ネイク・サラン・ラダは、灰みのある茶色の髪をショートカットにした、琥珀色の瞳の観るも可愛らしい少女だった。
「サラン。いつも通り、ガナードから大量に差し入れが来てさ」と、ネシスが言うと、その言葉の続きは分かってると言いたげに、ネイクは「ありがと。もらっておく」と答えた。
「ありがとうはこっちの台詞よ。助かる」と言って、ネシスは友達を拝んだ。
「そっちのお姉さんは?」と、ネイクが聞いて、レイアを指さす。
「ああ、お坊さんから頼まれたの。なんだか、あなたのこと探してたみたい」
「はじめまして。私はレイア」と、魔術着姿のレイアは名乗り、尋ねる。「ネイク・サラン・ラダは、あなた?」
「はい。何の御用でしょうか…」と、ネイクは改まって姿勢を正す。
レイアは、ネイクの身に「危険」が迫っていることを告げた。誕生日を祝う手紙が届いても、決して開けてはいけないと。
そして、「孤立の村」のことをばらさないように説明した。
「その手紙には、奇妙な病を引き起こす仕組みがされてるの。中に入っている『毒』を吸い込んだ者は、正常な体ではいられなくなる」
ぼかした表現ではあるが、さっきの僧侶が「この国で『術』を使うものは警察みたいなものだ」と言っていた通り、ネイクは真剣な顔でレイアの話を聞いていた。
「その病気には、強い感染力がある。もし、手紙を開けてしまったら、被害はあなただけじゃ済まないわ。この村全体に『感染』が広がるのも間違いない」
「手紙が届いても、開けなければ良いんですね?」と、ネイクは聞き返した。レイアは頷く。「ええ。封を開けないまま、燃やしてしまえば大丈夫」
「分かりました。そのようにします」と、ネイクは言って、「ありがとうございます。わざわざ、危険を告げに来て下さって」と、頭を下げた。
レイアはネイクの礼儀正しさに、この子ならきっと「不幸な顛末」を回避できるだろうと確信を持った。だが、用心は必要だ。
「しばらく、これを持ってて」と言って、レイアは自分の魔力を込めた翡翠をネイクに渡した。「私の魔力が刻んである。何か起こったら、すぐ駆け付けるわ」
「はい。すみません、お気遣いいただいて…」と言って、ネイクはレイアの前に膝を折り、両手を胸にあてた。この国での、「最敬礼」の意思表示だ。
「拝んでもらえるかどうかは、事件がちゃんと片付くまで分からないわよ?」
レイアも視線を同じにするようにかがみこみ、ネイクに言う。
「良い? 特に、夜に届く手紙か、朝一番に確かめた手紙には注意して。あなた以外の家族が、手紙を開けてしまう危険性もあるから」
ネイクは、胸に手を当てたまま、真剣な顔で頷いた。
一通りの事のあらましを知ったネシスは、ガナードこと、テティスに連絡を取った。
家に戻り、自分の部屋のカーペットをどかす。隠していた魔法陣の4隅に、小さな蝋燭を立てる。両の手に、鎖で出来たアミュレットをつけ、ネシスは魔法陣に魔力を送った。
4本の蝋燭に、勝手に火が灯る。「通信」の術が起動したのだ。
魔法陣の上に、仕事を始めて数時間経ったばかりのテティスの、監視室でモニターを観ている姿が浮かび上がる。
テティスは、魔力に気づいて視線を少し上に持ち上げた。ネシスの「視野」と、目が合う。
「ガナード。ちょっと、聞いてほしいことがあるの」と、ネシスは声に出してテティスの影に話しかけた。
そして、今日、友人のネイクが、ある魔女から忠告を受けたことを説明した。
「誕生日を祝う手紙…。病気…。毒…か」と、テティスは何か思い当たる節がある顔で繰り返す。「こっちのほうでも、ある人物に似たような呪物が送られてきてた」
「やっぱり、誰かの呪いなの?」と、ネシスは兄貴分に聞く。
「いや、呪いとは違うな。怨念は感じられなかった。小さな思考波があったが、幼稚な人間がゲームを楽しんでるって感じだ」と、テティスは言う。
「ゲーム? 伝染病を広げるのを楽しんでるの?」
「例えばな、その伝染病にかかった者は殺しても良いとなったら、殺人狂達にとっては大暴れできるゲームになるだろ?」
「何よそれ。狂ってる!」と、ネシスは声を荒げる。
「まぁ、そう怒るな。もし、これが例えば…『獣人化』を起こす病だった場合、人間の姿をしていない獲物を始末することになる」
テティスは、自分の中にあった推論をネシスに話す。
「そうすると、人間と言うものは『同族を殺した』と言う罪悪感を抱くことなく、唯『魔獣を狩っている』と言う心境で遊べるわけだ」
「テティス、あなた、呪術師よね?」と、ネシスは聞き返す。「その事件、防ぐことはできる?」
「魔女のお姉さんとやらが、『回避』の方法を教えてくれたんだろ? それに従えば、間違いはねーよ」
「うん。上手く、『回避』出来れば良いんだけど…。嫌な予感がするの」と、ネシスは食い下がる。
「分かった。俺の方でも、改めて呪物を調べておく」と、テティスは答えた。
「頼んだわ。それじゃ」と言って、ネシスはあっさりと通信を切った。
テティスは「視野」の気配が無くなってからため息をつき、頭を掻いた。「頼み事するときだけ、名前で呼ぶなっての」と呟きながら。
祭の夜、夜間営業のビュッフェ屋で、散々飲み食いしてきたシェディとアンジェは、次の日から、胸焼けに悩んでいた。
朝ご飯を抜き、昼ご飯はサンドイッチだけにしても、まだ2人は夕飯の香りに良い顔をしない。
「どうせ、お肉ばっかり食べてきたんでしょ? そう言う時は、逆に食べなきゃダメなの」
シャルロッテが、晩餐の席から逃げ出そうとする2人をひっとらえ、席に座らせる。
「ミネストローネ、たっぷり作らせたんだから。スープ鍋が空っぽになるまで逃がさないわよ?」
そう言って、手ずからスープ鍋のおたまを取り、セロリたっぷりの野菜スープを盛りつけ、シェディとアンジェの前に置いた。
夜間のビュッフェに行っても、一人けろっとしている人物がいる。リッドだ。
リッドはワインしか飲んでないが、食べ盛りの2人の食事代を気前よく払い、シェディ達が大量の野菜スープを食べさせられている間、物置で優雅にピアノを弾いている。
「伯父様。物置で演奏会はご遠慮願えますか? 防音設備が無いのですから」と、ナイトがそう困った顔もせずに物置に顔を出す。
「固いこと言うな。音階が外れたら詫びくらい入れるけどな」と言って、リッドは器用に鍵盤を叩く。
「メヌエットですか」と、ナイト。
「おう。俺の十八番だ」と、リッド。「それに関して、一つ、悔やんでることがあってな」
「なんです?」
「義理の息子に、舞踏くらい教えておくべきだったと」
「山で暮らすには、それは要らない知識では?」
「いや、一生山で暮らすなら、要らない知識かもしれないが、あいつも一度くらい舞踏会に出席することもあっても悪くはないと思ってな」
「老後は夢が膨らみますね」
「人間の一生は一瞬だからな。テイルに舞踏の才が無かったら、レミリアにでも…」
「絶っ対、いや!」と、物置の扉が開け、レミリアが噛みつかんばかりの顔を見せる。「だーれが、知らない男性と手つないでくるくる回ったりしなきゃならないってのよ!」
「そこまで嫌がるなよ」リッドは夢を膨らませる機会を奪われて、ピアノのを奏でながら肩を落とす。
「人が、大騒ぎの心配して、片田舎から3時間かけて歩いて来たって言うのに、花火観てビュッフェ行ってた? ふざけないでよね!」と、レミリアはヒステリーを起こす。
「レミリア。レミリア。気持ちは分かります。まずは、息を整えましょう」と、ナイトに言われ、怒りをぶちまけたレミリアは、フーフーと深呼吸をする。
「俺がこんな物置で、暢気に舞踏曲弾いてるってことは、どういうことだと思う?」と、リッドはレミリアに聞く。
「人の神経逆なでして楽しんでるんだと思う」と、レミリアは言い切る。
リッドは、改めて自分の信用は氷点下なのだと知りながら、「しばらくは安全って事だ」と言ってのけた。「俺達が騒がなくても、事態は進展してる」
「それは、確かに。ブレインも、うちの娘の奮闘っぷりを教えてくれましたからね」と、ナイト。「レミリア。少しは落ち着いて、機が来るのを待ちましょう」
「はい…」と不服気に言って、レミリアはふくれっ面をした。そのレミリアに、ナイトが片手を差し出す。
「今宵は舞踏のレッスンでもいかがです?」と、ナイト。
「いえ、あの…私、舞踏なんて、知ら…」と、レミリアが全部言い終わる前に、ナイトは微笑んでレミリアの手を取り、「手をつないで、くるくる回れば良いだけです」と述べた。
その晩、ウィンダーグ家の、ピアノの音が響く物置で、メディウムと吸血鬼の小さな舞踏会が行われた。
