大地の癌 Ⅱ 4

アネッドの森での仕事を終えた、女剣士ケーナと、魔術師クエル、その弟子のルイスは、獣を狩った報酬を受け取りに、以前立ち寄った酒場のある街―ソルエ―に戻っていた。

屠殺場で獲物の到着確認をしてもらい、羊皮紙にサインを受け取る。その書類を持って酒場に行き、報酬と交換する。

報酬の受け渡しを済ませたケーナは、酒場の外で待っていたクエル達に、「1500ガルになった。今日は少し良い宿に泊まれそうだ」と声をかけた。

「その生傷だらけの皮膚に、石鹸をいくら塗り込んでも、元には戻らないんだぞ?」と、クエルが嫌味を言う。

「分かってないな、お前は。だからその年で加齢臭がするんだ」と、ケーナも嫌味を返す。

「か、加齢…」と言って、クエルは自分の腕や服に鼻を近づけて、クンクンとにおいをかぐ。

「自分で自分のにおいが分かるわけないだろ」

ケーナは嫌味を続ける。「そもそも、加齢臭って言うのは耳の裏からにおいが出るんだ。今日宿に泊まったら、精々耳の裏の垢でも落とすんだな」

「スプリングのベッドで眠れるの?」と、ルイスは「少し良い宿」に期待を持っているらしい。

「なんだ? 藁のベッドは嫌いか?」と、ケーナは聞く。

「うーん。藁のベッドも悪くないんだけど、かび臭かったりするからさぁ…」

ケーナとルイスは、悪気も無く「においの話」をしながら、クエルを置いて、宿の方に歩き始めた。


先にシャワーを浴びて、宿の寝間着に着替えたルイスは、自分の仕事である「郵便配達」のための、最後の手紙を確認していた。

フォルルの村の、「ネイク・ラダ」と言う人物宛だ。この封筒にも、「Happy Birthday」と書かれている。

今まで、ルイスが届けた封筒全部には、必ず「Happy Birthday」と書かれていた。

もしホーリーナイトに成ったら、そのように宛名の文句も変わるのだろうか。

アレグロムにはクリスマスを祝う風習は無いが、似たようなものとして「聖女クラリスの日」と言う、聖女の誕生を祝う祝日がある。

聖女クラリスの日は、最終日まで1週間に渡って祝われる。低所得者の多いこの国でも、僅かながらに楽し気な街飾りが施され、街頭でお祝いの小さな甘いパンが配られたりする。

その日は、大人でも子供でも、小さな「祝杯」に一杯のリキュールとカモミールの葉を入れて飲む。お酒に弱い者は、「祝杯」に注がれたジュースに、気持ち程度のリキュールを混ぜて飲む。

飲むと言っても、「祝杯」は非常に小型で、大人からしたら「舐める」程度の量をいただくだけだ。

聖女クラリスはこの世に生を受けてから、数々の人々の命を救った「奇跡の知恵」を持った人物だと言い伝えられている。

「奇跡の知恵」は、この国で使われる一種の「魔術」、「霊術」、そして「呪術」の事だ。他の国では忌み嫌われる「呪術師」が当前な職業として認知されているのも、聖女クラリスの威光あってのものだ。

聖女クラリスの日には、大人達は、聖女クラリスや、その弟子達の「救済」の物語を子供達に話して聞かせる。

唯の慈善活動の経歴を話しているわけではなく、聖女クラリスが「呪術」により、自分の弟子達を守った戦いの話もある。

聖女クラリスは、この国の「神話」であり、「伝説」なのだ。

アレグロムの各地には、聖女クラリスを祀る大きな石造りの寺院や、その寺院より少し小さめに作られることが多い、クラリスの弟子達の寺院が点在している。

フォルルの村にも、小さいながら、聖女クラリスの弟子を祀る寺院があったはずだ。

そんなことを思い出しながら、ルイスは封筒を振ってみた。シャカシャカ、と、粉のような物がすれる音が微かにする。

その事をずっと不思議に思っていた。誕生日を祝う手紙に、何の仕掛けがしてあるんだろう? と。

もしかしたら、ラベンダーのような良い香りの香草を粉にして入れてあるのかもしれない。

そう思ったルイスは、封筒越しに、中身の香りを嗅いでみようと思った。

だが、封筒を鼻に近づけようとした時、師匠のクエルがシャワー室から出てきた。ルイスは、慌てて手紙を郵便鞄に入れた。

「ルイス。クリームポーションを取ってくれ。耳の裏が擦り傷になってしまった」

クエルはそう言いながら、首元のよれている寝間着をなおしつつ、ルイスのほうを見る。郵便鞄から手を引っ込める弟子を見て、クエルは渋い顔をした。

「ルイス。お客様から預かった品を、不用意に触るな。折れたり傷がついたりしたら、信用問題になるんだぞ?」

「ごめんごめん。はい、クリームポーション」と言って、ルイスはご機嫌取りに一番高級な塗り薬を渡した。


ライトブラウンの髪をポニーテールにした14歳くらいの少女が、部屋の傍らに出来た大量の段ボール箱の山を見て、「さぁて、何処から手を付けましょうか」と呟いていた。

箱の表面に張り付けられている伝票に書いてあるに、送り主は、「テティス・ガナード」。宛先は、「ネシス・テナ」。箱の中身は、「インスタント食品」だそうだ。

「それは、確かに、ちっちゃい頃、『お腹の減らない暮しがしたいね』って、言ったのは、私よ?」

ネシス・テナであろうブラウンのポニーテールの少女は、段ボールの箱に言う。

「だけど、お湯が大量に要る生活がしたいとは言ってないわ」

そう言いながら、ネシスは封を剥してあった段ボールの一つを開けた。その中には、カップ麺やカップスープがぎっしり入っている。

「へぇ。カップライスなんて言うのもあるのね」と言って、ネシスは珍しそうに、異国の文字が書かれたパッケージを観る。

ガスコンロのほうで、笛吹ケトルが沸騰を教えてきた。お湯の用意が出来たらしい。

大量の段ボール箱が置いてある部屋には、大量のミネラルウォーターも備蓄されている。

綺麗な水道水の手に入らない土地なので、水は店で買い求めるしかないのだ。

「お湯さえあれば食べれる野菜があったら良いのに」と呟いたネシスは、段ボール箱の中に乾燥野菜のスープが入ってることに気づいた。

「分かってるんだか、分かってないんだか」と呟きながら、ネシスはその日の昼ご飯を「カップライス」と「乾燥野菜のスープ」にすることにした。


アレグロムの北にある、フォルルの村をレイアが訪れた。ルイスが最後の手紙を投函する場所だ。

人口の密集した大きな集落のある村だ。通りの両端に家が軒を並べ、家や店が並ぶ細かい路地もある。

日が陰る頃なので、夕涼みに家の外の庭に椅子やハンモックを用意して、くつろいでいる住人達の姿もある。

村の真ん中には、この国の「伝説の人物」である、聖女クラリスの像が佇んでいる。そして、その像に近い場所に、クラリスの弟子を祀った寺院がある。

「異国のお嬢さん。寺院を通り過ぎる時は、聖女クラリスに一礼を」と、僧侶らしい人物が声をかけてきた。

レイアは、何も言い返さずに、この国の作法に従った。

それから僧侶に、「ネイク・ラダ」と言う人物の名前に聞き覚えは無いか尋ねた。

「知ってるよ」と、あっさり僧侶は答えた。「この寺院で名付けた子供だ。ミドルネームは『サラン』だ。クラリスの弟子、聖女サランから取ってね。ネイク・サラン・ラダが本名だよ」

「その人に知らせたいことがあるの。緊急に。住んでる場所を教えてもらえないかしら?」と、レイア。

「お嬢さんが、魔術着を着て無かったら、私も疑う所だが」と、前置きして、僧侶は「着いてきなさい。この国では、『術』を使う物は警察みたいなものだ」と言って、道案内をしてくれた。


レイアが僧侶に連れられて村の中を歩いて行くと、大きな段ボール箱を持った少女と出逢った。その女の子は、レイア達には気づかないようで、箱を持ったまま先を歩いて行く。

「ネシス。大荷物だね。またガナードからの贈り物かい?」と、僧侶は気軽に声をかけた。女の子はようやく気付いて2人を振り返り、こう言った。

「ええ。私一人じゃ食べきれないから、ネイクにもお裾分けしようと思って」

「それはちょうどよかった。このお嬢さんが、サランに会いたいと言ってるんだ。連れて行ってあげてくれ」

僧侶に申し付けられ、ネシスと言う少女は「分かったわ」と答えた。

「はじめまして。私はレイア。あなたは?」

「ネシス・テナよ。異国のお姉さん」と、少女は明るく言う。

「随分大きな箱だけど…。重くないの?」と、レイアはネシスの後を歩きながら聞いた。

「かさ張るだけで、中身はそんなに重くないの」と、ネシスは言う。「インスタント食品って、知ってる?」

「防災備蓄に使われる食品よね? 熱湯で温めて食べるって言う…」

「そう。私の兄貴分が、度々大量に送ってくるの。色んな味があるから、飽きはしないんだけど…。さすがに賞味期限内に食べきれなくて」

そんな話をしているうちに、ネシスとレイアは「ネイク・サラン・ラダ」の家の前に着いた。