大地の癌 Ⅱ 2

夏の花火大会は、ディーノドリン市を突っ切って流れる大河の上で行われていた。

リッドとシェディ、そしてシェディに抱えられたアンジェは、花火会場近くの森の中に身を潜め、大樹の枝の特等席で花火を鑑賞していた。

「今年のスターマインは見ものだって話だぜ?」と、リッドは花火のほうを見たまま2人に言う。

「すごい。近くで見たの初めてだけど、音楽流れてるんですね」と、シェディ。

「ああ、今年はバラードが多いな。一昨年は主にロックで、去年は夜想曲。毎年趣向を変えてるらしい」

「シェディ、大丈夫? 私、重くない?」と、アンジェは義兄に聞く。

「全然。僕、こう見えてもパンパネラだよ?」

「そっか。そうだったね」

「あ。フェアリーランドのキャラクターだ」と、リッドは言って花火を指さした。

折れ耳のウサギのキャラクターを模った花火が、パッと咲いて散った。

「兎執事のラッタだ」と、アンジェが嬉しそうに言う。

フェアリーランドのキャラクター達が次々に打ちあがる間、ユニークな拍子の音楽が流れ始める。

「なんだろ、この曲」と、シェディ。

「ミミズク熊のワルツだよ」と、アンジェ。「ディアキャットって言う、フェアリーランドのアニメに出てくるの」

「ワルツなら、踊れば良いんじゃねーか? お二人さん」

リッドがそう言って無茶ぶると、シェディは魔力でアンジェの体をふわりと浮かばせ、2人は空中でくるくる回り出した。

「ミミズク熊のワルツ」は、おかしなところで音が跳ねたり、おかしなところで拍子が変わったり、ワルツと呼んで良いのかどうかも分からない曲だが、子供が無邪気に体をゆすりたくなる音をしている。

シェディがわざと片手を離すと、アンジェは怖がって、両手でシェディの腕につかまった。

「あはは。大丈夫だよ、ちゃんと魔力維持してあるから」と言って、シェディは蝙蝠のような羽をはためかせ、アンジェを安心させるように近づいた。

途端に、花火の音が増え、夜空が明るくなった。スターマインが始まったのだ。

シェディとアンジェは、花火のほうを見た。色とりどりの大きな光の花が、濃紺の空に輝いている。

「うわぁ」と2人は声を合わせて、花火に見入った。

スターマインの間、「マーメイド・セレナーデ」と名付けられた、映画で使われているバラードが流れている。大輪の火の花のブーケが、夜空に咲いて消えた。ドドドド、ドン!と、空気を叩く炸裂音がする。

「すごかったね、今…」と言って、アンジェのほうを向いたシェディは、距離を測り損ねた。思ったより近くに居たアンジェの唇に、シェディの唇が触れる。

アンジェは、驚いたように顔を離した。シェディは、26歳にして、ファーストキスを10歳の義妹に捧げてしまった。と、同時に、アンジェのファーストキスを奪ってしまった。

「アンジェ、ゴメン、あの、えーと、今のは無かったことに…」シェディは赤面して、ぶんぶんと顔の前で片手を振る。

「ううん。平気」と、アンジェは言ってシェディの腕につかまったまま、すっとシェディに寄り添った。「私、菫色の眼をしてなくて、ゴメンね」

シェディは、緊張をごまかすようにため息をついて、アンジェの体をしっかり抱えた。「黒曜の瞳だって、宝石みたいだよ」と、自分の腕の中にいる義妹に言う。

アンジェは片手をシェディの頬にあて、そっと顔を近づけた。

シェディも、何も言わずにアンジェの行動を受け入れた。

リッドはあえて背後を振り返らず、若い二人が密かな口づけをかわしている気配を察していた。

空の満月を見て、木の枝にとまったままのリッドは「実に良い眺めだな」とだけ呟いた。


その頃、河沿いの森の中には、もう1人潜伏している者が居た。リッド達のいる花火会場とは、10キロほど離れた場所に。

エンバーミングが行き届かなくなり、腐敗し始めていた「王の遺体」だ。古代の衣装を着て、這いずるように移動している。

その体は、皮膚が黄変し、目と頬は膨張し、口はぎゅっとすぼめたように閉じられている。その体を動かしているのは、魔力だ。

「王の遺体」は、月の光が浴びれる場所まで来ると、何かの術を使った。醜く変形していた体が、一瞬絞ったように捩じれ、別の姿になった。

赤茶色の髪をした、執事服姿の青年。かつて、ルルゴと名乗っていたウサギが、人前に出る時に形作っていた姿だ。

「ふむ。これは良い」と言って、古代王は胸に手を当てた。そして、胸ポケットの中から鼻眼鏡を取り出した。

しばらく、「なんだこれは」と言う顔をしていたが、その眼鏡を目にかざすと、様々な色の「力」を見通すことが出来た。

木々の生命力、草陰に隠れている小動物の拍動、月の光から供給される魔力、遠くで光っている何かの仕掛けの「火力」。

その眼鏡が「便利なもの」であることが分かったのか、「変化」した王の遺体は、眼鏡をかけたまま森の外を目指した。


真夜中のウィンダーグ家に、新しい客が来た。レミリアだ。オルドックの家から岩屋に運ばれた時に着ていた寝間着ではなく、ミリィから借りた紫色の魔術着を着ている。

ミリィからもらった僅かの交通費と、恐らく街に入ってからは徒歩で移動してきたようだ。魔術着の襟もとに、汗がにじんでいる。

屋敷のベルを鳴らし、対応に出た執事に「ナイト・ウィンダーグ様にお伝えしたことが」と言う。

執事が応接室に通すと、レミリアは緊張した顔でナイトが現れるのを待った。

「今晩は。お久しぶりですね、レミリア」と、白髪のナイトが言う。「私に話があるそうですが、お嬢さんが、こんな時間に外を歩く物じゃありませんよ」

「申し訳ありません。あの…リッド・エンペストリーは、此処に来ていませんか?」と、レミリア。

「ああ、夜早くに、子供達を連れて花火を観に行きました。ですが、これだけ帰りが遅いとなると…」

と言って、ナイトは壁掛け時計を見る。深夜1時を回っている。

「お祭り気分で、何処かで遊んでるのかもしれませんね」

ナイトがそう言うと、レミリアは、自分の覚えている部分の「予言」について話し、それから昼間駅舎で聞いた「囁き」についてをナイトに伝えた。

ナイトは思案顔になり、「言い争っている声ですか…。『サバイバルゲーム』、『手筈は整えてある』、『5対1』…」と、キーワードを拾い出して繰り返す。

「もし、その声が『未来のもの』であるのなら、総勢6名で、何処かを襲撃しようとしている者達が居ると言うことですね?」

「はい。私も、そう思います」と、レミリアは言う。「ですが、その襲撃の前に、その者達に何かのトラブルが起こると言うことだと…」

「ふーむ。情報はあふれるが、どれも漠然としていますね」

ナイトは脚を組んだ膝の上で、指をトントンと叩く。それから、椅子を立ちあがり、

「一度、ブレインに話を聞いてみましょう。どうぞ、こちらへ」と、レミリアに手招きをした。


書斎に通されたレミリアは、なんとなく懐かしい魔力を感じた。「ラナ」とよく似ている気配だ。

ナイト・ウィンダーグが、だいぶ古いノートパソコンを開き、キーボードの上にかざした手から、魔力を送る。

パソコンが起動した。ナイトは、口頭で「トム・ボーイ。『孤立の村』の様子はどうだ?」と尋ねた。

「村の墓を暴いた者が居ます。ウィルスを保有していた遺骨が盗み出されました」と、画面に文字が現れる。

「アンドロイド『ラナ』がその事態を確認した、ほぼ同時刻に、レナ・ウィンダーグが『孤立の村』を訪れました。現在、レナ・ウィンダーグは、実験体『カイン』と話し合い、事態の収拾のために行動中です」

「なるほど。うちの娘も参戦していたか」ナイトはそう言ってから、「順を追って状況を説明してくれ」と、トム・シグマに指示を出した。