、その中のイメージの一枚に見覚えのある人物が登場するのに気付いた。

褐色の肌と、短く切った銀髪、菫色の瞳を持った、40代半ばほどの男性の横顔だった。

レミリアの父親、テイル・ゴーストだ。アンドロイドのラナはテイルと直接会ったことはないが、本体のトム・シグマのデータである「ラナ」から受け継いだ記憶の中に、テイル・ゴーストの姿がある。

アンドロイドのラナは、「予言」の中のイメージデータと、本体から転写したデータの中の「テイル・ゴースト」の姿を重ねた。

骨格が完全に一致した。髪の色も瞳の色も肌の色も。その時気付いたが、イメージの中のテイルの目に何かが映っている。

ラナは、その「テイル・ゴースト」の瞳の中の像を拡大した。

灰色の毛を逆立てた、狼のように見える。

ラナはデータを保存し、次のイメージを調べようとした。その時、カインから心の声が送られてきた。


ラナが皮のマスクをして村の墓所に行くと、カインが言った通り、一つの墓石が斜めに傾いていた。

透視の視力を地下に向けると、確かにその墓の骨壺が無くなっている。

ラナは、他の骨壺の中の骨に残った「闇の者」の気配を探った。生前の彼等に宿っていた病原体の気配を。

焼き清められた骨は、大部分が病原体を失っている。だが、人間の太ももにあたる一番太い骨の中の骨髄に、わずかに生きている病原体が残っていた。

その「火の中で生き残った」病原体の影響力はわずかで、ラナも墓の骨壺に入った状態なら安全だろうと判断していた。

読みが甘かったと、ラナは誤算を悔いた。感染する獣人化を悪用しようと考える者が居るのなら、この事態は予測できたはずだ。

墓を調べていたラナは、人の気配を感じて顔を上げた。

木々の間をすり抜けるように、誰かが村のほうに歩いてくる。

バイタルサインを感知すると、パンパネラの魔力と能力、寿命を持った人間…と言う、複雑な結果が出た。しかし、可視光線を見ればすぐに誰かは分かった。

ルディの姉、レナ・ウィンダーグ。レイアと名乗っている魔女だ。彼女は、墓所に用があると言うより、村を守護している魔力を追って来ているようだった。

ラナは、あえて「誰だ?」と聞いた。

レイアは、ハッとしてラナの方を振り向き、通り過ぎようとした墓所に近づいてきた。そして、「見事な気配の消しかたね。気づかなかった」と言った。

「この辺りに何か用か?」と、ラナは聞く。

「あなた、この先の村の人?」と、レイアは聞き返してくる。

「ああ」と言って、ラナが頷くと、レイアはイーブルアイでラナを見た。「あなた…呼吸が…」と呟く。

「私は所謂、アンドロイドと言うものだ。呼吸はしていない。このマスクは、あの村の仕来たりみたいなものだ」とラナは説明した。

「そう。あなたは、そのお墓に何か用だったの?」と、レイア。

「ちょっとした野暮用でな。あまり、外部の者に話して良い事じゃない」と、正直にラナは答えた。

「そうでしょうね。でも、私の追ってる事件と、この先にある村に、何か関係があることは知ってるの」

レイアはそう言って、「サニー・ぺネルへ」と書かれた手紙を、ラナに見せた。

「この手紙と同じものをばらまいてる魔術師が居る。中身は、何かの灰のようなものよ」

レイアは、旅の途中でこの墓所の先にある村に立ち寄ったこと、その時見た「赤い吐息」と、灰の中に含有されている「何か」が同じ気配を持っていることをラナに告げた。

「難題だと思ったが、解決は近そうだな。一緒に来てくれ。話をしてほしい相手がいる。簡易結界は張れるか?」

ラナがそう尋ねると、レイアは魔力を宿した人差し指を空中で一回転させた。

レイアの身の周りを簡易結界が包むのを確認してから、ラナは先に立って歩き始めた。


明け方近く、ウィンダーグ家にリッドが押しかけてきた。勝手に寝室の天窓を開けて、屋敷の中にもぐりこんだのだ。

「伯父様。不審な出入りの仕方はご注意を?」と、寝間着姿のナイト・ウィンダーグが、ベッドから上体を起こして皮肉を言う。「こんな朝早くに何の御用ですか?」

「そうカリカリするな。日の出前の移動は時間との勝負だ」

リッドはそう言って、火傷しかけた羽をバサバサと振る。日の出の光に少し追いつかれたようで、蝙蝠のような羽の先に、息を吹きかけている。

「しかし、お前がそうやって暢気に眠ろうとしてたと言うことは、まだ何も起こって無いみたいだな」

「当家も何も起こっていないわけではないですが、伯父様の所も一騒ぎあったのでは?」

「それは解決した…。と言うか、俺が『予言』を引き継いできたんだ。それで、騒ぎを見物しに来た」

「なるほど。それでは、情報は共有できているわけですね」

ナイトはそう言って、ベッドから出ると壁掛けのハンガーから外したガウンを羽織り、「こちらへ」とリッドに呼びかけて、寝室を出た。


日が昇り、自分の部屋から起きてきたシェディは、執事から呼び止められた。「シェディ様。郵便物が届いております」と。

差出人は、カトリーナ・バーバリー。シェディも、バーバリー家の苗字くらいは知っていた。包み紙を開けてみると、アルバムのような作りの本だ。

「なんだこれ?」と言って、シェディはその本を抱えて居間に行った。

「おはよう、シェディ」と、母親のシャルロッテが声をかけてくる。テレビで朝のニュースを放送している。

「おはよう。バーバリー家から、何か届いた」と言って、シェディは破いた包み紙をゴミ箱に放り込み、本を開けてみた。

そこには、微かに菫色に見えるディープブルーの瞳をした女性や、本物の菫色の瞳をしたアルビノの女性まで、数々の令嬢の写真が収められていた。

「なんだこりゃ」と、シェディは呟く。一番最初のページから、手紙が落ちた。拾い上げて読んでみると、

「シャディ・ウィンダーグ様へ。初めまして。カトリーナ・バーバリーと申します。この度は、ナイト・ウィンダーグ様のお願いにて、あなたのフィアンセに相応しい女性を紹介いたします。

純粋な人間から、純粋なパンパネラまで、枠は決めていませんが、皆、あなたの大好きな菫色の瞳をした女性ばかりです。どなたか、目に留まる方がいらっしゃったら、私の方へお知らせ下さい。

それでは、ごきげんよう」と書かれていた。

「フィアンセ?」と、シェディは思わず疑問を呟いた。

「もしかして、お見合い写真?」と、シャルロッテは目を輝かせる。胸の前で手を組み、「私にも見せて」と息子に言う。

「はい」と言って、名残惜しげもなくシェディは写真集を母親に渡し、居間を出ようとした。

「何よ。あなたは見ないの?」と、シャルロッテは言う。

「今のところ、結婚に興味ない」シェディはそう言うが、シャルロッテは息子を逃がさない。「今の所って言ったら、いつになったら結婚したいの?」と詰め寄ってくる。

「あー、40代か、50代になったら?」と、シェディは適当に答えた。

「シェディ。その頃には、この女性達もそのくらいの年になるのよ? 高齢出産って言うのは危険が…」と、シャルロッテが言いかけると、

「なんでそこまで考えるの? 話が早すぎるだろ?」と、シェディは話題を嫌がる。「僕もまだ20代だよ? ろくな恋愛もしたことないのに…フィアンセを作るのは、まだ早い」

「あなたがそう言う感覚なら仕方ないけど…。結婚相手は人間を選んでね」シャルロッテは注文を付ける。

「なんで?」と、シェディは純粋に疑問を持った。

「ルディにも言ってあるわ。私は、義理の娘は人間以外認めないって」

「なんでそんなの決めつけるの? そもそも、母さんが結婚するわけじゃないだろ? 僕が誰を好きになって、誰と結婚するかは、僕の自由だよ」

シェディはそう言ってから、「今は興味ないけど」と付け加える。

「それは、あなたがこの家を継がないのなら、誰と結婚するのも自由だけど、同じ屋敷に住むことになる人について、意見を言うのは自然なことでしょ?」

シャルロッテは、既に姑になる気でいる。

シェディは頭を抱え、「義理の娘なら、アンジェが居るだろ。純粋な人間の」と、呆れ顔で言う。

「アンジェは確かに良い子だけど、あの子も『純粋な人間』とは言えないでしょ? 毎日魔法薬の服用が必要なんだから」

「母さん! なんてこと言うんだ!」と、シェディは母親を叱った。「今のは差別発言だよ。撤回して」

「言葉を撤回しても、私の意見は変わらないわ」シャルロッテは譲らない。

その時、シェディは居間のドアの外を、誰かが駆け足で離れて行くのが分かった。バッと扉を開けると、思った通り、アンジェの後ろ姿が見えた。

「アンジェ! 待って!」シェディはアンジェに声をかけ後を追おうとした。その前にシャルロッテを振り返り、「母さん、最低!」と言い残した。

シェディと行き違いになった、屋敷付きの護衛、ジャン・ヘリオスが、「奥様。親子喧嘩…ですか?」と聞いてきた。

「気にしないで。ちょっとした意見の食い違い」と、シャルロッテは言って、「菫色の瞳の女性写真集」を改めて見始めた。