大地の癌 Ⅱ 1

夕方のニュースで、サッシュベルの博物館に保管されていた「古代の王族の遺体」が、何者かにより盗み出されたと報じられた。

その「気味の悪いニュース」を仕入れたシャルロッテは、さっそくその日の晩餐で、家族に話を聞かせた。

しかし、シェディは怒った顔のまま聞く耳も無く食事を続け、アンジェも暗い顔をして食欲もなさそうにスープを掻きまわしている。

その様子に気づいたルディが、「アンジェ…」と食事のマナーについて声をかけようとすると、シェディがそれを遮って、「アンジェ、ニンジン嫌いなら残して良いよ」と明るく言った。

アンジェは、少し笑顔を見せて、「うん…。ごめんなさい」と言って、ニンジンだけが残されたスープを避けると、陰気な執事がそのスープ皿を下げた。

ルディは、なんだか子供達の間に、「大人の入り込めない壁」があるような気がした。

何がその「壁」を作って居るかは分からないが、何か訳知りそうなシャルロッテもツンと澄まして食事を摂っている。

「なんか、嫌だな…」と、ルディは食事の手を休めて言った。「こう言う空気は良くないよ。家族同士で顔合わせてるのに、距離を取り合うなんて」

「距離だって取りたくなるよ」シェディは口の中をミネラルウォーターで濯ぎながら言う。「母さんにとっては、アンジェは『人間』じゃないんだって」

「な…」と、だけ言って、ルディは絶句して妻を見た。シャルロッテは慌てて、「私、そんなこと言ってないわよ」と、否定する。

「魔法薬の服用が必要なものは、純粋な人間とは言えないって言う意見だったよね? 今更弁解するの?」と、シェディは冷たい目で母親を見る。

「シャルロッテ、君、アンジェにそんなことを…」と言って、ルディは家族を見回す。

シャルロッテは言葉を失い、アンジェは涙をこらえ、シェディは横目で母親を見る。

朝の出来事を知らないルディは、誰が本当のことを言っているのか、しばらく考えた。

だが、その結論を待つ前に、シェディがこう言い出した。「あーあ、こんなに可愛い妹が出来て、僕も嬉しかったのになー。そっかー、人間じゃないかー」

その言葉の後に、シェディはこう続けた。「じゃぁ、僕、アンジェと結婚しようかな。化物同士、気も合うだろうし」

この言葉には、ルディも呆気にとられた顔で固まった。

シェディは、「年の差16歳って言っても、8年後にはアンジェも大人の女性になるし、僕だってまだ34歳だよ? フィアンセを作らなきゃならないなら、僕もよく知ってる子のほうが良い」

「フィアンセ?」と、ルディは聞いた。

「おじい様が、カトリーナ・バーバリー夫人に依頼して、僕のフィアンセを探してくれたんだ。だけど、今の所僕は結婚に興味ないし」

シェディはけろっと言う。

「最初は40代くらいになってから考えるって言ったけど、急がなきゃならないなら、家族同然に育った子を選ぶさ」

「シェディ。本気なのか?」と、ルディは少し怒って問いただす。「アンジェにだって、選ぶ権利はあるんだぞ?」

「じゃぁ、僕に紹介された『菫色の瞳の女性達』に、選ぶ権利は無いの? 僕だけの意思で、その人の人生選んじゃって良いの?」

「それは…だな…。フィアンセに立候補するなら、結婚の意思はあるわけで…」

自分は恋愛結婚だったルディは、今ひとつお見合い結婚の流儀が分からない。

ルディが言い澱んでいると、アンジェが明るい声で言い出した。「ありがと、シェディ。でも、お父さんの言うとおり、ちょっと考えさせて」

そして、シャルロッテのほうを向いて、こう続けた。

「お母さんが、私のこと『人間』だって思えないのも、分かってる。私だって、自分の事、理解するまで、すっごく時間かかったし。

でもね、こうやって、追い払いもしないで一緒にご飯食べてくれるだけで、私はすごく嬉しいんだよ? 私は、本当は…隔離…されなきゃ、ならない…」

そこまで言いかけて、アンジェの両目から涙があふれた。アンジェは俯き、拳で目をぬぐう。

シェディが、「アンジェ。無理に言わなくて良いよ」と言って、義妹の頭を撫でる。

「分かったわよ。私が悪かった」と、シャルロッテは降参した。「私だって、アンジェを化物だなんて思ってないわ。唯…理解するのには、時間がかかる」

その言葉を待っていたように、「白黒ついたようだな」と、ナイトの声が食堂に響いた。

食堂の出入り口が開き、ナイトが顔を見せた。

「ルディ。何のために『察知』の魔術をお前に託したと思ってるんだ? ちゃんと、家の中のことは把握しておけ」と、髪の色だけ白髪に「変化」させたナイトは言う。

「僕も、まだ父さんほど器用にはあちこち見回れないよ」と、ルディは言い訳をする。

「その様子だと、お客様のご登場にも気づいていないようだな」

ナイトがそう言うと、その背後から、13歳くらいに見える赤毛の少年が顔を出した。「よぉ。久しぶり、ウィンダーグズ」と、ふざけた挨拶をする。

「リッドさん」シェディは嬉しそうに声をかけた。「いつから居たんですか?」

「今朝。さっきまで客間借りて眠ってた」と言うリッドの髪の毛には、確かに起きたてを証明するような寝癖がついている。

「シャルロッテ。君が、有益な情報をいつも我家に振りまいてくれているのは分かる」と、ナイト。「しかし、外だけの情報じゃなく、たまには君の心の内も聞かせてくれ。今みたいにな」

今度は、シャルロッテが涙ぐむ。ナイトの妻、エリーゼ・ウィンダーグが亡くなってから、この家にいる純粋な人間は、女中と小間使い以外、シャルロッテしか居なくなった。

彼女は彼女で、孤独感を抱えてこの屋敷に居たのだ。

義理の娘は人間しか認めない、と言い張っていたのも、自分の孤独感を理解してくれる相手がほしかったのだろう。

「さて、家族間不和が解消されたところで、子供達にちょっとした提案だ」リッドが言い出した。「日が落ちたら、俺と一緒に花火観に行きたいやつ、挙手!」

「はい!」と、元気にシェディが手を挙げる。「はい!」と、アンジェも続いて手を挙げる。

「よろしい。じゃぁ、時間までたらふく食っとけ。移動は自家発電だからな。胃袋が空っぽだと持たねーぞ?」と言って、リッドはベストのスリットから蝙蝠のような羽をチラチラと見せる。

「了解」と言って、シェディはメインディッシュをがぶがぶと平らげる。

「えー? 飛んでくの? じゃぁ、私はどうやって移動すれば良いの?」と、悪戯っぽくアンジェが聞く。

「未来の旦那様にエスコートしてもらえ。俺は手ぶらで飛ぶのが趣味でね」と、リッドはニヤニヤしながら言う。「花火の夜空でいちゃつきたくなったら、俺には構わんでも良いし」

「やぁだぁ。まだ私、10歳でーす」と、アンジェはいつもの明るさを取り戻して言う。

「恋心ってのは、いつ芽生えるか分かんねーから面白いんだぜ?」と、リッド。

この会話を聞いて、ナイトは、この人物はやはり、カルサス・ウィンバートニーの息子だ、と改めて感じ入った。「伯父様。穢れを知らぬ少女に、恋の云々を唱えるのはやめて下さいよ?」

「固い奴だなお前は」リッドはそう言って、「要らない心配はするな。俺だって、自分の孫に恋のレクチャーをしたことはない」

「それは、唯単に嫌われているからでは?」と、ナイト。

「確かにな、機会があったら、話したくないわけではないんだが」リッドは考えながら言う。「あの孫娘も、職業柄、潔癖症な所があって…」

そこから、子供達が食事を終えて歯を磨いて外出の準備をするまで、ウィンダーグ家の食卓でリッドの家庭内不和についての相談会が開かれた。