大地の癌 Ⅰ 8

レイアは、「孤立の村」の中央にあるカインの家に招かれ、カインに、自分が追っている事件の事と次第を話した。

頭に3本の角を生やしているカインは、レイアが自分の姿を見ても驚かないことから、よほど魔物や魔獣と関りがあるのだろうと察したようだ。

「その封筒の中の灰が、この村の墓所から持ち出されたものとなると、そのホッパーと言う奴が実行犯か…もしくは、まだ後ろに誰かいるか、だな」

カインはそう言って、考え込んだ。いつものように、腕を伸ばして肩をねじる。それから、レイアにこの村の秘密を教えた。

村人は全員、変異型のウェアウルフ・ウィルス保菌者であることと、主に吐息や飛沫で外部の者にも感染が及ぶこと、その事態を避けるために、村を結界で隠している事の3つだ。

レイアがそれに応えて言う。「弟から聞いたんだけど、ベルクチュアの騒動は、感染者達を全て除菌することで片付いたって…。あなた達は、除菌には参加しなかたの?」

「ああ。『参加』はしなかったな」

面白そうにカインは返す。

「力を失ったところで、俺達が正常に生きていることを証明する手立てにはならない。俺達は自分達の意思で保菌者の状態を維持した。力を温存するためにな」

その言葉に、同席していたラナが付け加えた。「ベルクチュアでは、元感染者のほとんどは病院行きだ。一般人の知識には、『ウェアウルフ・ウィルス保菌者は発狂する』と言うレッテルがある」

「なーるほど。それは確かに、一々疑いを晴らすのも大変でしょうしね」と言って、レイアは人差し指を上に立ってて、ぐるりと宙に円を描いた。

一瞬、その円の中に何かの魔法陣が浮かび上がり、レイアの手元に分厚い魔導書が「転移」されてきた。

「薬学の魔導書よ。私の学生時代の専攻なの」と、レイアは短く教える。「カイン。あなたは他の感染者とは少し違うわね。血液の中に『抗体』の反応がある」

片手に魔導書を持ち、イーブルアイを光らせてレイアは言う。「だけど、体を作ってる細胞はウェアウルフの組成に近い…。どう言うことか説明してくれる?」

「ああ。俺の血液は、ウェアウルフ・ウィルスを死滅させるために作られた薬液としての効能を持ってる」

カインは正直に話す。

「ベルクチュアでは、『実験体』と呼ばれていた。能力はウェアウルフ・ウィルス保菌者とほぼ変わらないが、知能の劣化はない。むしろ、おかしな能力を発現するくらい、脳は活性化されてる」

「ふむ。『抗体』が既に手に入る状態なら…」と言うレイアの手元で、魔導書が勝手にめくれて行く。そして、あるページが開かれた。「おかしな事件も未然に防げるかも」


その晩も、ルイスは手紙を届けにアネッドの森を歩いていた。

手紙の送り先は、「セレナ・オーマ」。今までと違って、個人の家や小さな村ではなく、国境監視所と言うおかしな場所への「郵便配達」だった。

ルイスは、監視カメラなどで姿を見られないように、「擬態」の術で周りの風景に溶け込みながら、手紙の宛先に書かれた番号と同じポストに手紙を投函した。

深夜の国境の監視をしていた呪術師テティスは、魔力の気配に気づいた。「不正出国か?」と思ったが、その気配は在中職員用のポストに近づき、また国境から離れた。

「何をこそこそしてんだろーな」と独り言をつぶやき、不完全な魔術の気配を残しながら帰って行く影を見送る。

テティスは一瞬留守になることは承知で、「転移」の術を使い、ポストの前に行くと、303号棟「セレナ・オーマ」のポストに投函されたおかしな郵便物を、本人の代わりに受け取った。

そして、封筒の中身の不可解な手触りに気づいた。中身は手紙じゃない。灰か、砂のようなものだ。その中に、闇の者の気配に似た力持った何かの気配がする。

悪友リッドから聞かされていた、「災厄」こと「ウィルスを持った新種族」の事を思い出した。

「騒ぎの予感がするな…」

そう呟いて、テティスは監視室に「転移」した。


空が白み始めた。前日の夕方5時から今朝5時まで、12時間ほとんどを監視に使った仕事明けのテティスは、疲労と眠気を覚えながら、自分の居室に行き、着替えてベッドに伏した。

その時、上着に入れていた「セレナ・オーマ」宛の手紙のことを忘れていた。

しばらくうとうとしていると、同室の同僚が、テティスの上着のポケットからはみ出ていた手紙を見つけ、大袈裟な笑い声を立てて、テティスを呼んだ。

「ガナード。お前、セレナにその気でもあったのか?」

「うるせーよ。なんの話だ」と言ってテティスが目を覚ますと、同僚は、「ハッピーバーズデイ。セレナ・オーマ」と、テティスに手紙の表を見せながら読み上げる。

「何書いたんだよ? 読んでも良いか?」と言う同僚の声を聞いて、テティスは飛び起き「馬鹿馬鹿馬鹿。やめろ。命に係わるぞ」と言った。

「なんだよ。読んだらお前に恨み殺されなきゃならないようなことでも書いてあるのか?」と、同僚はからかってくる。

「俺が書いたんじゃねーよ。そんなカラフルな花文字描く性格に見えるか?」と、テティスは言って、同僚の手から封筒をひったくる。

「あー、確かに、お前は花束より、大量のカップ麺買って送りつける奴だもんな」

「お前に送ったわけじゃねーだろ?」

「今時、女の子にジャンクフード送って気を引こうって言うのが…呪術師の常識なのか?」

「別に気を引こうとしたわけじゃない。ネシスは妹みたいなもんなんだよ。て言うか、そう言う話じゃねーよ」

同僚の冗談に言い返しているうちに、テティスの顔が真っ赤になって行く。

一度、大袈裟なため息をついてから、テティスは「国際問題になりかねない呪物だ。厳重な保存が必要」と短く答えて、その手紙を自宅の金庫に「転移」した。

「厳重な保存が必要なものを、ポケットに入れておくなっての」同僚は、まだテティスをからかいながら、居室を出て自分の仕事場に行った。


オルドックの家に戻る最中、駅舎の中でレミリアは不思議な「囁き」を聞いた。

「話が違うじゃないか」

「今日は特別なサバイバルゲームができるって言ったのは誰だ?」

「2、3日待ってくれ。手筈は整えてあるんだ」

「2、3日も待てるか。料金を返せ」

「何をする!」

「ふん。魔術師風情が、財布の中身は金貨だらけだ」

「返せ。私のカネだ!」

「一部は俺達からふんだくった物だろ」

「違約金としてもらっておく」

「渡さぬ!」

「何すんだ、この野郎!」

「私を魔術師風情と見くびるな!」

「ふん。ゲームが出来ねぇなら、こいつを狩って野ざらしにしようぜ」

「5対1って事は頭に入ってるか? 魔術師様よ?」

そこで「囁き」は途切れた。