長く肩に纏いついていた髪を手でひとつに束ね、伸びた分の髪を、ナイフでざっくりと切り落とす。
山小屋の外の地面を掘って作った「ゴミ捨て場」に、銀色の髪の束を投げ入れ、褐色の肌の男性は肩に付いた細かい髪を叩き落とした。
「テイル。風呂空いたぞ」と、山小屋の窓から、タンクトップ姿の仲間が声をかけてくる。「あー、髪切ったのか」
「ああ。だいぶ伸びてたからな」と、テイルと呼ばれた男性は答える。レミリアと同じ、褐色の肌と菫色の瞳をしている。「結んでおくのも鬱陶しいし」
「そりゃそうだろ。お前も、だいぶ『おっさん』になってきたからな」と、湿ったタオルで顔の汗をぬぐいながら、仲間は言う。「10年前だったら、お前と添い寝したがる奴がいっぱい居たんだぜ?」
「添い寝? 俺と?」と、テイルは驚いたように聞く。「なんで?」
「天然ボケは未だに健在か」と、その仲間は首筋を掻く。「此処には、女っ気ってものが全然無いだろ? もしお前が腕に覚えのある奴じゃなかったら、身の危険があったって事だ」
仲間はそう解説したが、テイルは首を斜めにして、考え込む。
「考えてろ、タコ助」と、その仲間はテイルを軽くののしって、「風呂が冷めないうちに次のやつ呼べよ」と言うと、廊下の方に去って行った。
頭と体を洗ってから、最小限のお湯でシャンプーと石鹸の泡を洗い流し、まだ湯気を立てている湯につかる。
「42、3℃って所か」と、熱めのお湯の温度を皮膚で測る。
さっきの仲間が言った言葉を思い出し、テイルは誰も居ないはずの空中に話しかけた。「俺と添い寝したいって事は、つまり…どういう事だ?」
「あんまり考えこまないほうが良いよ」と、空中から声がした。空間から滲みだすように、赤い炎の鬼火が現れる。
その、珍しい真っ赤な炎の鬼火は、空中でくるりと回転して、耳の尖った人差し指大の女性の姿になった。「どうせ、ろくなこと言いやしないんだから、此処の連中」
「と言うことは、お前には、あいつが何を言いたかったか分かるのか? エッジ?」とテイルが聞くと、鬼火のエッジは、「分かりたくないけど、理解は出来た」と答えた。
「解説してくれ」と、テイル。しかし、「分からないほうが良いって言ってるだろ」とエッジは拒否する。
「俺も大人の男だ。世間知らずで居るのは気が引けるんだ」テイルは額から流れてきた汗を、手の平で拭う。「いつまでも赤ん坊扱いはやめてくれ」
「ほんっと、お前は怖いもの知らずだなー」と、エッジは風呂の縁に座って怒る。「良いか? 風呂から上がってから気味の悪い思いをしたくないなら、そのまんま世間知らずで居たほうがマシだ」
そう言われて、テイルは考え込む。「と言うことは、気味の悪い意味だったんだな?」
「男が男と添い寝したいってだけで、充分気持ち悪いだろ?」と、エッジは言うが、「いや、冬の寒い時なんかは…2~3人で枕並べて眠るぞ?」と、テイルは答える。
「そう言う、凍死とか寒さ除けとかって言う意味じゃない」と、エッジは頭を抱えてぼやく。「あー、もう。なんであたしが、こんな奴のお守しなきゃならないのさー」
「こんな奴とはなんだ。俺だって、お守なんか…」
「あたしだって、アリアに頼まれたんじゃなきゃ、こんなむさくるしい山小屋に居たくないんだよ!」
「だったらさっさと出て行け」
「仕事だから仕方ないんだっての!」エッジはキンキン声で言う。「次の鬼火達が育つまで、あと1年はかかるんだから。そもそも、お前が鬼火を武器に使ったりするから…」
「分かった分かった。その話はやめてくれ。俺だって、弟達を犠牲にしたことくらい分かってる」と言って、テイルは自分の目の前の風呂の縁に座っているエッジを、手を振って追い払う。
エッジが風呂の縁から空中に避けると、テイルは湯から出て風呂に蓋をし、脱衣所に移動する。
タオルで体を拭き、寝室着に着替えると、名簿を見て、風呂に呼ばれるのを待っている次の仲間を呼びに行った。
エッジは、今度また「変な事」に対する質問が来たら、鬼火の話を持ち出して誤魔化そう、と密かに思っていた。
数日後、テイルの「休暇」の順番が来た。ベルクチュアの国境管理人は、この休暇が来ると、1週間、山小屋を離れて町で暮らすことを許可されている。
テイルが、私物を入れた鞄を持って山をベルクチュアの方角に下りると、エッジも炎を隠したまま、その後に着いて行く。
アリアのいるオルドックの家を目指しているのだ。
下山の途中で、不思議なものを見つけた。花だ。しっかりした茎をのばした、細く繊細な花びらの真っ赤な花。だが、普通の花と違って、風になびかないし、揺れもしない。
その花の様子のおかしさに気づいたテイルは、エッジに声をかけた。「エッジ。あの花、よく観てみてくれ」
エッジは、魔力を宿した目で、テイルの指さしている赤い花を観た。まるで樹脂でできたような細胞を持っているのに、生命力を纏った不気味な花だった。
「なんだろ? 魔法植物とも違うし」と、エッジも言う。「作り物みたいなのに、生きてる。すごく気味の悪い花…」
「そうだな」と言って、テイルはその花に手を伸ばした。様子を見るように、茎に触れて、手折ろうとした。だが、花は折れない。引っこ抜こうとしても、びくともしない。
ものすごく根が深い。そして、この感触は、植物じゃない。
そう思いながら、テイルは力づくで花を地面から引きはがした。球根から、おびただしく不気味な細かい根がのび、土を捕まえている。
「なんなんだこれは?」と、疑問を呟くと、それまで土を捕えていた根が、見る間にテイルの腕に絡みついた。
根の先が、腕の皮膚を刺した。テイルは、反射的にその植物のような物を払い投げた。
テイルの腕に刺さった根も、すんなりとほどけ、地面に落ちた赤い花はぐずぐずと崩壊し始めた。
数十本の根に刺されたテイルの腕には、針で刺されたような小さな傷跡がぽつぽつとついていた。
「腕、大丈夫?」と、エッジが聞く。テイルは、「ああ、大したことないが…大量の蚊に刺されたみたいな感じだ。痒い」と言って、血まみれになるのも構わず傷口を掻く。
「何かの呪いかな? アリアの家に行ったら、調べてもらおう」とエッジは言う。
「ああ。何事もない…わけにもいかなそうだしな」と、テイルは応えて、血だらけになった腕を布で拭った。
ミリィの話によると、レミリアは「オペ」の後、やけ食いをしてから、大人しく岩屋を後にしたらしい。
アリアは、何度も時計を見て、羊皮紙の地図の眺める。丸一日経っても娘が帰って来ないので、レミリアの「力」の位置を探そうとしているのだ。
しかし、強力な結界にでも遮られているように、レミリアの気配は全く読めない。
アリアが、もう一度、ディオン山の方角に「視野」を飛ばそうとした時、玄関のチャイムが鳴った。
ドアスコープを覗くと、夫であるテイル・ゴーストがドアの向こうに立っている。
アリアは一度気を落ち着けて、ドアの鍵を開けた。「おかえりなさい」と、夫に声をかける。
「ただいま。アリア。レミーは?」と、テイルはドアを潜りながら聞く。
「ちょっとした理由で、ミリィの所に行ってたんだけど…行方不明。ミリィは、朝が来る前に帰ったって言ってるんだけど」と、アリアは心配そうに言う。
「うーん。レミーも、もう10歳じゃないから、大丈夫だろ」と、テイルは言って、山で負傷した自分の腕をみせた。「ちょっと、この傷を調べてくれ。植物みたいなおかしなものに刺されたんだ」
「魔法植物?」と、アリアは聞く。
「ううん。植物のふりした、作り物」と、エッジがテイルより先に言う。「なんかすごく不気味な花だった」
「花…」と呟いて、アリアは考え込んだ。何かが閃こうとしたような、複雑な表情をしてから、「調べてみましょ。毒か呪いかもしれない」と言って、棚の中からスペルを刻んだルーペを取り出した。
